メルマガ2018年8月号

目次

①(労務×製造業×同一労働同一賃金)無期契約労働者と有期契約労働者の各種手当の相違について、賞与についての相違が合理性あり、住宅手当・家族手当・精勤手当についての相違が不合理とされた例(井関松山製造所事件・松山地判平成30年4月24日)

【判例】

事件名:井関松山製造所事件
判決日:松山地判平成30年4月24日

【事案の概要】
被告(農業用機械器具の製造及び販売等を事業目的とする会社)との間で期間の定めのある労働契約を締結して就労している従業員である原告らが、被告と期間の定めのない労働契約を締結している従業員との間に、賞与及び各種手当の支給に関して不合理な相違が存在すると主張して、被告に対し、当該不合理な労働条件の定めは労働契約法20条により無効であり、原告らには無期契約労働者に関する賃金規程の規定が適用されることになるとして、当該賃金規程の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求め、本件手当等については、

〔1〕主位的に、同条の効力により原告らに当該賃金規程の規定が適用されることを前提とした労働契約に基づく賃金請求として、

〔2〕予備的に、不法行為に基づく損害賠償請求として、実際に支給された賃金との差額の支払

を求めた事案

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。)】

1 手当等の支給に関する相違の有無

「有期契約労働者である原告らには,賞与と同様の性質を有する寸志が一季5万円のみ支給され,家族手当,住宅手当及び精勤手当は支給されていないところ」、「無期契約労働者には賞与支給基準に従い賞与が支給され,その平均賞与額は一季35万円を超え,家族手当,住宅手当及び精勤手当が支給されており」「本件手当等の支給に関して,原告らと無期契約労働者の間で相違がある」。

「本件相違は,有期契約労働者である原告らと無期契約労働者で適用される就業規則が異なることによって生じていることは明らかである」

2 労働契約法20条違反の有無に係る判断枠組み

「労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違について,各考慮要素を考慮して,「不合理と認められるものであってはならない」と規定し,「合理的でなければならない」との文言を用いていないことに照らせば,同条は,当該労働条件の相違が不合理であると評価されるかどうかを問題としているというべきであり,そのような相違を設けることについて,合理的な理由があることまで要求する趣旨ではないと解される。」
 「そして,同条は,有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として,〔1〕職務の内容,〔2〕当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか,〔3〕その他の事情を掲げており,その他の事情として考慮すべきことについて,上記〔1〕及び〔2〕を例示するほかに特段の制限を設けていないことからすると,労働条件の相違が不合理であると認められるか否かについては,上記〔1〕及び〔2〕に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して,個々の労働条件ごとに判断すべきものと解される。」

3 相違の不合理性について


(1) 賞与(結論:合理性あり)
一般的に,賞与は,支給対象期間の企業の業績等も考慮した上で,毎月支給される基本給を補完するものとして支給され,支給対象期間の賃金の一部を構成するものとして基本給と密接に関連し,賃金の後払としての性質を有することに加え,従業員が継続勤務したことに対する功労報奨及び将来の労働に対する勤労奨励といった複合的な性質を有するものと解されており,被告における賞与についても,これと同様の性質を有するものと推認される。そして,これらの性質については,無期契約労働者だけでなく有期契約労働者にも及び得ることは,原告らの指摘するとおりである。」
 しかし、
「(ア)将来,組長以上の職制に就任したり,組長を補佐する立場になったりする可能性がある者として育成されるべき立場にある無期契約労働者に対してより高額な賞与を支給することで,有為な人材の獲得とその定着を図ることにも一定の合理性が認められること,
(イ)原告らにも夏季及び冬季に各5万円の寸志が支給されていること,
(ウ)中途採用制度により有期契約労働者から無期契約労働者になることが可能でその実績もあり,両者の地位は必ずしも固定的でないこと」
「を総合して勘案すると,一季30万円以上の差が生じている点を考慮しても,賞与における原告らと無期契約労働者の相違が不合理なものであるとまでは認められない。」


 (2) 家族手当(結論:合理性なし)

