現代の企業経営において、「同一労働同一賃金」への対応は避けて通れません。令和2年4月に同一労働同一賃金のルールが施行され、同年10月には最高裁判決が5件出されました。多くの企業では、これを受けて一度は待遇差の点検を済ませた、と整理されてきたのではないでしょうか。
令和8年4月、同一労働同一賃金に関する省令・告示が公布され、令和8年10月1日から施行されます。ガイドラインには、退職手当・無事故手当・家族手当・住宅手当・夏季冬季休暇・褒賞が新たに盛り込まれ、賞与・病気休職の記載も充実しました。さらに、パート・有期社員を雇い入れる際には「待遇差の説明を求めることができる旨」の明示が法的義務となり、違反すると10万円以下の過料の対象となります。
本記事では、今回の改正の3つのポイントと、なぜ「企業に不利」といえるのか、そして施行直前に企業が今すぐ取るべき具体的な対応策を弁護士が分かりやすく解説します。パート・有期社員を雇用している全ての企業にとって必見の内容です。

この記事を書いた人
弁護士田村裕一郎
弁護士歴20年超。四大事務所で培った訴訟対応力で、深刻な労働紛争や企業法務トラブルを解決してきた実績を持つ。執筆やセミナー講師など多数。
第1 改正の全体像 ― 3つのポイント
今回の改正のポイントは、次の3つです。
A 労働条件の明示事項が増える【法的義務化】
B 同一労働同一賃金ガイドラインが改正される【企業に不利】
C 雇用管理指針が改正される【企業のやることが増える】
このうち、実務上最も重要なのはBです。
そこで本記事では、Bを中心に丁寧に解説し、Cについては概要の紹介にとどめます。
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第2 労働条件の明示事項の追加 ― 法的義務化
パート・有期法6条は、パート・有期社員を雇い入れたときに、一定の労働条件を文書の交付等により明示することを企業に義務づけています。現行の明示事項は、❶昇給の有無、❷退職手当の有無、❸賞与の有無、❹相談窓口です。
今回の改正により、この明示事項に、「待遇差の説明を求めることができる旨」が新設されます。
もともと、パート・有期法14条2項は、パート・有期社員から求めがあったときは、正社員との待遇の相違の内容及び理由などを説明しなければならない、と定めています。今回の改正は、この「説明を求めることができる」という権利を、雇入れ時に書面で伝えることを企業に義務づけるものです。
ここに注意!3つのポイント
① 10月1日以降に雇い入れる人から
施行日は令和8年10月1日ですので、同日以降に雇い入れるパート・有期社員が対象となります。
② 契約更新時も必要(更新=雇入れ)
うっかり見落としがちなのが、契約更新です。例えば、1年契約の有期社員について、12月1日から新たな契約期間が始まる場合、これは10月1日以降の「雇入れ」にあたります。したがって、更新時の労働条件通知書・雇用契約書も、新しいフォームで作成する必要があります。
③ 違反は、10万円以下の過料
明示義務に違反した場合、10万円以下の過料の対象となります。
使用者側の目線
「説明を求めてOK」ということを、企業自身が書面で伝えることになります。そうすると、パート・有期社員から「待遇差について説明してください」という要求が増える可能性があります。したがって、企業としては、待遇差の「内容」と「理由」を、いつ求められても説明できるように準備しておくことが必須です。
弁護士田村裕一郎当職のコメント:なぜ、このようなルール変更がされたのか
端的にいえば、国としては、パート・有期社員の生産性を高めたいと考えているため、です。少子高齢化により労働力が減っていく中で、パート・有期社員のやる気を引き出し、国全体として労働力不足を克服しようという狙いがあると思います。
その際、国が各企業に一つひとつ是正を求めていくよりも、パート・有期社員自身が説明を求めていく方が、効果的です。説明を求められれば、企業は回答しなければなりませんので、その過程で、自社の待遇差が本当に説明のつく内容なのかを、企業自身が検討することになります。いわば、労働者からの「説明要求」を通じて、同一労働同一賃金を日本全体で実現していこう、という仕組みであると当職は理解しています。
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第3 同一労働同一賃金ガイドラインの改正 ― 企業に不利
