メルマガ2018年1月号

目次

①(労務)人間関係の悪化、退職強要を認定して、休業補償給付の不支給処分を取り消した例(国・半田労基署長(医療法人B会D病院)事件 名古屋高判平成29年3月16日)

【判例】
事件名:国・半田労基署長(医療法人B会D病院)事件
判決日:名古屋高判平成29年3月16日

【事案の概要】
 X(原告・控訴人 臨床検査技師)は、勤務先(訴外病院)において、①上司(技師長)との人間関係が悪化したこと、及び②勤務先の病院長や事務部長等との面談(以下、「本件面談」)において、約3時間もの間、一方的な理由を告げられて退職を迫られたこと、から精神障害(以下、「本件疾病」)を発症した。Xは休業補償給付を請求したが、労基署長は業務起因性を否定して同給付の不支給処分をした。Xは、当該処分の取消訴訟を提起したが、原審は業務起因性を否定して請求を棄却した。Xが控訴した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 精神的疾病の業務起因性の判断枠組み

(1)疾病と業務の間の相当因果関係
 本判決では、本件疾病が業務上のものと言えるかは、業務と本件疾病の間に相当因果関係が必要であり、「業務と疾病との間の条件関係に加えて、その業務が当該発生の危険を含み、当該危険が現実化したと評価し得る場合に、相当因果関係が認められる」との枠組みを示した。

 そして、精神障害の発症については、いわゆる「ストレス-脆弱性」理論から、「ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合には、業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、業務と当該精神障害との相当因果関係が認められる」との一般論を示した。

(2)過重負荷の判断基準として想定される労働者
 Xは、過重負荷の判断に際して、被災労働者本人を基準とするべきと主張していたが、本判決は、当該労働者との同様の平均的労働者、すなわち、「通常の勤務に就くことが期待されている者を基準とすべき」との見解を示した。

 なお、本判決は、「労働者の中には、一定の素因や脆弱性を有しながらも、特段の治療や勤務軽減を要せず通常の勤務に就いている者も少なからずおり、これらの者も含めて業務が遂行されている実態に照らすと、ここでいう通常の勤務に就くことが期待されている者とは、完全な健常者のみならず、一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の軽減を要せず通常の勤務に就き得る者、いわば平均的労働者の最下限の者も含むと解するのが相当である。」とした。

(3)認定基準の扱い
 本判決は、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」に関して、当該認定基準は行政上の基準(通達)に過ぎず、「最終的な評価に当たっては幅のある判断を加えて行うものであるから…明確な基準とはいえない」が、「各分野の専門家による精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書に基づき、医学的知見に沿って作成されたもので、一定の合理性は認められる」として、参考資料としての位置付けを相当とした。

2 本件におけるあてはめ

(1)人間関係による心理的負荷
本判決は、Xの職場の人間関係について、「控訴人と技師長は、次第にぎくしゃくする関係となり、検査業務の進め方について度々意見が対立して口論となり…、ときにはP5技師長が大声で怒鳴る又は怒り出すこともあった。」、「技師長は、控訴人に対して退職を勧める発言をした上、…わざわざ他社の募集要項まで手渡した事実が認められ…使用者による退職勧奨とは異なるものの、控訴人のP5技師長に対する不信を招き、双方の溝を更に広げる結果となった。」こと等を認定した。
そして、「確かに、Xの主張事実の中には取るに足りない言動を問題とするものもあり、一つ一つを切り離して検討すると、その心理的負荷はさほど大きいとはいい難いものもあるし、P5技師長による一方的な言動ばかりとは思われない。しかしながら、そのような言動を招いたことについて控訴人に非があったとも認め難いし、狭い検査室において毎日2人体制で勤務する中で度々意見が対立して口論となり、ときには年上の上司である男性技師から大声で怒鳴られるという状況…が生じていたと認められ、控訴人は、このような状況を理不尽なものと感じ、相当なストレスを感じていたものと認められる。その上、…意を決した控訴人がP16医事課長に対して…職場の環境改善を促したにもかかわらず、本件病院が改善策を講じた形跡は何らうかがえない。」と認定して、「控訴人は、職場の人間関係が悪化した中で、日々精神的負担を感じながら業務に従事せざるを得なかったと認められるから、これによる心理的負荷の程度は、客観的にみて相当程度過重であったとみるのが相当である」と判断した。
なお、本判決は、念のため認定基準に当てはめると、Xの「心理的負荷は「中」ないし「強」に当たる」と判断している。