「証拠によれば,昭和14年にインフレを抑制するために発出された賃金臨時措置令を受けて賃金引上げが凍結されたが,物価上昇によって,扶養家族を有する労働者の生活が厳しさを増したことから,翌年,一定収入以下の労働者に対し扶養家族を対象とした手当の支給が許可されたことにより,多くの企業において家族手当が採用されたこと,その後,第2次大戦直後のインフレ期には,労働組合が生活保障の要素を重視する観点から家族手当の支給や引上げを要求し,企業もそれに応じ,高度経済成長期には,いわゆる日本的雇用システムが構築され,正規雇用者として長期に雇用される男性世帯主を中心に支給される家族手当が,従業員に対する処遇として定着したことが認められる。」
「被告においても,家族手当は,生活補助的な性質を有しており,労働者の職務内容等とは無関係に,扶養家族の有無,属性及び人数に着目して支給されている。」
 「上記の歴史的経緯並びに被告における家族手当の性質及び支給条件からすれば,家族手当が無期契約労働者の職務内容等に対応して設定された手当と認めることは困難である。そして,配偶者及び扶養家族がいることにより生活費が増加することは有期契約労働者であっても変わりがないから,無期契約労働者に家族手当を支給するにもかかわらず,有期契約労働者に家族手当を支給しないことは不合理である。」


 (3) 住宅手当(結論:合理性なし)
「被告は,無期契約労働者に対して一律に住宅手当を支給しているわけではなく,民営借家,公営住宅又は持家に居住する無期契約労働者に住宅手当を支給している。そして,民営借家居住者には公営住宅居住者及び持家居住者と比べて高額な手当を支給し,扶養者がいる場合にはより高額な手当を支給している。また,賃貸契約の場合,当人が賃貸契約の当事者であることを要件としている。」
 「そうすると,被告の住宅手当は,住宅費用の負担の度合いに応じて対象者を類型化してその者の費用負担を補助する趣旨であると認められ,住宅手当が無期契約労働者の職務内容等に対応して設定された手当と認めることは困難であり,有期契約労働者であっても,住宅費用を負担する場合があることに変わりはない。したがって,無期契約労働者には住宅手当を支給し,有期契約労働者には住宅手当を支給しないことは,不合理であると認められる。」

(4) 精勤手当(結論:合理性なし)

「無期契約労働者には,月給者(連続1か月未満の欠勤については,基本給の欠勤控除を行わない者をいい,事務・技術職とされる。)と月給日給者(欠勤1日につき,月額基本給の1/20.3の金額を欠勤控除する者をいい,技能職とされる。)がいるところ,被告は,月給日給者かつ当該月皆勤者に限り精勤手当を支給しており,月給者には精勤手当を支給していない(乙6・2条3項ないし5項,10条1項及び3項,17条)。そうすると,精勤手当の趣旨としては,少なくとも,月給者に比べて月給日給者の方が欠勤日数の影響で基本給が変動して収入が不安定であるため,かかる状態を軽減する趣旨が含まれると認められる。」
 「そして,有期契約労働者は,時給制であり,欠勤等の時間については,1時間当たりの賃金額に欠勤等の合計時間数を乗じた額を差し引くものとされ」
欠勤日数の影響で基本給が変動し収入が不安定となる点は月給日給者と変わりはない。したがって,無期契約労働者の月給日給者には精勤手当を支給し,有期契約労働者には精勤手当を支給しないことは,不合理であると認められる。」
 

4 労働契約法20条の効力(補充的効力の有無)(結論:補助的効力なし)
「労働契約法20条が「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」との見出しの下に「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることから,同条に違反する労働条件の定めは無効というべきであり,同条に違反する取扱いは,民法709条の不法行為が成立する場合があり得るものと解される。」
 「そして,労働契約法は,同法20条に違反した場合の効果として,同法12条や労働基準法13条に相当する補充的効力を定めた明文の規定を設けておらず,労働契約法20条により無効と判断された有期契約労働者の労働条件をどのように補充するかについては,無期契約労働者と有期契約労働者の相違を前提とした人事制度全体との整合性を考慮した上,労使間の個別的又は集団的な交渉に委ねられるべきものであって,裁判所が,明文の規定がないにもかかわらず労働条件を補充することは,できる限り控えるべきものと考えられる。」
 「本件では,無期契約労働者の就業規則は,有期契約労働者については別に定める就業規則を適用すると明記している。」
「無期契約労働者の賃金規程においても,無期契約労働者に適用する賃金に関する事項を定めると規定し,試用社員について家族手当を除き賃金規程を準用し,嘱託,準社員及び臨時については,別に定める基準によると規定しているが,有期契約労働者については言及がない。」
「そして,有期契約労働者の就業規則には,無期契約労働者の就業規則2条に基づき,有期契約労働者の労働条件等を定めると規定し,賃金についてもその就業規則において規定している。」
「また,原告らの労働契約書をみても,無期契約労働者の就業規則及び賃金規程が適用されることを前提とする約定は見当たらない。」
 「以上のとおり,無期契約労働者の就業規則等とは別個独立のものとして有期契約労働者の就業規則等が存在しており,関係する就業規則等の規定を合理的に解釈しても,有期契約労働者に対して,無期契約労働者の労働条件を定めた就業規則等の規定を適用することはできない。」
 「そうすると,原告らの被告に対する,無期契約労働者に関する就業規則等の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求める請求及び平成25年5月から平成27年4月までに支給される本件手当等について,原告らに当該就業規則等の規定が適用されることを前提とした労働契約に基づく賃金請求には理由がない。」
 「他方で,原告■は,祖母が平成26年11月22日に死亡するまで祖母を扶養しており,同月分までは家族手当の支給要件に該当すること,原告■は,扶養者がなく,自らが賃借人となって民間住宅の賃貸借契約を締結して現在に至るまで居住し,賃料を支払っており,住宅手当の要件のうち「無扶養者かつ民営借家居住者」に該当すること,原告らは,一部の月を除き,精勤手当の支給要件に該当することから,原告らに対する上記各手当(以下「本件各手当」という。)の不支給は,原告らに対する不法行為を構成するというべきである。」

