メルマガ 2020年12月号

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目次

①-1 (有期社員×同一労働同一賃金×本俸×賞与×年度末手当×家族手当×住宅手当)
住宅手当につき、転居を伴う配転の有無に言及せず、不合理性を否定した事案

【判例】
事件名:学校法人中央学院事件(第一審)
判決日:東京地判令和1年5月30日

【事案の概要】
被告は、私立学校法の規定に基づき設立された学校法人であり、学校教育法に規定する私立学校たる大学である本件大学等を設置し、運営している。本件大学には、被告との間で無期労働契約を締結している専任教員(以下単に「専任教員」という。)及び有期労働契約を締結している非常勤講師等が就労している。原告は、平成5年4月頃に被告との間で有期労働契約を締結し、それ以降、本件大学の非常勤講師として被告の業務に従事している者である。

原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結している本件大学の専任教員との間に、本俸の額、賞与、年度末手当、家族手当及び住宅手当の支給に関して、労働契約法20条の規定に違反する労働条件の相違がある旨を主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、差額賃金等の支払等を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 争点:原告と本件大学の専任教員との間に労働契約法第20条の規定に違反する労働条件の相違があるか。
(1)判断枠組み
「労働契約法第20条の規定は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)に係る労働条件が期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)に係る労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違が,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条の規定は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容等を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。そして,同条に規定する「期間の定めがあることにより」とは,有期労働契約者と無期労働契約者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解される。」

(2)原告と専任教員の賃金に関する労働条件が「期間の定めがあることにより」(労働契約法第20条)相違している場合に当たるか。
 「本件大学の非常勤講師である原告と専任教員の賃金に関する労働条件の相違(本俸の額,賞与,年度末手当,家族手当及び住宅手当の支給の有無)は,被告との間で有期労働契約を締結している非常勤講師の賃金に関する労働条件が,無期労働契約を締結している専任教員に適用される本件給与規則ではなく,本件非常勤講師給与規則によって定められることにより生じているものであるから,当該相違は,労働契約の期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。

 したがって,本件大学の非常勤講師である原告と専任教員の賃金に関する労働条件は,労働契約法第20条に規定する期間の定めがあることにより相違している場合に当たるということになる。」

(3)当該労働条件の相違の不合理性を判断するに当たっての考慮要素
ア 職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲について
 「原告の被告との間の労働契約に基づく業務の内容は,」「定められた契約期間内に,定められた担当科目及びコマ数の授業を行うというものであり,当該業務に伴う責任の程度も,当該授業を行うに伴うものに限られる。

 他方で,本件大学の専任教員の被告との間の労働契約に基づく業務の内容は,」「定められた担当科目及びコマ数の授業を含む専攻分野についての教育活動を行うこと」「にとどまらず,専攻分野についての研究活動を行うこと」,「教授会で審議すること」「,任命された大学組織上の役職」「,各種委員会等の委嘱され,又は任命された事項」「,学生の修学指導及び課外活動の指導」「,その他学長が特に必要と認めた事項」「に及ぶものであって,次の(ア)及び(イ)のとおり,その具体的な内容を見ても,上記の原告の業務とはその内容が大きく異なるものであり,専任教員は,授業を担当するのみならず,大学運営に関する幅広い業務を行い,これらの業務に伴う責任を負う立場にあるということができる。」

「(ア)教育活動,研究活動並びに学生の修学指導及び課外活動の指導について」
・・・略・・・

「(イ)その他の大学運営に関する業務等について」
・・・略・・・

イ その他の事情について
 「労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務の内容及び変更の範囲により一義的に定まるものではなく,使用者において,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務の内容及び変更の範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものと解される。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられる部分が大きいということもできる。そして,労働契約法第20条の規定は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるかどうかを判断する際に考慮すべき事情として,「その他の事情」をも挙げているところ,その内容を職務の内容及び変更の範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。

 したがって,労働契約法第20条に規定する「その他の事情」は,職務の内容及び変更の範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないものと解される」「ところ,」「本件におけるその他の事情として,以下の各事情を認めることができる。」

「(ア)本件大学の非常勤講師の待遇に関する労使交渉の経緯」
・・・略・・・

「(イ)私立大学等の経常的経費についての国庫補助金に関する定め」
・・・略・・・

「(ウ)他大学における非常勤講師の賃金水準との比較等
・・・略・・・

(4)上記を踏まえて、原告と本件大学の専任教員との間の賃金に関する労働条件の相違が労働契約法第20条に規定する不合理と認められるか。
ア 判断枠組み

「労働契約法第20条に規定する「不合理と認められるもの」とは,有期労働契約者と無期労働契約者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうものと解される。そして,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであるかどうかを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」

イ あてはめ
「賃金の額や手当の有無に係る相違について確認すると,原告が比較対象者として主張する本件大学の専任教員について平成25年11月から平成28年10月までの間に支給される本俸額が合計1999万5600円(年666万5200円)であり,賞与及び年度末手当額が合計883万2534円(年294万4178円)であるとされ」「,専任教員については,これらに加えて,」「家族手当(配偶者のある者については,月額1万6000円)及び住宅手当(世帯主については,月額1万7500円)が支給されていた。他方で,非常勤講師である原告の平成27年度の本俸(1コマ当たりの月額給与)額は3万2100円であり,平成25年11月から平成28年10月までの間に支給された本俸額」「が合計684万9520円(年228万3173円)であったところ,これに加えて,賞与,年度末手当,家族手当及び住宅手当が支給されることはなかったものである。