(2)本件面談による心理的負荷
 本判決は、本件面談について、「P7事務部長が控訴人を会議室に呼び出し、P6院長及びP8技師の同席の下で、控訴人に対して、突然、冒頭から本件病院として辞めてもらいたい、円満退職しない場合は顧問弁護士を雇う旨申し入れ、控訴人が辞めたくないと答えたにもかかわらず、揉めるようなら弁護士と話してほしいなどと伝えたものであり、まさに退職の強要と評価することができる。その上、退職を迫る理由とされた過去の退職者との関係については事実に反する内容であり、これについて約3時間も費やして反論したにもかかわらず、病院側は再調査を検討することもなく、結局、最初から最後まで雇用継続しないとの本件病院の意向に変更はなかった。このような一方的かつ理不尽な退職強要を受けた労働者の立場からみると、その心理的負荷は客観的にみて相当大きな過重であったと認められる」と判断した。
 なお、判断基準に当てはめると、「本件は…「退職を強要された」(20項)に該当し、そのうち「強」の例として挙げられている「退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求められた」場合といえる。よって、その心理的負荷の程度は「強」である。」と判断している。

(3)心理的負荷に関する全体の評価
本判決は、Xの心理的負荷を「全体として評価すると、控訴人と同種の平均的労働者からみても、相当大きな精神的負担を受ける出来事であったと認められ、本件4者面談から数日のうちに控訴人が本件疾病を発症したという時間的経過とも合致する。そうすると、業務による控訴人の心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重なものであったと評価することが相当である。」と判断した。

3 結論
 本判決は、「控訴人は業務により過重な心理的負荷を受け、かつ、他に業務外の心理的負荷や控訴人の個体側の脆弱性も認められないことからすれば、本件疾病は、控訴人の従事する業務に内在する危険が現実化したものと評価できるから、業務との相当因果関係があると認められ」るとして、本件疾病の業務起因性を肯定した。

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【コメント】

 本判決の原審は、認定基準に沿った判断を行い、認定基準の要件を満たさないとして業務起因性を否定しました。これに対し、本判決は、認定基準を参考資料として位置付けるに留め、一般論として示した判断枠組みに従って自ら判断し、業務起因性を肯定しています。
 ただし、本判決は、「念のため」として認定基準に当てはめた場合についても判断しており、Xの心理的負荷は(1)人間関係について「中」ないし「強」、(2)本件面談について「強」と評価しています。すなわち、原審と本判決は判断の仕方にも相違点がありますが、両者の結論の違いは事実認定と事実の評価が異なったためと考えられます。
 なお、本判決のXについて、個体側の脆弱性等は認定されていませんが、本判決が一般論として「平均的労働者」に「平均的労働者の最下限の者も含む」と明言している点も注目に値します。

②(労務×医療機関)労災の業務起因性の判断において副業の労働時間との合算が否定された例(大阪地判平成29年3月13日)

【判例】
事件名:休業補償給付不支給処分取消請求事件(大学保健センター・O病院)
判決日:大阪地判平成29年3月13日

【事案の概要】
大学保健センターの助教として、研究業務や医師としての診察等の業務に従事していたX(原告)が、脳内出血を発症し、労災申請したが不支給処分を受けた。Xは、兼業許可を得て勤務していた病院(O病院)での勤務時間や、自宅での作業時間も業務起因性の判断における労働時間に含まれると主張し、休業補償給付不支給の取消しを請求した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 業務起因性の判断について

  本判決は、脳血管疾患に係る業務起因性の判断基準として「脳血管疾患が業務に内在する危険の現実化として発症したと認められるためには、当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し、基礎疾患を有していても通常の業務を支障なく遂行できることができる程度の健康状態にある者を基準として、業務による負荷が、医学的経験則に照らし、脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等を、自然的経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷といえることが必要であると解するのが相当」等の一般的な枠組みを示した上で、業務の過重性について次の論点を検討した。

