現代の企業経営において、「同一労働同一賃金」への対応は避けて通れません。しかし、多くの企業では、有期雇用の契約社員やパート社員との待遇差を点検すれば足りると整理されてきたのではないでしょうか。
令和7年9月11日、仙台高裁である注目すべき判決(東北映像事件)が下されました。それは、「無期・フルタイムの契約社員と正社員との間の、賞与・家族手当・住宅手当の格差」に対し、裁判所が明確に違法性を認め、約200万円(193万5252円)の損害賠償の支払いを命じた事例です。しかも、令和8年4月15日、最高裁は上告を受理せず、この判断は確定しています。
本記事では、この最新裁判例を基に、パート・有期法8条の考え方や、なぜ会社側の主張が退けられたのか、そして企業が取るべき具体的な対応策を弁護士が分かりやすく解説します。無期・フルタイムの契約社員を雇用している企業は決して少なくありませんので、全ての企業にとって必見の裁判例です。

この記事を書いた人
弁護士田村裕一郎
弁護士歴20年超。四大事務所で培った訴訟対応力で、深刻な労働紛争や企業法務トラブルを解決してきた実績を持つ。執筆やセミナー講師など多数。
第1 「同一労働同一賃金」とは? ― 本件は「直接適用」の事案ではない
今回の裁判で大きな論点となったのが、条文が直接適用されない労働者にも、その趣旨が及ぶか、です。
まず、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート・有期法)8条は、不合理な待遇の相違を禁止しており、その考慮要素として、以下の3つを挙げています。
❶ 職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)
❷ 職務の内容及び配置の変更の範囲(転勤、昇進、職務内容の変更など)
❸ その他の事情(採用の経緯、正社員登用制度、労使交渉の経緯など)
そして、これらのうち「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるもの」を考慮して判断するとされています。したがって、基本給・賞与・家族手当・住宅手当といった項目ごとに、その性質・目的を踏まえた個別の検討が必要になります。
もっとも、同条が対象としているのは「短時間・有期雇用労働者」です。本件の従業員は、①フルタイムであり、②無期契約ですから、同条の直接の適用はありません。にもかかわらず、裁判所は、同条の趣旨を「公序」(民法90条)として及ぼし、不法行為(民法709条)という法律構成により、企業に支払いを命じました。
「条文が直接適用されないのだから安全である」という整理は、もはや通用しないと、当職は考えます。
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第2 裁判例(東北映像事件)の概要と、裁判所が「違法」と判断した理由
事件の経緯
● 平成11年(比較対象社員の採用): 正社員として、22歳(新卒に近い若年)で採用された。以後、一貫して支所の事務職員として勤務し、転勤は一度もなかった。
● 平成14年(従業員=原告の採用): 無期・フルタイムの契約社員として、34歳で中途採用された(採用選考は書類審査と面接)。支所の一般事務に従事し、就業場所は固定されていた。扶養する子が1人いた。
● 令和2年4月1日: パート・有期法8条・9条が施行された。
● 提訴: 従業員は、上記の比較対象社員と業務も責任もほぼ同一であるにもかかわらず、基本給・賞与・家族手当・住宅手当に差があることは均等待遇の原則に反するとして、差額相当額の損害賠償を請求した。
会社側の主張
会社側は、
①正社員は将来の幹部候補として新卒採用しており、転勤も職務内容の変更もあること、
②家族手当・住宅手当は、長期雇用制度の下で有為な人材の確保・定着を期待して支給しているものであること、
③比較対象社員が支所の軽易な事務に固定されたのは、地方競馬の売上低迷による経営環境の悪化で人員を削減せざるを得ず、育成の余裕がなくなったという例外的な事情によるものであること、
といった趣旨の主張を行いました。
裁判所が下した判断
裁判所は、まず判断の枠組みとして、パート・有期法8条・9条が施行された令和2年4月1日以降は、無期契約の労働者間においても均等・均衡待遇のルールが「公序」として社会内に確立していると判断しました。そして、労働条件の相違が不合理であってその程度が社会通念上許容されない場合は違法となり、その判断にあたっては同法8条・9条の趣旨が「重要な指標」になる、としました。 そのうえで、待遇の項目ごとに、次のとおり判断しました。