(ア)本俸について
 「確かに,原告と専任教員との間には,本俸額について約3倍の差があったものと解される。しかしながら,」「そもそも,非常勤講師である原告と専任教員との間には,その職務の内容に数々の大きな違いがあるものである。このことに加え,一般的に経営状態が好調であるとはいえない多くの私立大学において教員の待遇を検討するに際しては,国からの補助金額も大きな考慮要素となると考えられるところ,」「専任教員と非常勤教員とでは補助金の基準額の算定方法が異なり,その額に相当大きな開きがあることや,」「原告を含む本件大学の非常勤講師の賃金水準が他の大学と比較しても特に低いものであるということができないところ,」「本件大学においては,団体交渉における労働組合との間の合意により,非常勤講師の年棒額を随時増額するのみならず,廃止されたコマについても給与額の8割の支給を補償する内容の本件非常勤講師給与規則第3条5項を新設したり,原告のように週5コマ以上の授業を担当する非常勤講師について私学共済への加入手続を行ったりするなど,非常勤講師の待遇についてより高水準となる方向で見直しを続けており,原告の待遇はこれらの見直しの積み重ねの結果であることからすると,原告が本件大学においてこれまで長年にわたり専任教員とほぼ遜色ないコマ数の授業を担当し,その中に原告の専門外である科目も複数含まれていたことなどといった原告が指摘する諸事情を考慮しても,原告と本件大学の専任教員との本俸額の相違が不合理であると評価することはできないというべきである。

 なお,本件大学の専任教員の本俸額は,当該専任教員がその業務に要する時間を直接の根拠として定められたものとは解し難いから,原告と専任教員との本俸額の差がそれぞれの業務に要する時間の差と比例しないものであることをもって,直ちに,原告と本件大学の専任教員との本俸額の相違が不合理であると評価することはできない。」

(イ)賞与及び年度末手当について
「被告は,本件大学の専任教員のみに対して賞与及び年度末手当を支給していたものである。しかしながら,これらは,被告の財政状態及び教職員の勤務成績に応じて支給されるものである」「ところ,上記」で「指摘した各事情に加え,本件大学の専任教員が,授業を担当するのみならず,被告」「の財政状況に直結する学生募集や入学試験に関する業務を含む大学運営に関する幅広い業務を行い,これらの業務に伴う責任を負う立場にあること」「からすると,被告において,本件大学の専任教員のみに対して賞与及び年度末手当を支給することが不合理であると評価することはできないというべきである。」

(ウ)家族手当及び住宅手当について
 「被告は,これらの手当についても,本件大学の専任教員のみに対して支給していたものである。しかしながら,その支給要件及び内容」「に照らせば,家族手当は教職員が家族を扶養するための生活費に対する補助として,住宅手当は教職員の住宅費の負担に対する補助として,それぞれ支給されるものであるということができるものであり,いずれも,労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるということができるところ,上記ウにおいて指摘した各事情に加え,授業を担当するのみならず,大学運営に関する幅広い業務を行い,これらの業務に伴う責任を負う立場にある本件大学の専任教員として相応しい人材を安定的に確保する」「ために,専任教員について福利厚生の面で手厚い処遇をすることに合理性がないとはいえないことや,本件大学の専任教員が,その職務の内容故に,被告との間の労働契約上,職務専念義務を負い,原則として兼業が禁止され,その収入を被告から受ける賃金に依存せざるを得ないことからすると,被告において,本件大学の専任教員のみに対して家族手当及び住居手当を支給することが不合理であると評価することはできない。

 なお,」「原告は,大学の非常勤講師を職業とし,被告から受ける賃金がその収入の大半を占めていたものであるが,被告以外のどの大学といかなるコマ数の授業を担当するかに制限はなく,被告との間の労働契約上,その収入を被告から受ける賃金に依存せざるを得ない専任教員とは事情が異なるものであるから,被告において,専任教員の義務コマ数である5コマ以上のコマ数を担当する非常勤講師については家族手当及び住宅手当の支給の対象とするといった賃金制度を採用しなかったことが不合理であるなどということもできない。」

(エ)また,上記「までにおいて説示したところによれば,原告と本件大学の専任教員の賃金(本俸,賞与,年度末手当,家族手当及び住宅手当)の総額を比較したとしても,その相違が不合理であると評価することはできないというべきである。」

(オ)結論
「したがって,原告と専任教員との間の賃金に関する労働条件の相違が労働契約法第20条に規定する不合理と認められるものであるということはできない。」

【結論】
「以上によれば,原告の損害額等のその余の事項についての検討を経るまでもなく,労働契約法第20条の規定の違反を理由とする原告の請求を認めることはできないし,」「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条違反に基づく原告の請求を認めることもできない」。

【コメント】
注目すべきは、住宅手当につき、転居を伴う配転の有無に言及せず、不合理性を否定した点です。

ハマキョウレックス事件(最高裁)やメトロコマース事件(高裁)を前提とすると、住宅手当については、「転居を伴う配転があるか」が基準であると考えられます。しかし、本件では、「転居を伴う配転があるか」ではなく、職務の内容や変更の範囲などが重視されています。

メトロコマース事件の最高裁判決において、住宅手当についての直接の判断はない状況(上告不受理についての判断はあります)ですので、本件は、使用者に有利な裁判例として、ご紹介します。

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①-2 (有期社員×同一労働同一賃金×本俸×賞与×年度末手当×家族手当×住宅手当)
住宅手当につき、転居を伴う配転の有無に言及せず、不合理性を否定した事案