5 結論

本判決は、上記の判断に基づき、被告に対し、原告への、

・ 39万3060円及びうち17万2040円に対する平成27年6月20日から,うち22万1020円に対する平成29年10月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員
・ 19万7530円及びうち12万6960円に対する平成27年6月20日から,うち7万0570円に対する平成29年10月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員
・ 11万0380円及びうち5万5330円に対する平成27年6月20日から,うち5万5050円に対する平成29年10月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員

の支払いを命じた。

【コメント】

本事件は、無期契約労働者と同一の製造ラインに配属された有期契約労働者の各種手当の相違について、その合理性と、各種手当の支払義務の有無が争われた事件です。
本事件につき、裁判所は、各種手当の特殊性を考慮し、賞与の合理性を肯定、家族・精勤・住宅手当の合理性を否定しました。
 労働条件について、労働契約法20条により、その合理性が否定され、無効となった場合、同条に違反する取扱いは,民法709条の不法行為が成立する場合があると判断しました。
 本判決及び最高裁判決の内容を踏まえ、企業としては、賃金規程につき、対応を迫られると考えられます。

②(労務×製造業×同一労働同一賃金)無期契約労働者と有期契約労働者の各種手当の相違について、賞与についての相違が合理性あり、物価手当についての相違が不合理とされた例(井関松山ファクトリー事件・松山地判平成30年4月24日)

【判例】

事件名:井関松山ファクトリー事件
判決日:松山地判平成30年4月24日

【事案の概要】
被告(農業機械、部品の組立、加工及び販売等を事業目的とする会社)との間で期間の定めのある労働契約を締結して就労している従業員である原告らが、被告と期間の定めのない労働契約を締結している従業員との間に、賞与及び物価手当の支給に関して不合理な相違が存在すると主張して、被告に対し、当該不合理な労働条件の定めは労働契約法20条により無効であり、原告らには無期契約労働者に関する賃金規程の規定が適用されることになるとして、当該賃金規程の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求め、本件手当等については、

〔1〕主位的に、同条の効力により原告らに当該賃金規程の規定が適用されることを前提とした労働契約に基づく賃金請求として、

〔2〕予備的に、不法行為に基づく損害賠償請求として、実際に支給された賃金との差額の支払を求めた

事案において、地位確認請求及び本件手当等についての主位的請求である労働契約に基づく賃金請求を棄却し、本件手当等についての不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した事例。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。)】

1 手当等の支給に関する相違の有無

「有期契約労働者である原告らには、賞与と同様の性質を有する寸志が一季5万円のみ支給され、家族手当、住宅手当及び精勤手当は支給されていないところ」、「無期契約労働者には賞与支給基準に従い賞与が支給され、その平均賞与額は一季35万円を超え、家族手当、住宅手当及び精勤手当が支給されており」、「本件手当等の支給に関して、原告らと無期契約労働者の間で相違がある」。「本件相違は、有期契約労働者である原告らと無期契約労働者で適用される就業規則が異なることによって生じていることは明らかである」

2 労働契約法20条違反の有無に係る判断枠組み

「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違について、各考慮要素を考慮して、「不合理と認められるものであってはならない」と規定し、「合理的でなければならない」との文言を用いていないことに照らせば、同条は、当該労働条件の相違が不合理であると評価されるかどうかを問題としているというべきであり、そのような相違を設けることについて、合理的な理由があることまで要求する趣旨ではないと解される。」
 「そして、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として、〔1〕職務の内容、〔2〕当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、〔3〕その他の事情を掲げており、その他の事情として考慮すべきことについて、上記〔1〕及び〔2〕を例示するほかに特段の制限を設けていないことからすると、労働条件の相違が不合理であると認められるか否かについては、上記〔1〕及び〔2〕に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して、個々の労働条件ごとに判断すべきものと解される。」

