採用面接のアンケートで障害などの不実記載があった従業員を、後日その事実が発覚した際に解雇することは可能でしょうか?
発達障害を秘匿していたことを理由とする解雇が、障害者の人格権の侵害であるとして企業に50万円の損害賠償責任が肯定された最新の裁判例(J社事件・横浜地判令和8年1月29日)があります。本記事では、弁護士の視点から、この裁判例のポイントと、企業が取るべき採用・労務管理上の留意点を解説します。

この記事を書いた人
弁護士田村裕一郎
弁護士歴20年超。四大事務所で培った訴訟対応力で、深刻な労働紛争や企業法務トラブルを解決してきた実績を持つ。執筆やセミナー講師など多数。
第1 事案の概要
⑴ 本件の核心:面接時のアンケートに、どう回答したか?
この事件の被告は、関東所在のJ社(以下、J社とする)、原告はJ社勤務の従業員でした。J社の採用面接において、「あなたの得病・障害等について」という設問があり、以下のように記載されていました。
得病・障害等のある方は、その内容について出来るだけ具体的にお書きください(病気、障害の種類・症状・ウイルス性の病気など・仕事をお願いする上でこちらが注意すべき事、など)。これは、介護(ホームヘルパー)という仕事の性質上採用する側としてあらかじめ把握しておきたい事です。得病や障害があったら即不採用、というわけではありませんので、ご理解ご協力いただけますよう宜しくお願い致します。
原告(従業員)は発達障害の1つである自閉スペクトラム症であり、精神障害者保健福祉手帳(3級)の交付を受けていました。しかし、アンケートには「タバコが苦手です。それ以外は特にありません」と記載し、障害を記載しませんでした。
⑵ 経緯:障害診断➡採用面接:アンケート➡就労➡不実記載の発覚➡解雇
本件の経緯は、次のとおりです。
❶2014年:原告が、広汎性発達障害(現:自閉スペクトラム症)と診断されます。
❷2018年5月:J社の面接を受け、アンケートに不実記載を行います(詳細は上記記載のとおり)。
❸2021年7月頃:採用から約3年就労します。この頃、シフト時間が、原告の希望を下回る状態となります。
2021年8月15日:代表者と面談。原告は、シフト時間の増加を申し入れ。
➡原告は、シフト時間の増加を申し入れるものの、代表者に対し、「体力的に、160時間、他の人みたいにということも、やっぱりクリアするのは難しい。」「それはやっぱり私が健常者ではない、障害者であるということともかかわってきます。」と答えました。
➡代表者の「何の障害者。」との問いに対し、原告は、「広汎性発達障害っていうやつですね。」と回答しました。
❹2021年8月23日:就業規則違反(虚偽の申告)を理由とする解雇通知。
2021年9月30日:解雇。
2021年11月26日:労働組合との団体交渉を経て解雇撤回【謝罪あり:「障害があることを理由に解雇したわけではないが、解雇手続が拙速であったことについて謝罪する」】。
その後、(様々な経緯の後)本件訴訟が提起されます。
(引用元:JIRITAMA事件_横浜地裁R8_01_29)
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第2 障害【秘匿】が理由の解雇は適法か?