【判例】
事件名:学校法人中央学院事件(控訴審)
判決日:東京高判令和2年6月24日

【事案の概要】
被告は、私立学校法の規定に基づき設立された学校法人であり、学校教育法に規定する私立学校たる大学である本件大学等を設置し、運営している。本件大学には、被告との間で無期労働契約を締結している専任教員(以下単に「専任教員」という。)及び有期労働契約を締結している非常勤講師等が就労している。原告は、平成5年4月頃に被告との間で有期労働契約を締結し、それ以降、本件大学の非常勤講師として被告の業務に従事している者である。

原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結している本件大学の専任教員との間に、本俸の額、賞与、年度末手当、家族手当及び住宅手当の支給に関して、労働契約法20条の規定に違反する労働条件の相違がある旨を主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、差額賃金等の支払等を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 争点:控訴人と専任教員との間に労働契約法20条の規定に違反する労働条件の相違があるか
(1)本俸について
 「専任教員については、1週間に一定時間数」「以上の授業を担当すること及び学長が必要と認めたときにはそれを超える担当時間数(コマ数)の授業をすることや、専攻分野について研究活動を行うことが被控訴人との間の労働契約上の義務とされ、本件大学の規程により3年に1回以上は論文を発表することが義務付けられているのであるが、それと異なり、控訴人が専任教員と遜色のないコマ数の授業を担当したことは、」「自らの意思により被控訴人と合意したことに基づくものであり、」「複数の論文発表をしたのも、義務の履行としてではなく、自らの希望によるものである。」また、「原判決の説示するような相違があることに照らせば、本俸の額における相違は不合理とはいえず、控訴人の上記主張を採用することはできない。」

(2)賞与及び年度末手当について
 「賞与及び年度末手当は、教職員の勤務成績に応じて支給されるものであり、この勤務成績は、一定の期間において上記のような労働契約上の義務と職責を果たした程度として把握されると考えられるところ、」「控訴人と専任教員とでは担当授業時間数や専攻分野における研究活動についての労働契約上の義務に相違があることに加え、専任教員においては、控訴人と異なり、大学の運営に関する各種の業務を行う義務を負い、これに伴う責任があることなど、」「原判決に説示するような労働契約上の義務と職責における相違があることに照らせば、控訴人に賞与及び年度末手当が支給されないことが不合理とはいえない。」

(3)家族手当及び住宅手当について
 「専任教員は、労働契約上、教育活動及び研究活動のみならず、大学運営に関する幅広い業務を行う義務を負い、また、職務専念義務を負うが、大学設置基準により一定数以上の専任教員を確保しなければならないこととされていることに鑑みれば、給与上の処遇を手厚くすることにより相応しい人材を安定的に確保する必要があるということができる。このような観点からみれば、家族手当及び住宅手当を専任教員のみに支給することは不合理とはいえない」。

(4)結論
「その他、控訴人が種々主張するところを踏まえても、控訴人と専任教員との間の労働条件の相違が不合理であるとは認められない。」

【結論】
 原判決と同様に、控訴人の請求をいずれも棄却した。

【コメント】
注目すべきは、住宅手当につき、転居を伴う配転の有無に言及せず、不合理性を否定した点です。

ハマキョウレックス事件(最高裁)やメトロコマース事件(高裁)を前提とすると、住宅手当については、「転居を伴う配転があるか」が基準であると考えられます。しかし、本件では、「転居を伴う配転があるか」ではなく、職務の内容や変更の範囲などが重視されています。

メトロコマース事件の最高裁判決において、住宅手当についての直接の判断はない状況(上告不受理についての判断はあります)ですので、本件は、使用者に有利な裁判例として、ご紹介します。

②(有期社員×同一労働同一賃金×産前休暇×出産手当)
出産休暇・出産手当金に係る労働条件の相違は、労契法20条に反するものではないとした事案

【判例】
事件名:社会福祉法人青い鳥事件
判決日:横浜地判令和2年2月13日

【事案の概要】
 被告は、障害福祉サービスの経営等を行うほか、障害児の診療相談、検診及び治療に関わる事業等を行う社会福祉法人であり、C就労支援センター(以下「本件支援センター」という。)を運営している。原告は、社会福祉士の資格を有する女性であり、平成25年5月1日、被告との間で、期間を平成26年3月31日までとする有期労働契約を締結した後、同契約を1年ごとに5回更新し、現在に至るまで本件支援センターにおいて相談員として勤務している。

 被告には、通常の就業規則(以下「無期就業規則」という。)のほかに、「有期雇用契約職員就業規則」(以下「有期就業規則」という。)が定められている(以下、被告との間で無期労働契約を締結し、無期就業規則の適用を受ける職員を「無期契約職員」と、有期労働契約を締結し、有期就業規則の適用を受ける職員を「有期契約職員」という。)。

各就業規則によると、無期契約職員については、産前8週間、産後8週間の出産休暇が付与され、これらの休暇期間中通常の給与が支給される一方で、有期契約職員については、出産休暇期間が産前6週間、産後8週間とされ、これらの休暇期間中は無給であるとの相違がある(以下、無期契約職員に付与される産前休暇を「本件出産休暇」、出産休暇期間中に支給される給与を「本件出産手当金」という。)。

 そこで、原告は、有期契約職員と無期契約職員との間で上記の相違があることは、労働契約法20条に違反すると主張して、労働契約に基づき、産前休暇及び産前産後の休暇期間における給与の支給について、無期契約職員と同様の就業規則の規定の適用を受ける労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、第一子及び第二子の出産に関して、産前8週間前から同6週間前までの期間に原告が取得した年次有給休暇相当額等の支払を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
(1)争点:本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違が労働契約法20条に違反するか。
「本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は,有期契約職員の出産休暇に関する労働条件について,有期就業規則の規定が適用されることにより生じているものであり,これは,労働契約に係る期間の定めの有無に関連して生じたものといえるから,労働契約法20条にいう期間の定めがあることによる労働条件の相違に当たる。