3 相違の不合理性について


(1) 賞与(結論:不合理ではない)

「一般的に、賞与は、支給対象期間の企業の業績等も考慮した上で、毎月支給される基本給を補完するものとして支給され、支給対象期間の賃金の一部を構成するものとして基本給と密接に関連し、賃金の後払としての性質を有することに加え、従業員が継続勤務したことに対する功労報奨及び将来の労働に対する勤労奨励といった複合的な性質を有するものと解されており、被告における賞与についても、これと同様の性質を有するものと推認される。そして、これらの性質については、無期契約労働者だけでなく有期契約労働者にも及び得ることは、原告らの指摘するとおりである。」
 しかし、
(ア)「将来、組長以上の職制に就任したり、組長を補佐する立場になったりする可能性がある者として育成されるべき立場にある無期契約労働者に対してより高額な賞与を支給することで、「有為な人材の獲得とその定着を図ることにも一定の合理性が認められること、」
(イ)「原告らにも夏季及び冬季に各10万円程度の寸志が支給されていること、」
(ウ)「被告の無期契約労働者は基本的に中途採用制度により採用されており、無期契約労働者と有期契約労働者の地位にはある程度流動性があること」
「を総合して勘案すると、一季25万円以上の差が生じている点を考慮しても、賞与における原告らと無期契約労働者の相違が不合理なものであるとまでは認められない。」

(2) 物価手当(結論:不合理である)

被告における物価手当は、「物価手当が年齢に応じて増大する生活費を補助する趣旨」のものである。このため、「被告では労働者の職務内容等とは無関係に、労働者の年齢に応じて」物価手当が支給されている。

「このような被告における物価手当の支給条件からすれば、同手当が無期契約労働者の職務内容等に対応して設定された手当と認めることは困難であり、年齢上昇に応じた生活費の増大は有期契約労働者であっても無期契約労働者であっても変わりはないから、有期契約労働者に物価手当を一切支給しないことは不合理である。」
 「これに対して、被告は、物価手当は、その歴史的背景として、家族手当と同様に年功序列型賃金の一内容として定着したと主張する」。しかし、「物価手当の支給額は、勤続年数にかかわらず年齢に応じて増額することに加え、被告では新規採用により無期契約労働者が採用されることは基本的になく、中途採用が一般的であって、無期契約労働者として採用される年齢も一律とは認められない」という「物価手当の支給条件及び採用実態を踏まえれば、同手当を年功序列型の賃金と認めることは困難である。」
 また、被告は、平成23年時点で、無期契約労働者に家族手当等を支給する企業の割合と比べて、有期契約労働者に家族手当等を支給する企業の割合は極めて低いと主張」するほか、「雇用システムの相違それ自体及び各考慮要素における相違を理由として、より手厚い生活補助を無期契約労働者に対し講じることは不合理ではないと主張する。」しかし、「有期契約労働者について雇止めの不安があることによって合理的な労働条件の決定が行われにくいことや、処遇に対する不満が多く指摘されていることを踏まえて、有期労働契約の労働条件を設定する際のルールを法律上明確化し、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を禁止するものとしたという労働契約法20条の制定経緯(本件施行通達参照)に鑑みれば、平成23年当時の企業実態の大勢を重視することは相当とはいえない。また、被告における物価手当の支給条件が、職務内容等の相違に基因するものとはいえないことは上述のとおりである上、上記法の制定経緯に照らし、雇用システムの相違自体や中途採用制度の存在を含む各考慮要素における相違をもって、その支給対象を無期契約労働者に限定することの不合理性が否定されるとも解されない。したがって、被告の主張は採用できない。」