今回の改正で最も重要なのが、同一労働同一賃金ガイドラインの改正です。結論からいえば、内容としては企業に不利なものとなっています。
⑴ 追加・充実された待遇
ガイドラインに追加・充実された待遇は、次のとおりです。
- 賞与【充実】
- 退職手当【新規】
- 無事故手当【新規】
- 家族手当【新規】
- 住宅手当【新規】
- 病気休職【充実】
- 夏季冬季休暇【新規】
- 褒賞【新規】
いずれも、最高裁判決等(一部は高裁判決)を踏まえたものです。そのため、弁護士や社労士など同一労働同一賃金に詳しい専門家から見ると、取り立てて新しいルールができたという印象はありません。
しかし、これらの判決の内容がガイドラインに明記されたことの意味は、決して小さくありません。裁判所もガイドラインを意識して判断しますし、パート・有期社員も「ガイドラインに書いてあるじゃないか」と主張しやすくなるからです。
⑵ 無事故手当・家族手当・住宅手当
無事故手当:業務の内容が同じ → 同一の手当
参考判例:ハマキョウレックス事件(最判平成30年6月1日)
例えば、正社員のトラックドライバーには無事故手当として月1万円を支給している一方、同じ運転業務を行っている有期社員のドライバーには支給していない、という場合です。業務の内容が同じであれば、同一の無事故手当を支給することが原則となります。
家族手当:相応に継続勤務の見込み → 同一の手当
参考判例:日本郵便(大阪)事件(最判令和2年10月15日)
例えば、1年更新や6か月更新の有期契約を何度も更新しており、相応に継続勤務の見込みがあるといえる場合です。正社員に家族手当を支給しているのであれば、その有期・パート社員にも同一の家族手当を支給することが原則となります。
住宅手当:同じ転居を伴う異動あり → 同一の手当
参考判例:メトロコマース事件、日本郵便事件、ハマキョウレックス事件等
例えば、正社員には転勤があるため住宅手当として月1万円を支給しているところ、有期社員にも同じように転居を伴う異動がある、という場合です。この場合に有期社員にだけ住宅手当を支給しないことは説明がつきませんので、同一の住宅手当を支給することが原則となります。



当職のコメント:「相応に継続勤務の見込み」とは、何年か
家族手当や病気休職では、「相応に継続勤務の見込み」があるかどうかが重要になります。では、契約が何年更新されれば、この「見込み」があるといえるのでしょうか。
この点、日本郵便(大阪)事件の大阪高裁(平成31年1月24日判決)は、通算の契約期間が「5年」を超える場合に限って、待遇差を不合理と判断しました。しかし、最高裁(令和2年10月15日判決)は、この「5年」という線引きを採用せず、契約期間が6か月以内または1年以内とされ、更新を繰り返して勤務する者が存在することなどから、「相応に継続的な勤務が見込まれている」と判断しました。したがって、「5年未満だから大丈夫」という整理は通用しません。
基準については今後の裁判例の動きをみる必要がありますが、現時点での当職の「ざっくりとした」感覚は、次のとおりです。
● 在籍2年程度まで:「相応に継続勤務の見込み」は否定されやすく、リスクは比較的低い
● 在籍3年超:更新が繰り返されていれば、それなりにリスクが出てくる
● 在籍5年超:見込みを否定するのは難しく、リスクは高い(無期転換権も発生する)
もっとも、これはあくまで目安です。会社として更新を当然のように繰り返す運用をしていれば、年数が短くても「見込みあり」とされる可能性があります。反対に、更新上限の定めや正社員登用制度(とその実績)があれば、企業に有利な事情になり得ます。年数と会社全体の運用の両面から点検されるとよいでしょう。
⑶ 病気休職・夏季冬季休暇・褒賞
病気休職(有給):相応に継続勤務の見込み → 同一の給与保障
参考判例:日本郵便(東京)事件(最判令和2年10月15日)
病気休職・病気休暇には、有給の場合と無給の場合があります。有給の病気休職・病気休暇について、相応に継続勤務の見込みがあるのであれば、同一の給与保障をすることが原則となります。「相応に継続勤務の見込み」の考え方は、上記の家族手当と同様です。
夏季冬季休暇:パート・有期にも、同一の休暇
参考判例:日本郵便(東京)(大阪)(佐賀)事件(最判令和2年10月15日)