基本給:適法 … 従業員の基本給(月額)が比較対象社員の79.7%ないし82.4%である程度の相違は、社会通念上許容される範囲にとどまる。
賞与:違法 … 比較対象社員の賞与の37.0%ないし43.3%にとどまることは合理的とはいえず、比較対象社員の賞与の「7割」を下回る限度で不合理である。
家族手当:違法 … 扶養親族の有無・属性・人数に着目して金額が定められていることから「生活費の補助」としての性質を有する。無期契約社員として採用し、長期雇用を前提に人材の確保・定着を期待していたのであるから、正社員と「同等」の家族手当を支給しないことは不合理である。
住宅手当:違法 … 同様に「生活費の補助」としての性質を有する。加えて、平成23年から令和6年までの間に本社と各支所との間で行われた転勤は、定年退職後に再雇用された有期嘱託社員に限られていたのであるから、住宅費用の補助を要する程度に差は全くなかった。
会社側の主張③(例外的な事情)について、裁判所は、これを考慮すべきことは認めました。しかし結論としては重視せず、「従業員と職務内容がほぼ同一の正社員が現に存在する」という客観的な事実が決定的となりました。

当職のコメント:なぜ「7割」なのか
この「7割」という水準は、条文にも指針にも記載がありません。もっとも、当職としては、次の思考過程によるものと考えます。
裁判所は、基本給の格差(比較対象社員の約8割)を適法と認めました。そして、本件の賞与は「(基本給+役付手当)×掛率+精勤(査定)」という算定式であり、基本給が賞与算定のベースとされています。とすれば、適法とされた約8割という水準は、賞与にも反映されるはずです。そこに、人材育成や労働意欲の向上といった賞与の趣旨による一定の上乗せの格差を認めた結果、8割から若干下げた7割が下限として設定された、と理解できます。
また、「7割」という水準は、公務の世界では既に制度上の基準として採用されています。すなわち、国家公務員については、「国家公務員法等の一部を改正する法律」(令和3年法律第61号)が令和5年4月1日から施行され、定年が60歳から段階的に65歳へ引き上げられましたが、これに伴い、民間の実情等を踏まえ、当分の間、60歳超の職員の給与を60歳前の「7割水準」に設定するものとされました。具体的には、俸給月額が原則として60歳前の7割に引き下げられ、諸手当のうち俸給月額の水準と関係するものも7割水準とされています(引用元:定年・役職定年・再任用|人事院)。
賞与に相当する期末手当・勤勉手当も俸給月額を算定の基礎としますから、公務においては、「基本給を7割水準とし、これに連動する手当も7割水準とする」という設計が採られていることになります。そして、この公務の7割水準は、「民間の実情等を踏まえ」設定されたものとされています。
以上からすると、官民のいずれにおいても、「7割」という水準が待遇差の一つの目安として機能していることがうかがわれ、本件で裁判所が示した「7割」も、こうした状況を背景とするものではないかと、当職は考えます。
実務上は、「基本給の格差の水準が、賞与の格差の判断に一定の影響を与える」という視点を持つことが有用です。本件は、基本給が約8割である点を踏まえ、それ以外の事情も加味した上で、賞与は約4割であったという点も踏まえ、同一労働同一賃金が問われた事案であるといえます。
結論
裁判所は、賞与・家族手当・住宅手当について不法行為の成立を認め、会社に対して193万5252円の損害賠償の支払いを命じました。
なお、第一審(青森地裁八戸支部・令和7年2月19日)は、平成24年4月以降の格差について595万2328円の支払いを命じていました。仙台高裁は、違法となる起算点を令和2年4月1日(パート・有期法8条・9条の施行日)としたため、認容額が減額されています。もっとも、最高裁は令和8年4月15日に上告を受理せず、企業の支払義務は確定しています。
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第3 企業が取るべき4つの対応策