4 労働契約法20条の効力(補充的効力の有無)について

「労働契約法20条が「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」との見出しの下に「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることから、同条に違反する労働条件の定めは無効というべきであり、同条に違反する取扱いは、民法709条の不法行為が成立する場合があり得るものと解される。」「そして、労働契約法は、同法20条に違反した場合の効果として、同法12条や労働基準法13条に相当する補充的効力を定めた明文の規定を設けておらず、労働契約法20条により無効と判断された有期契約労働者の労働条件をどのように補充するかについては、無期契約労働者と有期契約労働者の相違を前提とした人事制度全体との整合性を考慮した上、労使間の個別的又は集団的な交渉に委ねられるべきものであって、裁判所が、明文の規定がないにもかかわらず労働条件を補充することは、できる限り控えるべきものと考えられる。」
 「例えば、就業規則が全従業員に適用され、その一部条項のみ有期契約労働者の適用を除外する定めが置かれているような場合には、当該定めを無効とすることにより、結果として有期契約労働者についても無期契約労働者と同様に当該就業規則が適用されることになるが、そのように就業規則等の規定を合理的に解釈することができない場合には、前記のとおり、不法行為による損害賠償責任が生じ得るにとどまるものと解するほかないというべきである。」
 本件では、「有期契約労働者に支給する手当は賃金規程において限定して列挙されており、関係する就業規則等の規定を合理的に解釈しても、有期契約労働者に対して、無期契約労働者の賃金規程…の物価手当を定めた規定を適用することはできない。」そうすると、主位的請求は理由がない。「他方で、原告らは物価手当の支給要件に該当することから、原告らに対する物価手当の不支給は、原告らに対する不法行為を構成する。」


5 原告らの損害等の有無及びその額について

「原告らには、物価手当が無期契約労働者と同様の条件で支給された場合における支給額に相当する損害が生じたと認めるのが相当である。」「なお、被告においては、無期契約労働者の基本給の金額との対応を考慮して物価手当の金額が設定された可能性は否定できず、仮にそうであった場合に、有期契約労働者の基本給の金額が無期契約労働者のそれよりも相当低額であるときには、無期契約労働者に対して支給される物価手当の金額と同額を原告らの損害とすることに疑義がないわけではない。」しかし、「被告における無期契約労働者と有期契約労働者の基本給の金額の差異等は…明らかでないことからすると、上記支給相当額をもって損害と認定するほかない。」
「そして、原告らは、平成25年5月時点で共に40歳を超えており、…40歳以上の者に対する物価手当の支給額は、原告らが損害として請求し主張する1か月当たり1万5000円を下回らないから、平成25年5月から平成27年4月までの間の原告らの損害額…は各36万円(=1万5000円×24か月)であり、同年5月から平成29年10月までの間の原告らの損害額…は各45万円(=1万5000円×30か月)と認められる。」

6 結論

「平成25年5月から平成27年4月までの間に支給される本件手当等についての予備的請求である不法行為に基づく損害賠償請求…は、原告らにつき、それぞれ、被告に対し36万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成27年6月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある」。
「平成27年5月から平成29年10月までに支給される本件手当等についての不法行為に基づく損害賠償請求…は、原告らにつき、それぞれ、被告に対し45万円及び不法行為の日の後である平成29年10月26日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある」。

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【コメント】

本判決は物価手当について労働契約法20条の不合理性を肯定しました。本件における物価手当は、年齢に応じて支給基準が設定されており、「年齢に応じて増大する生活費を補助する趣旨」で支給されるものです。
これに対し、同様に生活費を補助する趣旨であっても、長澤運輸事件最高裁は、「従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助」としての家族手当について、定年後再雇用者と正社員との間の相違は不合理ではないと判断しています。(メルマガ6月号参照)
また、同一労働同一賃金ガイドライン案では、地域の物価等を勘案した地域手当について、基本給体系が全国一律であるか否かや転勤の有無等の事情によって問題とならない場合があることが示唆されています。
このように、生活費の補助としての趣旨を含む手当については、年齢・地域・扶養状況等、いずれの点に着目した手当なのかによって判断が分かれることになりそうです。

③(労務×就業規則の不利益変更)賞与、定期昇給に関する就業規則不利益変更の合理性が認められた例(紀北川上農業協同組合事件・大阪高判平成30年2月27日)

【判例】

事件名:紀北川上農業協同組合事件
判決日:大阪高判平成30年2月27日

【事案の概要】
農業協同組合であるY(被告・被控訴人)は就業規則等を変更し、一定の年齢に達した職員について他の職員と処遇上異なる扱いをするスタッフ職制度を導入した。Yの元職員であるXら(原告・控訴人)は、本件就業規則等の変更は、
①賞与の原則不支給、
②定期昇給の不実施
を内容とする労働条件の不利益変更にあたるところ、労働契約法10条の要件を満たさないと主張し、Yに対し未払賃金等の支払いを請求した。原判決は、本件就業規則等の変更は労働契約法10条所定の合理性を有しているとして、請求を棄却した。
なお、変更後のYの就業規則等の規定は以下のとおりである。