お盆の時期の夏季休暇や、年末年始の冬季休暇についても、パート・有期社員も同じように働いている以上、同一の休暇を与えることが原則となります。
褒賞:同じ期間勤続 → 同一の褒賞
参考判例:メトロコマース事件(東京高判平成31年2月20日)
勤続年数に応じた褒賞(永年勤続表彰など)について、同じ期間勤続しているのであれば、同一の褒賞を与えることが原則となります。



当職のコメント:ガイドラインは「絶対」ではなく「原則」
ガイドラインが示しているのは、あくまで「原則」です。最高裁判決や高裁判決を意識した内容ではありますが、絶対的なものとまではいえません。
したがって、企業として「ガイドラインにはこう書いてあるが、当社ではこういう事情があるから、このような取扱いをしている」と説明できる余地はあります。もっとも、その「事情」は、具体的かつ客観的に説明できるものでなければなりません。ガイドラインを読む際には、「原則はこうだが、例外を主張するなら相応の根拠が要る」と意識されるとよいと考えます。
⑷ 賞与・退職手当:「ゼロ支給で安心」は✕
賞与と退職手当は、最高裁で企業が勝った論点です(賞与:大阪医科薬科大学事件・最判令和2年10月13日、退職手当:メトロコマース事件・最判令和2年10月13日)。
しかし、これらはあくまで当該事案における判断です。他の事案が必ずしも同じ結論になるとは限りません。今回のガイドライン改正で賞与の記載が充実し、退職手当が新たに盛り込まれたことも踏まえると、「パート・有期社員は賞与・退職金ゼロ支給で安心」とはいえません。
企業としては、次の3つのSTEPで確認することをお勧めします。
STEP1 自社の賞与・退職金の「目的」は何か
STEP2 その目的は、パート・有期社員にも当てはまるか
STEP3 職務の内容や転勤の有無などの違いに応じた「均衡」ある支給か
⑸ 考え方の明確化:4つのポイント
今回の改正では、ガイドラインが「考え方」を明確化している点も注目すべきです。
① 正社員の待遇を下げて解消 → 基本的に、望ましい対応とはいえない
待遇差があるときに、正社員の待遇を引き下げれば、比較上の待遇差はなくなります。しかし、ガイドラインは、このような対応は基本的に望ましい対応とはいえない、としています。原則として考えるべきは、パート・有期社員の待遇の「引上げ」です。 正社員の待遇の引下げを検討する場合は、ガイドラインと異なる方向に進むことになりますので、それが法的に有効かどうかは別途慎重な検討が必要です。必ず外部専門家に相談されることをお勧めします。
② 説明不足・一方的な決定 → 「不合理」の方向で考慮され得る
パート・有期社員から説明を求められた際に説明が足りない、あるいは企業が一方的に決めてしまう、という対応は、「不合理」の方向で考慮され得るとされています。実際の裁判例を見ても、企業がきちんとした説明をしなかったり、一方的に決定したりしている場合には、企業に不利な判断がされる傾向があります。社員との対話・コミュニケーションを大切にすべきです。
③ 「正社員人材の確保・定着」目的 → それだけでは、「不合理でない」とされない
待遇差の理由として、「正社員人材の確保・定着のため」と説明されることは、実務上よくあります。しかし、このような抽象的な目的だけでは、「不合理でない」とはされません。職務の内容がこう違う、変更の範囲がこう違う、その他の事情としてこういう事情がある、といった点を具体的に説明できなければ、裁判では負けてしまう可能性が高いです。
④ 定年後再雇用 → それだけでは、「不合理でない」とされない
定年後再雇用の場合に、60歳以降の待遇が大きく下がることは、実務上よくあります。しかし、「定年後再雇用だから」という理由だけでは、「不合理でない」とはされません。職務の内容、変更の範囲、その他の事情を緻密に分析・検討し、具体的な理由を説明できるようにしておくことが重要です。
⑹ 無期フルタイム社員への影響
無期・フルタイムの社員は、パート・有期法の対象外です。しかし、改正ガイドラインは、無期フルタイム社員についても、ガイドラインの趣旨を考慮すべきとしています。
実際に、東北映像事件(仙台高判令和7年9月11日、最高裁は令和8年4月15日に上告不受理)では、無期・フルタイムの契約社員と正社員との間の賞与・家族手当・住宅手当の格差について、違法と判断されています。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