今回の事例は、「悪気はなかった」「業務を円滑に回すための共有だった」という社長や管理職の言い分(主張)が、裁判では一切通用しないことを示しています。企業がこうしたアウティングのリスクを防ぐためには、以下の3つのステップでルールを徹底する必要があります。
⑴ ❶職務の内容:業務・責任の相違を明確にし、例外を作らない
⑵ ❷変更の範囲:転勤・配転・昇格等の相違を明確にし、例外を作らない
⑶ ❸その他の事情:労使交渉の充実、正社員登用制度の検討、例外の場合に是正できるかの検討、など
⑷ ❹待遇ごとの検討:基本給、賞与、家族手当、住宅手当など、待遇ごとに細かな検討をすべき
⑴ ❶職務の内容:業務・責任の相違を明確にし、例外を作らない
正社員と無期契約社員との間で、担当業務の範囲・難易度、決裁権限、部下の指揮監督、最終責任の所在などの相違を設けます。規程のみならず、運用上の相違も意識すべきです。
本件で重視されたのは、正社員のうち「1名」が、無期契約社員とほぼ同一の業務・責任であった点です。裁判所は、一般の正社員との比較では、業務内容が質的に異なり責任の程度も異なると認定しています。つまり、大多数の正社員について「相違」があったとしても、たった1名の例外が「裁判所の心証面」で重視されたということです。例外を作らないことが、実践的な対応策の1つです。
⑵ ❷変更の範囲:転勤・配転・昇格等の相違を明確にし、例外を作らない
正社員については、昇格・昇任、業務レベルの段階的な引上げ、部署の変更、転勤といった「変更の範囲」を規程で定めた上で、実際に運用すべきです。
例えば、住宅手当については、規程に「転勤あり」と定めるだけでは足りないと判断される可能性が高いです。本件の住宅手当に関する判断が示すとおり、転勤の実態が裁判所で重視されます。転勤・配転の実施状況を定期的に検証すべきです。
⑶ ❸その他の事情:労使交渉の充実、正社員登用制度の検討、例外の場合に是正できるかの検討、など
労使交渉は、「その他の事情」として重要な意味を持ちます。また、正社員登用制度の検討も大切です。仮に、本件のように一部の例外がある場合、それを是正できるかの検討も行うべきです。
本件では、20年以上にわたる会社の労務管理体制が事後的に検証された事例といえます。企業として、仮に「一時的に」例外が生じたとしても、「できるだけ早く」その例外的事例を是正すべく努力すべきです。
⑷ ❹待遇ごとの検討:基本給、賞与、家族手当、住宅手当など、待遇ごとに細かな検討をすべき
一般に、基本給は、企業側に有利な判断がされる可能性が高いです。他方、手当については、それぞれの手当の性質や目的が客観的に分析され、不合理かどうかが判断されます。基本給との比較において、企業側に不利な判断がされやすいため、特に注意が必要です。なお、賞与については、基本給との連動性を意識すべきです。
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第4 まとめ:規程の整備と「例外を作らない」運用が不可欠
無期・フルタイムの契約社員の待遇は、「有期でもパートでもないから法律の対象外である」と整理して良いものではありません。
トラブルを未然に防ぐためには、例えば、
● 賃金規程・給与規程を作成し、待遇差の理由を説明できる形に整理する
● 職務の内容と変更の範囲について、規程どおりの運用がされているかを定期的に検証する
● 例外的な取扱いを放置せず、可能な限り早く是正する
● 企業特有の事情があれば、それが裁判において有利になる事情かを客観的に分析する
といった組織的なアプローチが必須です。
「自社の待遇差を説明できるか不安がある」「どのような規程を作ればいいか分からない」という経営者・人事担当者の方は、取り返しのつかない労務トラブルに発展する前に、ぜひ一度、外部専門家(社労士や弁護士など)にご相談ください。
社労士の先生へ: 当事務所は、社労士先生との顧問契約【社労士先生からのご質問に、当事務所弁護士が回答するための月額顧問契約】も多数ございます。まずはお気軽にメール(mo@tamura-law.com)又はお電話(03-6272-5922)にてご相談ください。
第6 参考資料
1、同一労働同一賃金特集ページ|厚労省
2、定年・役職定年・再任用|人事院
3、東北映像事件_仙台高裁R7_09_11
4、東北映像事件_最高裁R80415


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