■就業規則

(職員)第3条 (略)〔3〕職員は,満57歳に達した翌事業年度当初において,スタッフ職制度規程の定めるところにより,スタッフ職として処遇する。ただし,職能資格等級が1等級である職員は除く。(給与)第50条 職員の給与については,別に定める給与規程による。

■給与規程

(昇給の時期と対象者)第10条 定期昇給は,毎年4月1日に前事業年度までの勤続が1年に達した者について行うことができる。ただし,別に定めるスタッフ職制度規程の対象となった職員に関する昇給はスタッフ職制度実施要領において定めるところに従う。〔2〕前項の規定にかかわらず,次の者についても定期昇給を行うことができる。(略)2.組合長が特に認めた者(賞与)第25条 (略)〔4〕賞与の支給対象者は,支給日に在職している者とする。ただし,別に定めるスタッフ職制度規程の対象となった職員に関する賞与の支給はスタッフ職制度実施要領において定めるところによる。

■スタッフ職制度規程

(処遇)第4条 スタッフ職制度の対象となった職員はスタッフ職として処遇する。ただし,職能資格等級は,特に降格が必要ある場合を除き,当該年齢に達する時点における等級にとどめおく。その他の処遇は,スタッフ職制度実施要領において定める。

■スタッフ職制度実施要領

(処遇)第3条 スタッフ職の給与は,下記のとおりとし,下記に定めのないものは給与規程の定めによる。(略)イ.定期昇給 定期昇給は実施しない。(略)エ.賞与 賞与は基本として支給しない。ただし,組合長が特に必要と認めた場合は支給することがある。支給する場合の金額,基準は,その都度定める。

【判旨】(「」内は判旨の一部抜粋)

1 本件就業規則等の変更の合理性(結論:肯定)

(1)労働者の受ける不利益の程度(結論:不利益の程度は小さい)

「〔1〕賞与の支給及び定期昇給の実施については、被告の給与規程において、具体的な権利として定められていないから、スタッフ職制度の導入前においても、賞与の支給対象や定期昇給の実施対象を一定の年齢以下の者に限定すること自体は、給与規程に違反するものではないこと」、
〔2〕賞与の支給及び定期昇給について、給与規程等において、「組合長が特に認めた場合には行うことができる旨規定されており、原告らに対する賞与の支給や定期昇給の実施をする余地が完全に失われたということもできないこと、
〔3〕本件のスタッフ職制度の導入は、平成14年であり、平成14年以降、制度の変遷はあるものの、一定の年齢以上の者を対象とし、賃金の総額が減じられ、定期昇給がされない等の骨子自体は維持されていること、
〔4〕将来の労働条件については、不透明な要素が大きく、即時の労働条件の変更と同視することはできないところ」、平成14年のスタッフ職制度導入時において原告らに「スタッフ職制度が適用されるまでに6年以上の期間があ」ったこと、
〔5〕一部の業務について「他の職員に比して数値目標が軽減されていること」
に鑑みれば、「本件就業規則の変更に係る不利益は、実質的なものとはいえず、その程度は小さいものといえる。」

(2)労働条件の変更の必要性(結論:肯定)

〔1〕高年齢層の人件費が事業収支を圧迫しており対処の必要があったこと、
〔2〕被告の事業利益の水準は県内の他の同規模の農協に比べて低く、金融機関から「要改善JA」に指定され、経営改善に取り組まなければならないこととされていたこと、
〔3〕事業収益が連続して赤字となったため、従来25あった支店を9に削減するなどしていたこと
からすれば、「就業規則変更時には、被控訴人には、労働条件を変更する高度の必要性があったものと認められる。」


(3)変更後の就業規則等の内容の相当性(結論:肯定)

〔1〕「賞与については、臨時に支払われる賃金の性質を持っていること」、
〔2〕定期昇給については、「原告らについては、一定の年齢に達し、過去に継続して定期昇給が実施された結果、他の職員に比して、賃金も相当程度高額になっていること、
以上の点を総合的に勘案すれば、スタッフ職制度に伴う変更後の就業規則等の内容が相当性を欠いているとまでは認めらない。」

(4)労働組合等との交渉状況、その他の就業規則等の変更に関わる事情

〔1〕労働組合が反対の意思表示をしていないこと、
〔2〕被告による説明に対し原告ら以外の職員が異議を述べたといった事情はないこと
から、「スタッフ職制度については、労働組合との交渉や職員への具体的な説明を経て導入され、その後変更を経つつも、10年以上にわたって継続して適用されてきたものであり、一応の定着をみていると評価することができる。」