 そこで,上記相違が,同条にいう不合理と認められるものに当たるか否か,すなわち,不合理であると評価することができるものであるかについて以下検討する。」

ア 職務の内容及びその変更の範囲
「本件支援センターにおいて,有期契約職員のうち,原告を含むソーシャルワーカー非正規職員は,専門職員である支援員Bの立場として勤務し,支援員Aの立場にあるソーシャルワーカー正社員と同様,相談業務や就労支援業務に従事しており(認定事実(1)),その担当業務の内容及び業務に伴う責任の程度において,重なる部分が認められる。

  しかし,ソーシャルワーカー正社員が従事するセンター長又は支援員Aは,センター長において支援センターの総括・管理業務を,支援員Aにおいてセンター長の補佐をそれぞれ担当するとされており(認定事実(1)),相談業務等のソーシャルワーカー業務に加え,施設全体の総括・管理に関する業務を行う立場にある。被告においては,無期契約職員についてのみ,全8段階によるグレード制職位が設けられ,グレード6以上の者が管理職として各課長職や就労支援センターの所長等の役職に就くこととされているほか,就業場所や業務変更などの配置転換が予定され,特に専門職としてソーシャルワーカー業務に従事するソーシャルワーカー正社員は,被告が運営する11か所の事業所等のうち少なくとも4か所で施設長を務めるなど,人事制度上,被告の組織運営面に関わる役割を担うことが予定されているものと認められる(認定事実(2)ア及びウ)。

  他方で,専門職たるソーシャルワーカーとして勤務する者であっても,有期契約職員は,労働契約上,業務の内容,就業時間及び場所等について制限があり(〈証拠略〉),基本的には配置転換が予定されていないほか,(認定事実(4)),グレード制職位の適用がない(認定事実(3))など,人事制度上の取扱いが無期契約職員と異なっている。

  以上によれば,有期契約職員は,管理職への登用や組織運営面への関与が予定されておらず,業務内容及びその変更の範囲について,無期契約職員とは職務上の違いがあるということができる。」

イ その他の事情
「被告のソーシャルワーカー正社員については,平成30年4月時点において約8割を女性が占めるなど,女性比率の高い点が特徴であるところ(認定事実(5)),本件出産手当金が被告の就業規則に定められた昭和59年当時(〈人証略〉)において,一般的な統計上,出産から子育てを担う25~29歳及び30~34歳の各年齢階級における女性の労働力人口比率が約50パーセント余りと低かったという状況(〈証拠略〉)を併せ考慮すると,被告において,将来グレード6以上の職位に就き,運営面において中核になる可能性のある女性のソーシャルワーカー正社員が,出産を機に仕事を辞めることを防止し,その人材を確保することは,組織運営上の課題であったと認められる。

 そして,本件出産休暇は,無期契約職員に対し,労働基準法65条1項及び同2項が定める産前6週,産後8週の出産休暇に加え,さらに産前2週の出産休暇を付与するものであり,本件出産手当金は,通常の給与を全額支給するものである。この場合,健康保険法108条2項により,本件出産手当金の支給を受ける職員には,健康保険法102条1項,同2項,同法99条2項及び同3項に基づいて支給される標準報酬月額の3分の2に相当する金額の出産手当金は支給されないこととなるから,結局,上記制度は,使用者である被告の出捐により,無期契約職員の範囲において,出産時の経済的支援等を一部(標準報酬月額の3分の1に相当する金額分)手厚くする内容となっている。」

ウ 結論
「以上のとおり,無期契約職員の職務内容(前記ア)に加え,被告における女性職員の比率の多さや,本件出産休暇及び本件出産手当金の内容(前記イ)に照らすと,これらの制度が設けられた目的には,被告の組織運営の担い手となる職員の離職を防止し,人材を確保するとの趣旨が含まれるものと認められる。

  そうすると,本件出産休暇及び本件出産手当金の制度は,有期契約職員を,無期契約職員に比して不利益に取り扱うことを意図するものということはできず,その趣旨が合理性を欠くとは認められない。これに加え,無期契約職員と有期契約職員との実質的な相違が,基本的には,2週間の産前休暇期間及び通常の給与額と健康保険法に基づく出産手当金との差額部分に留まること(前記イ)を併せ考えると,本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は,無期契約職員及び有期契約職員の処遇として均衡を欠くとまではいえない。

  なお、ソーシャルワーカー正社員を含む無期契約職員の離職防止を図りつつ,有期契約職員との労働条件の相違を生じさせないために,有期契約職員を含めた全職員に対し,本件出産休暇及び本件出産手当金の付与を行うことも合理的な一方策であるということはできるが,上記のとおり,本件出産休暇及び本件出産手当金の支給は,被告の相応の経済的負担を伴うものであって,本件出産休暇及び本件出産手当金の目的に照らし,これをいかなる範囲において行うかは被告の経営判断にも関わる事項である。本件出産休暇及び本件出産手当金の制度を,有期契約職員を含む全職員に対し適用しない限り違法であるとすることは,被告に対し,無期契約職員を含め全職員に対しこれらの制度を提供しないとの選択を強いることにもなりかねず,かえって,女性の社会参画や男性との間での格差の是正のための施策を後退させる不合理な事態を生じさせるというべきである。」