(1)O病院における診療業務の時間を合算することの相当性(否定)

ア 一般論

本判決は、「労災保険法は、「労働者を使用する事業」を適用事業としており(同法3条)、事業を単位として労災保険に加入することとしているところ、労災保険の適用単位としての「事業」とは、一つの経営体をいうものと解される。」、
「労災保険法に基づく補償は、労基法に基づく個々の使用者の労働者に対する災害補償責任を前提としていると解することができる。」、
「労災保険の保険率については、一定規模以上の事業場についていわゆるメリット制が採用されており、・・・複数事業場における業務が相まって初めて危険が発生したとして双方の事業者の共同の責任を負わせることは想定していない。」、

「労基法に基づく事業者の補償責任が危険責任の法理に基づく無過失責任であることからすれば、過失責任である不法行為責任においても共同不法行為の規定が設けられていることに照らしても、前述のような複数の事業者の共同の災害補償責任を認めるためには明文の規定を設けることが必要となると解されるが、現行の労基法において、前述のような複数の事業者の共同の災害補償責任が生ずることとした規定は見当たらず、また、労災保険法においても、それを前提として規定は見当たらない。」等を根拠に、
「労災保険法に基づく労災保険制度は、労基法による災害補償制度から直接に派生したものではないものの、両者は、労働者の業務上の災害に対する使用者の補償責任の法理を共通の基盤としている以上・・・、労災保険法は、個別事業場ごとの業務に着目し、同業務に内在する危険性が現実化して労働災害が発生した場合に、各種保険給付を行うこととしているということができる。・・・労災保険制度が使用者の災害補償責任の履行を担保するものとして設けられたものであると解されることからすれば、労働災害の発生について責任を負わない事業主の責任の履行を担保するということを観念することはできないのであるから、被災労働者が複数の事業場で就労していた場合であっても、その基礎となる業務の危険性は、事業場ごとに当該業務自体の性質によって判断されるものであって、業務起因性を判断するに際し、複数事業場における労働時間を通算することはできない」と判断し、一般論として、労働時間の通算を否定した。

イ 本件におけるXの主張に対する判断

Xは、
(ア)「本件大学が兼業許可をしていたことから、O病院における診察業務は、本件大学の包括的・一般的業務命令下における業務と位置付けることができ、本件大学付属病院麻酔科の専門医研修では関連病院での勤務が包含されている」、
(イ)「労基法38条の規定」、
(ウ)「労災保険法の制度趣旨」、

から、O病院における診察業務も労働時間に含めて判断すべきであると主張したが、本判決はそれぞれ次のとおり否定した。

(ア)兼業許可と本件大学の業務該当性について
本判決は、「使用者である本件大学が、原告に対し、兼業許可をするということは、本件大学における職務専念義務を部分的に免除することになるのであり、・・・兼業の許可基準として、兼業により教職員としての職務の遂行に支障が生じないこと、兼業による心身の疲労により、職務遂行上その能率に悪影響が生じないこと、兼業先との間に、特別な利害関係がなく、又はかかる利害関係が発生するおそれがないこと、兼業により、大学の信用を傷つけ、又はその不名誉となるおそれがないこと、その他、兼業により、職務の公正さ及び信頼性の確保に支障が生じないことという要件を定めていることや、兼業許可書においても、・・・「所定労働時間外」にチェックが入っていること・・・などからしても、兼業先での就労が、本件大学の指揮命令下における就労とは別個のものであり、本件大学の指揮監督が及ばないことを当然の前提としている」等の事情から、「本件大学附属病院の医師がO病院で診察に従事したとしても、それが、雇用契約において、労働者として従わなければならない使用者からの業務命令に基づくものであると評価することはできない」と判断した。