(5)以上の点を「総合的に勘案すると、本件就業規則等の変更は労契法10条所定の合理性を有していると認めるのが相当である。したがって、本件就業規則等の変更は、労契法10条により、原告らについても効力が及ぶということになる。」

2 結論

 本判決は、上記の判断に基づき、Xらの控訴を棄却した。

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【コメント】

就業規則の不利益変更が労働契約法10条所定の合理性を有しているかの判断については、多数の裁判例の蓄積がみられます。同条に列挙された判断要素のうち、労働者の受ける不利益性の程度と労働条件の変更の必要性及び変更後の就業規則の内容の相当性については、相関的に判断されることが一般的です。(「特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」最判昭和63年2月16日・大曲市農協事件)

本判決では、賞与と定期昇給が変更の対象となっており、「賃金という労働者にとって重要な労働条件」に当たるため、それのみでは不利益の程度は大きいとも思われます。しかし、上記認定事実(判示1(1))が存在するために、「不利益は、実質的なものとはいえず、その程度は小さい」と判断され、一方で労働条件変更の高度の必要性が認められたため、代替措置などが特段講じられていないにも関わらず、結論として合理性が肯定されました。労働組合との交渉や職員に対する説明といった手続的プロセスを踏んだうえで変更に至った経緯も、合理性を肯定する事情として考慮されています。

賃金に関する就業規則の不利益変更における合理性肯定事例としてご紹介いたします。

④(労務×医療×修学費用)医療法人の元従業員に対する修学費用返還請求が認められなかった例(医療法人K会事件・広島高判平成29年9月6日)

【判例】

事件名:医療法人K会事件

判決日:広島高判平成29年9月6日

【事案の概要】

病院を経営する医療法人K会(原告・控訴人)は、元職員であるB(被告・被控訴人)に対し、看護学校の修学資金等を貸し付けたとして、B及びその連帯保証人Cに対し、同貸付の残元金の返還を請求した。K会の修学資金貸付規定には、「修学資金貸付けを受けた者が、その課程を卒業し、引続き法人の医療施設において勤務する期間が通算して(…)看護婦6年以上、准看護婦(…)4年以上であるときは、貸付け金の全額について免除する。」との条項が設けられていた。原判決は、同貸付けのうち一部(本件貸付〔1〕)はK会により免除されており、残部(本件貸付〔2〕)は労働基準法16条の法意に反し無効であるとして、請求を棄却した。

【判旨】(「」内は判旨の一部抜粋)

1 本件貸付の有効性

(1)労働基準法16条について

「労働基準法16条にいう『労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約』は、文理上、労働契約そのものに限定されていないし、労働者が人たるに値する生活を営むための必要最低限の基準を定め(同法1条参照)、基準に適合した労働条件を確保しようとする労働基準法の趣旨に照らせば、同条が適用される契約を限定する理由はないから、同条は本件貸付にも適用されるものと解される。

 したがって、貸付の趣旨や実質、本件貸付規定の内容等本件貸付に係る諸般の事情に照らし、貸付金の返還義務が実質的に被控訴人Bの退職の自由を不当に制限するものとして、労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であると評価できる場合には、本件貸付は、同法16条に反するものとすべきである。

 そして、本件貸付が実質として労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定を不可分の要素として含むと認められる場合は、本件貸付は、形式はともあれ、その実質は労働契約の一部を構成するものとなるから、労働基準法13条が適用されるというべきであり、本件貸付が同法16条に反する場合に無効となるのは、同条に反する部分に限られ、かつ、本件貸付は同条に適合する内容に置き換えて補充されることになる。

 なお、労働基準法14条は、契約期間中の労働者の退職の自由が認められない有期労働契約について、その契約期間を3年(特定の一部の職種については5年)と定め、労働者の退職の自由を上記期間を超えて制限することを許容しない趣旨であるから、上記の『退職の自由を不当に制限する』か否かの判断においては、事実上の制限となる期間が3年(特定の一部の職種については5年)を超えるか否かを基準として重視すべきである。」

(2)本件貸付〔2〕に至る経緯及び本件貸付〔2〕の趣旨

「正看護師資格は一般的な資格であり、その資格取得は、原告での勤務と関係なく、被告B自身の技能として有益である」が、「被告Bの看護学校進学は、原告の業務命令とまではいえないものの、原告における正看護師確保のためのその養成の一環と位置付けられるものであり、被告Bの看護学校通学の成果である正看護師の資格取得はまさに原告の業務に直結するものである。」