(2)不合理であるかの判断
「以上の検討によれば,本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は,これが不合理であると評価することができるものということはできず,労働契約法20条に違反するものではない。」

【結論】
 「以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する」。

【コメント】
注目すべきは、出産休暇及び本件出産手当金につき、いわゆる正社員人材確保論または有為人材確保論を根拠として、不合理性を否定した点です。

日本郵便事件の最高裁判決前の裁判例ですので、今後も、出産休暇及び本件出産手当金につき、同様の判断が行われるかどうか、はわかりませんが、少なくとも、ハマキョウレックス事件(最高裁)や長澤運輸事件(最高裁)よりも後に判断されているため、軽視できない裁判例といえます。

本件は、使用者に有利な裁判例として、ご紹介します。

(動画無料配信期限は、2021年1月末です。期限経過後の視聴にご興味のある方は、mo@tamura-law.comまで、お問い合わせ下さい)

③(就業規則×不利益変更×有効×遅延時間非控除×通院時間非控除)
遅延時間・通院時間の賃金を控除しない扱いを廃止する就業規則の不利益変更が有効とされた事案

【判例】
事件名: 不利益変更無効確認等請求事件(パーソルテンプスタッフ事件)
判決日: 東京地判令和2年6月19日

【事案の概要】
被告は、人材サービス等を目的とする株式会社である。原告は、本件業務を行い稼働する被告の従業員である。

原告は、被告に対し、

(1)被告が、電車が遅延した際に遅刻した時間分の賃金を控除しない扱い(以下「遅延非控除」という。)をする労使慣行を変更して、平成30年7月以降、遅刻した時間分を賃金から控除する扱いとしたこと(以下「本件変更〔1〕」という。)について、その無効の確認を求め(請求1(1))、

(2)被告が、就業時間中の通院について通院時間分の賃金の一定額を控除しない扱い(以下「通院非控除」という。)をする旨の賃金規程の規定を削除して、同月以降、通院時間分を賃金から控除する扱いに変更したこと(以下「本件変更〔2〕」という。)について、その無効の確認(請求1(2))等を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 請求1(1)について
「(1)確認の利益について
・・・略・・・

(2)本件変更〔1〕の効力について
ア 判断枠組み
「本件変更〔1〕は,労使慣行であった遅延非控除を廃止するものであったところ」「,遅延非控除は原告と被告の雇用契約の内容となっていたといえ,それを原告との個別の合意によらずに変更するのであるから,労働契約法10条と同等の要件を満たす場合にのみ本件変更〔1〕が有効となるというべきである。したがって,本件変更〔1〕が有効であるというためには,本件変更〔1〕の内容を被告の従業員に周知させ,かつ,被告の従業員の受ける不利益の程度,本件変更〔1〕の必要性,本件変更〔1〕の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の本件変更〔1〕に係る事情に照らして本件変更〔1〕が合理的であることが必要であるというべきである。」

イ あてはめ
(ア)「被告は,本件変更〔1〕に際して,被告の従業員に対し,本件変更〔1〕についての説明資料を配布するなどして説明を行っており」「,原告もその内容は了知していたのであって」「,本件変更〔1〕は従業員に周知されていたといえる。」

(イ)「そして,遅延非控除については,本来は支払われない遅刻した時間分の賃金を電車の遅延であることに鑑み被告の従業員に有利に恩恵的に支払ってきた扱いであると推測されるところ,遅延非控除を廃止することは,本来的な賃金の支払のあり方に変更するものにすぎない。また,被告の従業員数と遅延非控除の適用回数の実績からすれば,平成29年及び平成30年では,それぞれ最も従業員数が少ない月の従業員数を前提としても,従業員1人に対し遅延非控除が適用されるのは,全従業員でも,原告と同じJC職の従業員でも,せいぜい年1回程度にすぎないから」「,本件変更〔1〕により被告の従業員に与える影響は相当程度小さいものといえる。

 この点,原告は,東京圏における1か月当たりの遅延証明書の発行に関する資料」「を基に,被告が上記主張の根拠とする数値」「の信用性に疑問を呈するが,同資料は,通勤時間帯であるか否かに関わらない一般的な遅延証明書の発行の発行数を示すものにすぎず,その数値をもって,直ちに上記数値の信用性が減殺されるものとはいい難い。

(ウ)そして,本件変更〔1〕は,被告のグループ会社内の人事制度を統一するために行われたものであり」「,これが被告及びそのグループ会社の間での事務処理の効率化に資することは明らかであるから,本件変更〔1〕を行う必要があり,また,その当時,被告のグループ会社の中で,遅延非控除が存在した会社の方が相当少数であったから」「,遅延非控除を廃止する方向で統一することも相当であったといえる。

 この点に関し,原告は,本件変更〔1〕が非正規従業員を狙い打った不利益変更である旨主張するところ,同主張は,本件変更〔1〕の必要性や相当性に疑義を呈するものであると思われる。しかしながら,同主張が,被告に在籍する登録型の派遣スタッフに対する不利益を主張するものであるとすれば,元々,同派遣スタッフには遅延非控除の適用がなかったのであり」「,本件変更〔1〕は同派遣スタッフに不利益を生じさせるものではない。また,同主張が,フレックスタイム制が適用されない従業員に対する不利益を主張するものであるとすれば,被告の従業員の中ではフレックスタイム制が適用される従業員が多数を占めることからすれば」「,前述した不利益の程度に鑑みると遅延非控除に統一すること自体はやむを得ないといえる。