障害者雇用促進法第35条により、事業主は労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならないと規定されています。
さらに「障害者差別禁止指針」では、解雇に関し、
「イ 障害者であることを理由として、障害者を解雇の対象とすること」や、
「ロ 解雇の対象を一定の条件に該当する者とする場合において、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと」は、障害者であることを理由とする差別に該当すると明記されています。
⑴ 裁判所の判断
結論として、裁判所は本件解雇を違法と判断し、会社に50万円の損害賠償(慰謝料)の支払いを命じました。その判断理由は以下の通りです。
解雇の理由
会社側は「アンケートへの不実記載が直接の理由である」と主張しましたが、判決では、次のように認定されています。
しかしながら、
❶被告においては、例えば、就職時に料理できるというスキルがある旨を申告していたのに、実際にはそのスキルを持っていなかったという者も少なからずいたが、その不実申告を理由として解雇した例はなかった(略)というのであって、本件解雇は、本件アンケートへの不実記載それ自体が問題とされたとはいえない。
❷また、原告は令和3年8月15日の面談までに約3年勤めており、その間、被告が原告の就労状況に関し具体的な問題を指摘していなかったのに対し、被告代表者が、原告に発達障害があることを知った翌日には原告の解雇を決めていた(略)といった経緯からすれば、解雇の理由は原告が発達障害者であることを理由とするものとしか考えられない。
違法性と損害
上記を踏まえ、不法行為の成立と慰謝料について、判決では、次のように述べられています。
本件解雇は、(略)原告が発達障害者であることを理由としてなされた差別的なものであり、原告の人格権を侵害する違法なものとして、不法行為を構成する。
被告の上記行為によって原告について生じた損害(慰謝料)は、
⑴ 本件解雇が団体交渉の結果3か月余で撤回されていること、
⑵ 本来であれば復職までの期間の賃金が支払われるはずであること(実際、被告は、本件解雇後、令和4年1月末日までの賃金全額(源泉徴収等の前の金額で54万円)を支払済みである。)
など、本件に現れた全事情を総合すると、50万円をもって相当と認める。
(上記につき、項目の加筆など、次の引用元を当職が適宜修正。引用元:雇用の分野における障害者への差別禁止・合理的配慮の提供義務│厚労省)
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第3 企業の対応策
本件のようなトラブルを未然に防ぎ、適切に対応するため、企業は、例えば、次の対応策を講じるべきです。
⑴ 採用前の面接:業務遂行の可否の確認
⑵ 解雇前の予測:解雇有効かの確認
⑶ 展開予測の確認と外部専門家への相談
⑴ 採用前の面接
面接時において、障害に関連する質問を行うか否かは、慎重に考えるべきです。
厚生労働省のQ&Aにおいても、次の記載があります。
Q4-2-5.一般求人において、本人が障害者であることを明らかにしていない場合、募集及び採用時に、就業上の配慮が必要かどうか質問する際の留意点はありますか?
A4-2-5.一般求人において、応募者が自ら障害者であることを申し出ていない場合においては、能力・適性を判断するために必要な範囲内で、質問の趣旨及び必要性を明らかにした上で質問していただくことが基本です。また、当該質問が障害を有することの確認に繋がらないようにすることに加え、募集及び採用時に障害者であることを明らかにしていなかった者が採用後に合理的配慮を求めることを妨げるものではないことに留意する必要があります。」
本件の場合、(企業実施のアンケートが適切であったかは別にして)不実記載により、企業としては、「想定していなかった問題」に直面しました。これを前提とする限り、企業としては、少なくとも、(不実記載の可能性があることを踏まえ)「月160時間、働けますか」など、業務遂行に直接関わる条件(労働時間や体力的な要件等)を確認すべきといえます(本件において、原告は、❶月104時間では、少なすぎる、❷かといって月160時間は、多すぎて働けない、という趣旨のことを述べています。これを前提とする限り、企業が、「月160時間、働けますか」という質問を面接時に行っていれば、異なる結果となった可能性があります)。
業務遂行に直結するダイレクトな確認を行うことが、入社後のミスマッチを防ぐ有効な手段の1つといえます。
(引用元:障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関する Q&A│厚労省)
⑵ 解雇前の確認
仮に従業員に(何らかの)問題があったとしても、解雇はあくまで「最後の手段」です。実施前に以下の点を確認しなければなりません。
・就業規則等の確認
・事実面と法的側面の確認
・証拠の確認(裁判になった際、会社側の主張を立証できるか)
⑶ 展開予測の確認と外部専門家への相談
上記に加え、企業が解雇を通告した後、どのような事態に発展するか(労働組合への加入/団体交渉、労働審判手続、労働訴訟等)を事前に予測しておく必要があります。本件のように安易な解雇は違法と判断され、損害賠償請求等のリスクを伴うため、「外部専門家への相談は必須」です。
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