そして、本件貸付〔2〕が、「学費そのものではなく、生活費としての交付であり、在学中の給与の減少分を補填する目的で、共働きの配偶者の有無等生活状況に応じて交付されるものであったこと」、及び「上記の被告Bの進学の経緯からすると」、その「実質は、むしろ、賃金の補充として位置付けられるものであったというべきである。」

(3)被告Bの本件貸付についての認識等

「本件貸付規定の具体的な内容は、本件貸付〔2〕の実行時点でも被告Bにおいて認識しておらず、本件貸付の返還及び免除条件については、被告Bにとって明確ではなかったというべきである。」

(4)本件貸付規定の合理性等

本件貸付規定では、「返還の事由が勤務の継続と直接的に関連づけて定められている。そして、本件貸付規定の返還免除期間についても、看護師について労働基準法14条が労働者の退職の自由を制限する限界(特定の職業を除く。)としている3年間の倍の6年間であり、同条の趣旨からも大きく逸脱した著しい長期間である一方で、6年間に1日も満たない場合は全額返還を要するなど勤続年数に応じた減額措置もなく、被告Bが正看護師資格取得後に約4年4か月も勤務した事実は一切考慮されない上、本件貸付〔2〕の要返還額は、萩看護学校在学中の被控訴人Bの基本給の約10倍の108万円であって、この返還義務の負担が退職の自由を制限する事実上の効果は非常に大きい。しかも、本件貸付規定の返還免除期間は、本件病院の近隣の病院と比較しても倍となっており、このことからも、本件貸付規定により、労働者の退職の自由について課す制限は、目的達成の手段として均衡を著しく欠くものであって、合理性があるとは到底認められない。」

(5)退職の制限等

「E事務長等の原告の管理職は、被告Bが退職届を提出するや、本件貸付の存在を指摘して退職の翻意を促したと認められるのであり、本件貸付は、実際にも、まさに被告Bの退職の翻意を促すために利用されている。しかも、E事務長は本件貸付〔2〕だけではなく本件貸付〔1〕も看護学校卒業後10年間の勤務をしなければ免除にならないと述べるなど、本件貸付規定は、」「労働者にとって更に過酷な解釈を使用者が示すことによってより労働者の退職の意思を制約する余地を有するものともいえる。このような被告Bの退職の際の原告の対応等からしても、本件貸付は、資格取得後に原告での一定期間の勤務を約束させるという経済的足止め策としての実質を有するものといわざるを得ない。」

(6)小括

 「以上で検討したところに照らせば、本件貸付〔2〕の返還合意部分は、本件貸付規定の返還債務の免除規定(5条)及び返還規定(6条)と相俟って、実質的には、経済的足止め策として、被控訴人Bの退職の自由を不当に制限する、労働契約の不履行に対する損害賠償の予定であるといわざるを得ず、〔2〕の返還合意部分は、労働基準法16条に反するものとして同法13条により無効であり、本件貸付〔2〕は、返還合意なき給付金契約になり(したがって、給付金は不当利得とはならない。)、本件貸付〔2〕に係る貸金債務は返還合意を欠くため成立せず、本件貸付〔2〕に係る被控訴人Cの連帯保証債務も附従性により成立していないことになる。」

2 結論

 本判決は、上記の判断に基づき、K会の控訴を棄却した。

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【コメント】

修学や研修、留学後の労働者の継続勤務を確保するため、修学等について使用者が費用を貸与し、修学後一定期間勤続すれば返還を免除するという契約が、労働基準法16条に違反するかの判断がなされた裁判例は、サロン・ド・リリー事件(浦和地判昭和61年5月30日)、野村證券事件(東京地判平成14年4月16日)等、いくつか存在します。労働基準法16条の趣旨が労働者の強制労働を禁止し、退職の自由を確保することにあることから、これらの裁判例では、修学等の業務性の程度や返還方式の合理性等が総合的に考慮され、貸付が労働者を不当に拘束し、労働関係の継続を強制するものでないかが実質的に判断されています。

本判決も、従来の裁判例の判断枠組みを踏襲し、貸付の趣旨や修学と業務の関連性、本件貸付規定の認識、必要な勤続期間等本件貸付に係る諸般の事情に照らし、貸付金の返還義務が実質的に被控訴人Bの退職の自由を不当に制限するとの判断をしています。

労働者の能力開発を行い、その成果を使用者が一定程度享受できるようにする仕組みを作る上で、上記裁判例を踏まえ、退職の自由を制限しないよう注意すべきです。

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