(エ)また,被告には労働組合が存在しないところ,被告は,本件変更〔1〕について,各事業所の職場代表者の意見を聴取しているが,反対する意見を明らかにした職場代表者はなかった」。

 「この点,原告は,正社員(雇用契約の期間の定めがない従業員をいうものと解される。)のみで構成される職場代表者による意見聴取では意見聴取として適正ではない旨を主張するものと思われる。しかしながら,雇用契約の期間の有無に直結しない遅延非控除の廃止について,同正社員を職場代表者として意見聴取を行うことが適正ではないとまではいい難い。

 また,原告は,そもそもの職場代表者の選任方法の適否についても主張するが,被告の採用した職場代表の選任方法」「が適正ではないともいい難い。

(オ)その他,被告は,上記の本件変更〔1〕による不利益の程度にもかかわらず,2年間にわたり遅延非控除を適用する経過措置を設けて,その不利益の緩和を図っているし」「,原告が縷々指摘するその余の点も本件変更〔1〕の合理性を減殺する事情とはいい難い。

ウ 以上によれば,被告は,本件変更〔1〕について従業員に周知している上,本件変更〔1〕については被告のグループ会社間の人事制度の統一に伴う必要性及び相当性があり,また,本件変更〔1〕による不利益は相当程度小さく,経過措置によりその不利益も更に緩和され,職場代表者の意見聴取も行われていることからすれば,本件変更〔1〕は合理的であり,有効であるというべきである。

(3)小括
 そうすると,原告は,被告に対し,本件変更〔1〕の無効の確認を求めることはできない。」

2 請求1(2)について
「(1)確認の利益について
 ・・・略・・・

(2)本件変更〔2〕の効力について
ア 判断枠組み
「本件変更〔2〕は,就業規則の一部である賃金規程の変更により原告の労働条件を変更するものであるから,本件変更〔2〕が有効であるためには,労働契約法10条の要件を満たす必要がある。」

イ あてはめ
(ア)「被告は,本件変更〔2〕を行うに際して,被告の従業員に対し,本件変更〔2〕の説明資料を配布するなどして説明を行った上で」「,本件変更〔2〕を反映した賃金規程を被告のイントラネットで公開し,被告の従業員が事務所からアクセスして知り得る状態に置き,また,従業員からの求めがあれば,賃金規程を送付するなどしていたのであって」「,同賃金規程は被告の従業員に周知されていたといえる。

(イ)そして,通院非控除については,本来は支払われない通院した時間分の賃金を通院という事情に鑑み被告の従業員に有利に恩恵的に支払ってきた扱いであると推測されるところ,通院非控除を廃止することは,本来的な賃金の支払のあり方に変更するものにすぎない。また,被告の従業員数と通院非控除の適用回数の実績からすれば,平成29年及び平成30年では,それぞれ最も従業員数が少ない月の従業員数を前提としても,従業員1人に対し遅延(ママ)非控除が適用されるのは,全従業員でも,原告と同じJC職の従業員でも,せいぜい年1回程度にすぎず」「,しかも,通院非控除自体,1日の所定労働時間の3分の1まで,賃金計算期間内の回数にして5回,時間にして5時間未満までというごく限定された範囲内で賃金を控除しない扱いであって」「,本件変更〔2〕により被告の従業員に与える影響は相当程度小さいものといえる。

(ウ)そして,本件変更〔2〕は,被告のグループ会社内の人事制度を統一するために行われたものであり」「,これが被告及びそのグループ会社の間の事務処理の効率化に資することは明らかであるから,本件変更〔2〕を行う必要があり,また,その当時,被告のグループ会社の中で,通院非控除が存在した会社の方が相当少数であったから」「,通院非控除を廃止する方向で統一することも相当であったといえる。

(エ)また,被告には労働組合が存在しないところ,被告は,本件変更〔2〕についても,各事業所の職場代表者の意見を聴取しているが,反対する意見はなかった」。

 「なお,この点に関し,職場代表者の構成やその選任方法について不適正というべき点がないのは,本件変更〔1〕について論じたところと同様である。

(オ)その他,被告は,上記の本件変更〔2〕による不利益の程度にもかかわらず,2年間にわたり遅延(ママ)非控除を適用する経過措置を設けて,その不利益の緩和を図っている」。

ウ「以上によれば,被告は,本件変更〔2〕について従業員に周知している上,本件変更〔2〕については被告のグループ会社間の人事制度の統一に伴う必要性及び相当性があり,また,本件変更〔2〕による不利益は相当程度小さく,経過措置によりその不利益も更に緩和され,職場代表者の意見聴取も行われていることからすれば,本件変更〔2〕は合理的であり,有効であるというべきである。

(3)小括
 そうすると,原告は,被告に対し,本件変更〔2〕の無効の確認を求めることはできない。」

【結論】
 以上より、原告の請求1(1)及び請求1(2)はいずれも理由がないとして棄却された。

【コメント】
注目すべきは、就業規則の不利益変更が、有効とされた点です。

一般的に、就業規則の不利益変更のハードルは高いとされていますが、上記事案のように、①不利益の程度が小さい、②経過措置がある、といった事情があると、不利益変更が有効になる可能性が高まります。

2021年は、日本版同一労働同一賃金対応のため、就業規則の不利益変更を検討する企業が多いと思いますので、使用者に有利な裁判例として、ご紹介します。

(動画無料配信期限は、2021年1月末です。期限経過後の視聴にご興味のある方は、mo@tamura-law.comまで、お問い合わせ下さい)

