着替え時間の労働時間性

今回は、使用者側弁護士の視点から、「始業前の更衣時間は、労働時間にあたるのか」という重要なテーマについて、令和7年の最新判例(西日本高速道路サービス関西㈱事件)を軸に、実務的な観点を踏まえ解説します。

始業前の更衣時間は「労働時間」ではない!? 最新判例から学ぶ労務管理のポイント

目次

第1 はじめに:なぜ労働時間の把握が重要なのか

企業にとって、労働時間に対して適正な対価(賃金)を支払うことは、もっとも基本的な責務の一つです。労働時間の概念を正しく理解できていないと、意図せず「ブラック企業」との疑念を抱かれたり、従業員との信頼関係が崩れたりするリスクがあります。特に「更衣(着替え)」の時間は、日常的に発生する行為であるため、残業代請求などのトラブルに発展しやすい論点です。

第2 労働時間の定義とこれまでの経緯

まず、原則となる考え方を確認しましょう。

(1) 労働時間の客観的定義

最高裁の判例(三菱重工業長崎造船所事件)によれば、労働基準法上の「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。 これが労働時間に該当するかどうかは、就業規則や契約の定めいかんに関わらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより、客観的に定まります(正確には注1を参照)。

(2) 三菱重工業長崎造船所事件とガイドライン

これまでの実務では、以下の基準が重視されてきました。

三菱重工業長崎造船所事件(平成12年3月9日最高裁判決): 労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、その更衣時間は、原則として、労働時間に該当すると判断されました(正確には注2を参照)。

厚生労働省のガイドライン: 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」においても、使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)を事業場内において行った時間は、労働時間として扱わなければならないと明記されています(正確には注3を参照)。

このように、(上記の「事業場内において」という部分に着目せずして)「着替え=労働時間」という認識が一般的でしたが、令和7年に注目すべき判決が出されました。

第3 驚きの判決:西日本高速道路サービス関西㈱事件(大阪地判R7.10.30)

この判決では、始業前の更衣時間が労働時間ではないと判断されました。なぜ、これまでの判例やガイドラインと(一見すると)矛盾すると思われる結果となったのでしょうか。その理由は大きく分けて2点あります。

(1) 制服の特性(制服通勤が可能)

裁判所は、当該企業の制服(シャツ、ファスナー付きブルゾン、長ズボン)が、社会通念上、着用して出勤することに特段の支障がないものであると判断しました。つまり、特殊な作業着や奇抜なデザインではなく、自ら自宅で着てくることが可能な性質のものであったということです。

(2) 場所的拘束性の特別事情(更衣室利用は義務でない)

次に重要視されたのが、「どこで着替えるか」の自由度です。

(ア) 会社は制服の着用を指示していましたが、「必ず更衣室で着替えなければならない」という明確な義務付けまでは認められませんでした。

(イ) 原告(労働者)は「上司から更衣室で着替えるよう指示された」と主張しましたが、客観的な証拠がないこと等から、労働者の主張は、採用されませんでした。

(ウ) 会社が「制服通勤の許容」を積極的に周知していなかったとしても、それだけで「更衣室での着替えが義務」とは評価されませんでした。

結果として、自宅等で着替えて出勤できる以上、事業所内での更衣時間は「使用者の指揮命令下に置かれた時間」とは評価されず、労働時間性が否定されたのです(以上につき、正確には注4参照)。

第4 企業が取るべき今後の対応策

この判決は、企業にとって有利な判断に見えますが、安易に「更衣時間は一律で無給にして良い」と考えるのは危険です。実務上は以下の2つの選択肢を検討すべきです。

(1) 【推奨】更衣時間を労働時間として管理する(原則的対応)

制服の着用を義務付ける以上、多くのケースで場所的拘束性(事業所内で着替えなければならないという義務)が認められやすく、労働時間とされるリスクは依然として高いと言えます。トラブルを未然に防ぎ、従業員の満足度を維持する観点からは、更衣時間を労働時間として認め、賃金を支払うのが一般的かつ望ましい対応です。

(2) 制服通勤の自由化と周知(例外的対応)

更衣時間を労働時間から除外したい場合は、今回の判例を踏まえ、以下の措置を徹底する必要があります。

(ア) 就業規則等での周知: 「制服での通勤は自由である」「更衣場所も自由であり、自宅等で着替えても良い」ことを就業規則等で明確に定め、それを周知します。

(イ) 更衣室の案内の見直し: 更衣室の提供はあくまで「便宜供与(福利厚生)」であり、利用を強制しないことを徹底します。

(ウ) リスク分析: 制服が特異なものでないか(通勤可能か)、黙示の指示(例:実態として、社員全員が更衣室で着替えている、人事評価での評価対象や懲戒処分対象としている、など)がないか、などを慎重に分析すべきです。

㊟法的に「更衣時間は、労働時間性がない」としても、他の問題点(例:通勤中にトラブルが起きた際のブランド毀損リスクや安全上のリスク(ストーカー被害等))の有無や、そのリスクの程度も検討すべきです。

第5 おわりに

労働時間の判断は非常に繊細であり、今回の裁判例は、あくまで特定の事実関係(制服の性質や指示の内容)に基づいたものです(注記に記載されている最高裁判例やガイドラインを、正確かつ精緻に読み込めば、今回の裁判例がこれらに矛盾しないということは、ご理解いただけると思います)。自己流での判断は、将来的に多額の未払い残業代請求、従業員との信頼関係の破壊など最悪の事態を招く恐れがあります。