(イ)「労基法38条の規定」について
本判決は、「労基法38条は、飽くまでも労働時間等の規制を定めた第4章に置かれており、労基法全体に通じる第1章の総則に置かれているものではない。」、
「当該事業場での勤務時間以外に別の事業場において勤務していた場合に、同勤務時間については、別の事業場における勤務内容等によるものであって、当該事業場は関与し得ない事柄であり、当該事業場が労働災害の発生の予防に向けた取組みをすることができるのも自らにおける労働時間・労働内容等のみである。そうすると、当該事業場と別の事業場が実質的には同一の事業体であると評価できるような特段の事情がある場合でもない限り、別の事業場での勤務内容を労働災害の業務起因性の判断において考慮した上で、使用者に危険責任の法理に基づく災害補償責任を認めることはできないというべきである。」と判断した。

(ウ)「労災保険法の制度趣旨」について
本判決は、「確かに、労災保険法が定める各種補償給付には、社会保障的性質をも有するものがあるが、そのような性質を有する給付をどのように定めるかは上記制度の性格を踏まえた立法府の合理的な裁量に委ねられているというべきであり、労災保険法の趣旨を根拠として、直ちに業務起因性の判断に際して、複数事業場の労働時間を合算することが当然に帰結されるものではない。・・・現行労災保険法あるいは労基法において、複数の使用者の共同の災害補償責任を認めた規定がないことからすれば、労災保険法の趣旨をもって、業務起因性の判断に際し、複数の事業場の労働時間を合算することができるということにはならない。」と判断した。

(2)自宅での作業時間を合算することの相当性(否定)

本判決は、Xの自宅での作業時間を合算すべきとの主張に対し、「パソコンの電源が入っていた(ログインしていた)としても、自宅で業務を行う場合には、家事をしたり、休憩等をとることが容易であることからすれば、その後、パソコンの電源が切られる(ログオフ)までの全ての時間について、原告が業務に従事していたと評価することはできず、パソコン起動時間の全てが労働時間であったと認めることはできない」、
「仮に、自宅で業務に従事していたとしても、大学等の研究施設で研究に従事している場合と比較して、その労働密度(肉体的・精神的負荷の程度)が大きくないといわざるを得ない。」
「研究者は、どのようなスケジュールでどのように研究を進めるかについても広い裁量ないし自己決定権を有しているといえ、実際、本件においても、原告が本件大学に属する他の研究者等から共同研究に関して、研究の進め方等について具体的な指示を受けたり、その期限が迫っていたというような事情は認められない。」
「原告は、専門業務裁量労働制の適用対象者ではあるものの、同制度下においても、使用者は、自らの指揮監督下になく、原則として私生活領域の場である自宅において業務に従事することまでをも労働者に義務付けることはできず・・・原告が自宅において研究を行っていたとしても、それは、使用者(本件大学)からの明示又は黙示の指示に基づくものであったということはできない」等として、

「原告が自宅において研究に従事していたとしても、それをもって使用者の指揮監督下にあったということはできず、労基法はもとより、労災保険法においても、その時間を職場における労働時間と同視し、業務起因性を判断するに際し、労働時間として扱うことはできないといわざるを得ない」と判断した。 

(3)本件疾病発症に係る業務起因性の有無

 「O病院での勤務時間、自宅での作業時間について、本件における業務起因性を判断する上での労働時間として扱うことができないことからすれば、同業務起因性を判断するに際し考慮することができる原告の労働時間は、本件大学構内における労働時間に限られるということになる。そうすると、・・・同労働時間を前提とすれば、原告の業務が本件疾病を発症させるに足りる程度に過重なものであったということはできないことは明らかであるから、本件疾病の発症が、同業務に内在する危険が現実化したものであるということはできない」とし、業務起因性を認めなかった。

2 結論

 本判決は、「本件疾病の発症について業務起因性があったと認めることはできない」と判断し、原告の請求を棄却した。

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【コメント】

 本件決は、他の裁判例と同様に労災の判断において複数の事業場における労働時間を合算しないと判断しています。副業については、働き方改革でも取り上げられ、政府が推進していく動きがあり、今後の法改正等により、労災の取扱いも変わる可能性があります。

なお、医師については複数の医療機関で勤務する場合も多く、本判決記載の本件大学のような許可制、許可基準等(1 イ (ア)参照)は参考になります。

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