④(試用期間×延長×解雇×退職勧奨)
労働者の同意を得た上での試用期間の延長につき、無効と判断した事案

【判例】
事件名:地位確認等請求事件(明治機械事件)
判決日:東京地判令和2年9月28日

【事案の概要】
 被告は、産業用機械の制作、販売等の事業を営む株式会社である。原告は、平成30年4月1日、被告との間で、期間の定めなし、試用期間3か月(平成30年4月1日から同年6月30日まで)として、雇用契約を締結した(以下「本件雇用契約」という。)。

 原告は、延長された試用期間中に本採用を拒否(解雇)されたところ、その延長が無効であるとともに解雇が客観的合理的理由を欠き社会通念上も相当でなく無効であるとして、被告に対し、雇用契約に基づき、

〔1〕労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、
〔2〕未払賃金及び遅延損害金の支払及び
〔3〕本判決確定の日までの賃金月例賃金及び遅延損害金の支払を求めるとともに、違法な退職勧奨により抑うつ状態を発症して通院を余儀なくされたなどとして、
〔4〕不法行為(使用者責任)による損害賠償請求として損害(慰謝料、治療費等、弁護士費用相当額)及び遅延損害金の支払
を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 試用期間延長の有効性について
(1)判断枠組み
「本件雇用契約において,試用期間について平成30年4月1日から同年6月30日までの3か月と規定されているものの延長の規定はなく,被告就業規則9条も『3か月以内』の『試用又は一定期間の見習』を命ずる旨の規定があるものの延長の規定はない。

 この点,被告就業規則9条が『試用又は見習中3か月以内の従業員で業務に不適当と認められる者は,何時にても解雇することができる。』と規定し,同28条1項5号が普通解雇事由として『試用期間中又は試用期間満了時までに,従業員として不適格であると認められたとき』を定めていること」等「に照らすと,本件雇用契約における試用期間は,職務能力や適格性を判定するため,使用者が労働者を本採用前に試みに使用する期間で,試用期間中の労働関係について解約権留保付労働契約であると解することができる。そして,試用期間を延長することは,労働者を不安定な地位に置くことになるから,根拠が必要と解すべきであるが,就業規則のほか労働者の同意も上記根拠に当たると解すべきであり,就業規則の最低基準効(労働契約法12条)に反しない限り,使用者が労働者の同意を得た上で試用期間を延長することは許される。

 そして,就業規則に試用期間延長の可能性及び期間が定められていない場合であっても,職務能力や適格性について調査を尽くして解約権行使を検討すべき程度の問題があるとの判断に至ったものの労働者の利益のため更に調査を尽くして職務能力や適格性を見出すことができるかを見極める必要がある場合等のやむを得ない事情があると認められる場合に,そのような調査を尽くす目的から,労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長することを就業規則が禁止しているとは解されないから,上記のようなやむを得ない事情があると認められる場合に調査を尽くす目的から労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長しても就業規則の最低基準効に反しないが,上記のやむを得ない事情,調査を尽くす目的,必要最小限度の期間について認められない場合,労働者の同意を得たとしても就業規則の最低基準効に反し,延長は無効になると解すべきである。」

(2)あてはめ
ア やむを得ない事情があるか
「被告は,原告の職務能力や適格性について調査を尽くして解約権行使を検討すべき程度の問題があると判断したものの労働者の利益のため更に調査を尽くして職務能力や適格性を見出すことができるかを見極める必要があったとして,やむを得ない事情があると主張していると解されるところ,」「原告は,被告から指示されて社会人としての基本ルールやビジネスマナーを習得させて実践できるようにすることなどを目的とするマナー研修に参加していたにもかかわらず,講師に対して『やりたくないので,やらなくていいですか。』,『それって強制はできないですよね。』と述べるなどしたり,被告足利事業所の生産部組立研修で作業がうまくいかないときに大声を出して工具を放り投げるなどしたり,原告の上司の意向を踏まえて教育目的により先輩社員から調査・報告を指示された事項について『ネットを検索すると該当頁が出てくるのでそこを見てください』と述べて再度報告するように求められても『自分で調べた方が早いと思います。』と述べたりするなどしていて,原告の勤務態度等に少なくない問題があったことは否めない。

 しかしながら,原告は,」「実質的にはいわゆる社会人経験がない新卒の立場で被告に入社したものであるところ,学生感覚から抜け出せないまま社会人になってしまう事例は内容・程度に差はあっても社会内に相当程度存するとうかがえる。そうすると,被告が,原告の職務能力や適格性について調査を尽くすというのであれば,原告の就労開始直後ころからその就労態度等に関する問題点を把握していたのであるから,面談を実施するなどして原告に対して問題点を具体的に指摘した上で改善されなければ解雇(解約権行使)もあり得るなどと警告し,適切な時間的間隔で面談を繰り返すなどして改善の有無等に関する被告の認識を伝えるなどして職務能力や適格性を見極める取組みをすべきであったと考えられるが,被告が上記のような取組みをしたと認めるに足りる証拠は存しない。かえって,原告を含む新入社員の人事を担当する管理職であるcは,マナー研修の初日に『受講をちゃんと受けなさい』と指導したものの,被告足利事業所における研修中の原告の問題が同事業所から報告されて,謙虚さ,前向きな姿勢,同僚とのコミュニケーションに問題があると認識しながら原告に直接の注意・指導をしなかった事実を認める供述をしていて」「,平成30年5月1日から2か月間にわたり原告の直属の上司の立場にあったgは,平成30年の5月末ないし6月中旬ころまでに,原告の勤務態度等に問題があって試用期間経過後に継続して配属を受入れることが難しい旨判断するに至ったというにもかかわらず,平成30年6月29日のテスト実施」「に至るまで,繁忙を理由に,問題点を指摘して今後の処遇が困難であるなどと警告して改善を促す取組みをしなかったことを認める供述をするとともに,先輩の指示に従わなかったことについて指導したと明確に記憶しているのは1事例のみである旨の供述をしていることからしても」「,被告が当初の試用期間中に原告の職務能力や適格性について調査を尽くしていたと評価するに足りる事実を認めることはできないというべきである。