特に更衣時間以外にも、「待機時間」や「研修時間」など、判断が分かれる論点は多く存在します。少しでも不安を感じられる場合は、労働法に精通した外部専門家(社労士や弁護士等)へ相談し、自社の現状を適正に分析することをお勧めします。

第6 注記

注1 三菱重工業長崎造船所事件の最高裁判示(労働時間該当性の一般論)

最高裁は、次のように判示しています(装飾等は、当職が加筆しました)。

一 労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても,当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。

注2 三菱重工業長崎造船所事件の最高裁判示(着替え時間の労働時間該当性)

最高裁は、次のように判示しています(装飾等は、当職が加筆しました)

二 原審の確定したところによれば、
(一)昭和四八年六月当時、被上告人ら(被上告人栗原精子の関係においては、以下、同被上告人訴訟被承継人栗原源三郎のことを被上告人という。)は、上告人に雇用され、長崎造船所において就業していた、
(二)右当時、上告人の長崎造船所の就業規則は、被上告人らの所属する一般部門の労働時間を午前八時から正午まで及び午後一時から午後五時まで、休憩時間を正午から午後一時までと定めるとともに、始終業基準として、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始し、所定の終業時刻に実作業を終了し、終業後に更衣等を行うものと定め、さらに、始終業の勤怠把握基準として、始終業の勤怠は、更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する旨定めていた、
(三)右当時、被上告人らは、上告人から、実作業に当たり、作業服のほか所定の保護具、工具等(以下「保護具等」という。)の装着を義務付けられ、右装着を所定の更衣所又は控所等(以下「更衣所等」という。)において行うものとされており、これを怠ると、就業規則に定められた懲戒処分を受けたり就業を拒否されたりし、また、成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があった、
(四)右当時、被上告人らのうち造船現場作業に従事していた者は、上告人により、材料庫等からの副資材や消耗品等の受出しを午前ないし午後の始業時刻前に行うことを義務付けられており、また、被上告人らのうち鋳物関係の作業に従事していた者は、粉じんが立つのを防止するため、上長の指示により、午前の始業時刻前に月数回散水をすることを義務付けられていた、
(五)被上告人らは、昭和四八年六月一日から同月三〇日までの間、
(1)午前の始業時刻前に更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動し、
(2)午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受出しをし、また、午前の始業時刻前に散水を行い、(略)というのであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足りる。 

三 右事実関係によれば、被上告人らは、上告人から、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、また、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、右装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、上告人の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。また、被上告人らの副資材等の受出し及び散水も同様である。さらに、被上告人らは、実作業の終了後も、更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだ上告人の指揮命令下に置かれているものと評価することができる。

注3 労働時間の適正な把握についてのガイドラインの詳細

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(一部抜粋)は、以下のように説明しています(装飾等は、当職が加筆しました)

3 労働時間の考え方
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。
そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。
なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。

ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
イ 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

(引用元:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン 厚生労働省)

注4 西日本高速道路サービス関西㈱事件(大阪地判R7.10.30)判示

大阪地裁は、以下のように判示しています(装飾等は、当職が加筆しました)

第3 当裁判所の判断

1 争点〔1〕(所定始業時間前の更衣時間の労働時間性)について
(1)労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、原告が主張する制服への更衣時間が労働時間に当たるか否かは、原告が更衣時間において被告の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。

(2)本件における所定始業時間前の更衣時間についてみるに、まず、料金ステーションのスタッフが着用する制服は、上衣がシャツとファスナー付きのブルゾン、下衣が長ズボンというものであって、社会通念上、これらを着用して出勤することについて、特段支障はないものと考えられる。原告は、入社直前の時期に入社時の配属先であるD料金ステーションの男性更衣室を案内された際、当時の同所の所長から、ここで制服に着替えて、その後、事務室内の出勤簿に捺印して、8時45分からの朝礼に出るようにと指示された旨供述するが、他方で所長から制服で出勤するなとは言われていないとも供述しており、約10年前の出来事であって所長の発言内容や発言態度等についての記憶の正確性を慎重に評価する必要があることや、原告の供述を裏付ける客観的証拠がないことに照らすと、原告の上記供述を直ちに採用することはできないし、原告の上記供述を前提としても、被告が原告に対して、制服を着用して出勤することを許容しない趣旨で料金ステーション内の更衣室において制服に着替えるよう明示的に指示したとまでは認められない。そして、他に被告が原告に対して料金ステーション内の更衣室において制服に着替えることを義務付けていたことを基礎付ける事実は認められない(なお、被告が従業員らに対して制服を着用して通勤することを許容する旨を積極的に周知していなかったとしても、これをもって直ちに被告が従業員らに対して更衣室において制服に着替えることを義務付けていたとは評価できない。)。

そうすると、被告は原告に対し、被告の指定する制服を着用して業務を行うよう指示していたものの、料金ステーションの更衣室において制服に着替えることを義務付けていたとは認められず、このような事実関係によれば、原告が所定始業時間前の更衣時間において被告の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。したがって、所定始業時間前の更衣時間が労働時間に当たるとはいえない。

第7 動画解説

動画解説に興味がある方は、こちらをご視聴ください。

第9 補足:参考情報

1、本記事は、メルマガ動画解説(2026年1月号)です。
2、今後、新しい情報が入れば、アップデートしたいと思っています。

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