➡【同一労働同一賃金】無期フルタイムvs正社員、待遇差は違法【✕】か。賞与、家族手当、住宅手当の待遇差への企業の対応策


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第4 雇用管理指針の改正 ― 企業のやるべきことが増える
雇用管理指針も改正されます。企業にとっては、やるべきことが増える内容です。指針には、「しなければならない」(義務)、「努める」、「望ましい」の3つのレベルがあります。
「しなければならない」(義務)
- パート・有期社員の過半数代表者の選び方
- 福利厚生施設の利用への配慮
- 正社員転換:本人の意向を確認
- 待遇差の説明:資料を使う
このうち、実務上特に重要なのは、待遇差の説明の方法です。資料を使いながら口頭で説明するパターンや、資料そのものを交付するパターンなどが考えられます。
「努める」「望ましい」
- 【努める】意見を聴く機会を設ける(話合い・アンケート)
- 【望ましい】公正な評価で賃金を決める
- 【望ましい】更新時などに説明資料を交付する
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第5 企業が取るべき6つの対応策
施行直前の今、企業が取るべき対応策は、次の6つです。
⑴ 企業の担当者を決める
同一労働同一賃金は、ガイドラインや裁判例が多く、勉強が大変な分野です。まずは担当者を1人決め、その方がしっかり勉強し、社内の統括担当者となる体制を作るべきです。
⑵ 労働条件通知書or雇用契約書のフォームを改定する
10月1日以降の雇入れ(契約更新を含む)では、「待遇差の説明を求めることができる旨」を明示した新しいフォームを使う必要があります。違反は10万円以下の過料の対象となりますので、早急に改定すべきです。
⑶ 待遇ごとに「目的・趣旨」を点検する
基本給、賞与、退職手当、無事故手当、家族手当、住宅手当、病気休職、夏季冬季休暇、褒賞など、待遇ごとに、その目的・趣旨を点検します。そのうえで、その目的・趣旨がパート・有期社員にも当てはまるかを検討します。
⑷ 待遇差の説明資料を作る
説明を求められることが増える可能性がありますので、待遇差の説明資料をあらかじめ作成しておくべきです。
⑸ 是正は、パート・有期社員の待遇の「引上げ」が原則
是正する場合は、パート・有期社員の待遇の「引上げ」が原則です。正社員の待遇の「引下げ」による是正は、ガイドラインと異なる方向を目指すことになりますので、必ず外部専門家に相談すべきです。
⑹ 記録(議事録等)を保管する
説明を求められた際に、きちんと回答したことを後から示せるように、議事録などの記録を残しておくことが非常に重要です。
社労士の先生へ: 当事務所は、社労士先生との顧問契約【社労士先生からのご質問に、当事務所弁護士が回答するための月額顧問契約】も多数ございます。まずはお気軽にメール(mo@tamura-law.com)又はお電話(03-6272-5922)にてご相談ください。
第6 まとめ:施行前に「説明できる状態」を作ることが大切
今回の改正は、社労士・弁護士から見ると目新しいルールではありません。しかし、最高裁判決等の内容がガイドラインに明記され、しかも「説明を求めることができる」ことを企業自身が書面で伝えることになる以上、パート・有期社員の待遇差が問題となる場面は増えると考えられます。
トラブルを未然に防ぐためには、例えば、
- 10月1日以降の雇入れ・契約更新に向けて、労働条件通知書・雇用契約書のフォームを改定する
- 待遇ごとに目的・趣旨を点検し、パート・有期社員にも当てはまるかを検討する
- 待遇差の説明資料を作成し、説明の記録を残す
- 是正が必要な場合は「引上げ」を原則とし、「引下げ」を検討する場合は外部専門家に相談する
といった組織的なアプローチが必須です。
「自社の待遇差を説明できるか不安がある」「新しいフォームをどう作ればいいか分からない」という経営者・人事担当者の方は、取り返しのつかない労務トラブルに発展する前に、ぜひ一度、外部専門家(社労士や弁護士など)にご相談ください。
第8 参考資料
1、同一労働同一賃金特集ページ|厚労省


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