 したがって,被告が当初の試用期間中に原告の職務能力や適格性について解約権行使を検討すべき程度の問題があると判断したとしても,調査を尽くした上での判断といえないことから,1回目の延長について,やむを得ない事情があったとは認められない。」

イ 調査を尽くす目的があったか
「被告は,本件雇用契約の試用期間を繰り返し延長したこと(特に1回目の延長及び2回目の延長)について,やむを得ない事情があったことを前提に原告に職務能力や適格性について更に調査を尽くして適切な配属部署があるかを検討する目的があった旨主張していると解され,原告は,上記延長の目的が原告を自主退職に至らせることにあったと主張しているので,被告主張の目的があったかについても以下検討する。

 被告は,平成30年6月末までに被告が認めた原告の問題点について,」「社会人になるための心構え・仲間意識が必要であるとの教育が必要で,内向的(座学)なところがあって現場営業向きではなく,仕事に向き合う姿勢,教わろうとする姿勢,聞き取り能力,理解力も同期入社の社員と対比してかなり劣る点にあったと主張するが,被告の原告に対する平成30年7月以降の対応等」「をみると,電球の取替等の庶務を行わせたこともあったが,主に,本件会議室に原告一人を置いて専ら簿記の自習ないし新聞記事の閲読・報告等をさせ,平成30年8月13日に簿記学習の成果を確認する小テストを実施した程度である。この点,被告が本当に原告の職務能力や適格性について更に調査を尽くす目的があったのであれば,被告が主張する原告の上記問題点の内容に照らして,例えば,周囲に複数の人がいる部署に席を設けて電話応対・取次や業務支援を通じた先輩職員との意思疎通の機会を継続的に設けつつ上司から随時問題点を指摘して改善の機会を与えるなどの取組みが考えられるが,原告の執務場所を原告しかいない本件会議室にして主に自習をさせるというのは上記目的と相容れない対応というほかない。

 そして,被告は,原告に対し,」「平成30年6月の22日,25日,27日,7月の2日,23日に退職勧奨を繰り返し,平成30年6月27日に原告から退職勧奨に応じない旨明確に回答されてもなお退職勧奨を繰り返していて,原告を退職勧奨に応じさせたいという強い意思をうかがうことができる上,平成30年7月23日には,当時被告の取締役ないし執行役員の地位にあったdが,原告に対し,原告が本件会議室において午前8時45分から午後5時30分まで一人で簿記の学習等をしていることについて『苦痛じゃない。俺なら苦痛だけどね』,『退職勧奨にもってくために…それを耐えてんのは大したもんだよ』などと発言している。このdの発言は,平成30年7月以降の原告に対する執務場所や執務内容に係る被告の対応が,原告に精神的苦痛を与えて退職勧奨に応じさせる目的からであると自認したものといえる。

 そうすると,被告が本件雇用契約の試用期間を繰り返し延長した(1回目の延長及び2回目の延長)目的は,主として退職勧奨に応じさせることにあったと推認され,これを覆すに足りる証拠は存しないから,1回目の延長についても,2回目の延長についても,原告の職務能力や適格性について更に調査を尽くして適切な配属部署があるかを検討するという被告主張の目的があったと認めることはできない。」

2 結論
 「そうすると,1回目の延長は,やむを得ない事情があったとも,調査を尽くす目的があったとも,認められず,就業規則の最低基準効に反することから無効であり,1回目の延長が有効であることを前提とする2回目の延長及び3回目の延長も無効であるから,本件雇用契約は,試用期間の満了日である平成30年6月30日の経過により,解約権留保のない労働契約に移行したと認められる。」

【結論】
 以上より、本件雇用契約は「解約権留保のない労働契約に移行したと認められ、また、本件について解雇事由は存しないのであり、本件解雇は、客観的合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められず、解雇権を濫用したものとして無効であるとして、原告の請求を一部認容した」。

【コメント】
注目すべきは、就業規則に試用期間の延長規定がない場合に、試用期間の延長が認められた点です。

もっとも、就業規則に試用期間の延長規定がない場合に、試用期間の延長が認められる要件は、
①  従業員の同意
②  やむを得ない事情
③  調査を尽くす目的
④  必要最小限度の期間
ですので、これが認められるためハードルは高い、といえます。

使用者としては、本採用拒否を検討している場合、試用期間を延長すべきか否かにつき、本裁判例に注意すべきであることから、ご紹介します。

(無料動画配信期限は、2021年1月末(無料)です。期限経過後の視聴にご興味のある方は、mo@tamura-law.comまで、お問い合わせ下さい)

★本メルマガは、当事務所所属の弁護士の(使用者側からの)私見を示したものです。そのため、個別具体的な事実が異なれば、結論は異なります。そのため、個別案件については、事前に外部専門家(弁護士や社労士など)に相談して、当該専門家の助言に従って対応して下さい。  本メルマガの内容に基づいて行動した結果、何等かの損害・損失が発生したとしても、一切賠償等には応じかねますので、あらかじめご了承下さい。

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