メルマガ2017年11月号

目次

①(労務×同一労働同一賃金)契約社員に、住宅手当・病気休暇等がないことなどが違法とされた例(日本郵便(東京)事件・東京地判平成29年9月14日)

【判例】

事件名:日本郵便事件
判決日:東京地判平成29年9月14日

【事案の概要】
Y社の契約社員として有期労働契約を締結し、郵便局業務に従事していたXらが、無期労働契約を締結しているY社の正社員らと同一内容の業務に従事しているにもかかわらず、手当等の労働条件につき正社員と差異があることが労働契約法20条に反し、かつ公序良俗に反すると主張し、Y社に対し、正社員の諸手当との差額等の支払い等を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 労契法20条違反の成否

(1)期間の定めによる相違であるか否か

本判決は、「原告らが主張する時給制契約社員と正社員との間の諸手当や休暇等の労働条件の相違は、いずれも、正社員には社員就業規則」及び「社員給与規程」が適用され、「契約社員には期間雇用社員就業規則」及び「期間雇用社員給与規程」が適用されるので、「このように適用される就業規則が異なるのは、有期労働契約か無期労働契約かによるものであるから、上記相違は、期間の定めの有無に関連して生じた」と認められるとした。

(2)不合理と認められるものか否かの判断の構造等

本判決は、労働契約法20条は、「不合理と認められるものか否かの判断に当たり、〔1〕職務の内容、〔2〕当該職務内容、配置の変更の範囲、〔3〕その他の事情を考慮要素としているところ、その規定の構造や文言等からみて、〔1〕及び〔2〕が無期契約労働者と同一であることをもって、労働条件の相違が直ちに不合理と認められるものではなく、両当事者の主張立証に係る〔1〕から〔3〕までの各事情を総合的に考慮した上で不合理と認められるか否かを判断する趣旨であると解される」とし、「労契法20条の判断において、職務内容は判断要素の一つにすぎないことからすると、同条は、同一労働同一賃金の考え方を採用したものではなく、同一の職務内容であっても賃金をより低く設定することが不合理とされない場合があることを前提としており、有期契約労働者と無期契約労働者との間で一定の賃金制度上の違いがあることも許容するものと解される。」と判断している。

(3)Xらの比較対象とするべき正社員

本判決は、旧制度及び新制度を区別した上で、Xらの比較対象とすべき正社員について、以下のとおり判断している。

正社員<旧人事制度>旧人事制度における正社員は、「「管理者・役職者」、「主任・一般」、「再雇用」に分類され、職群として企画職群、一般職群(旧一般職)及び技能職群の3つに分かれており、このうち旧一般職は、1級担当者、2級主任、3級課長代理、4級統括課長・課長までの4等級の昇格昇任が予定されており、業務上の都合又は緊急的な業務応援により、出向、転籍又は就業場所若しくは担当する職務の変更及び配置転換等が予定されていることが認められる。そして、旧一般職の中で昇任昇格が事実上限定されていることや、人事異動の範囲が限定されるコースやグループ等があったことを認めるに足りる証拠はない。」
<新人事制度>新人事制度における正社員は、「総合職、地域基幹職及び新一般職の各コースに分かれており、各コースは採用時に区分され、原則として在職中のコースの変更はなく、新一般職は、外務事務及び内務事務の標準的な業務に従事し、1級担当者のままであり、上位級の課長や郵便局長等への昇任昇格は予定されておらず、配置転換は転居を伴わない範囲内でその可能性があるにとどまるなど、担当業務や異動等の範囲が限定されている」
時給制契約社員「外務事務及び内務事務のうち、特定の定型業務のみに従事し、担当業務が変更されることは極めて例外的であり、班長・副班長として班を総括することや、各社員の業務やシフトを管理する業務を行わず、原則として配置転換はなく、昇任昇格も予定されていないなど、担当業務の種類や異動等の範囲が限定されている」

⇒本判決は、以上の点を踏まえ、「旧人事制度においては、原告ら時給制契約社員と労働条件を比較すべき正社員は、旧一般職とするのが相当」であり、新人事制度においては、「原告ら契約社員と労働条件を比較すべき正社員は、担当業務や異動等の範囲が限定されている点で類似する新一般職とするのが相当」と判断した。

(4)正社員と時給制契約社員との職務の内容等に関する相違について

ア 職務の内容の相違

正社員旧一般職・「旧一般職及び地域基幹職は、郵便局において、配達業務等の外務事務、窓口業務や区分業務等の内務事務に幅広く従事することが想定されている」・「旧一般職及び地域基幹職は、郵便局の主任、課長代理、課長、部長等の管理者へと昇任昇格していくことで、期待される役割や職責が大きくなっていくことが想定されており、実際にも、概ね、5年目頃から主任に昇任し、その後、10年目から15年目までに課長代理、15年目頃からは課長へと相当数が昇任しており、勤続年数を重ねるにつれて、課長や管理者の割合が増加している」・人事評価は、「業績評価において、業務の実績そのもののほか、人材開発、部下の育成指導状況等、他組織等の業績に対する貢献等も評価の対象とされており、職務行動評価においては、自己研鑽、状況把握、論理的思考、チャレンジ志向等についても評価の対象となっている」
新一般職・「窓口営業、郵便内務事務、郵便外務事務又は各種事務等の標準的な業務に従事することが予定されており、1級の職位である担当のみとされており、2級以上の職位に昇任昇格することは予定されていない」・人事評価は、「業績評価において、業務の実績そのもののほか、人材開発、部下の育成指導状況等、他組織等の業績に対する貢献等も評価の対象とされており、職務行動評価においては、自己研鑽、状況把握、論理的思考、チャレンジ志向等についても評価の対象となっている」
時給制契約社員・「時給制契約社員は、外務事務又は内務事務のうち、特定の定型業務にのみ従事し、これらの業務について幅広く従事することは想定されていない」・「時給制契約社員については、そもそも職位は付されておらず、昇任昇格もない」・「人事評価においても、基礎評価では、時給制契約社員として求められる基本的事項についての評価が行われ、スキル評価では、被評価者のランクに応じて、時給制契約社員が担当する職務の広さとその習熟度についての評価が行われ」、「正社員のような、人材開発、関係構築・自己研鑽、状況把握・論理思考等や組織貢献加点評価等の評価項目はない」

⇒本判決は、以上を踏まえ、

・「正社員のうち旧一般職及び地域基幹職と時給制契約社員との間には、従事する職務(原文ママ)の内容及びその業務に伴う責任の程度に大きな相違があるものと認められる」

・「正社員のうち新一般職と時給制契約社員との間には、いずれも昇任昇格が予定されていない点など共通点もあり」、大きな相違は認められないが、両者の間には、「勤務時間等の指定について大きな相違があるほか、人事評価の評価項目等に照らしても、期待されている業務の内容や果たすべき役割に違いがあることが前提とされており、両者の間には一定の相違があることが認められる」

と判断した。

イ 職務の内容及び配置の変更の範囲に関する相違

正社員旧一般職・「正社員は、就業規則上、配置転換が予定されており、地域基幹職は、支社エリア内での局間異動や支社への異動等が想定され、実際にも、平成22年度から同27年度までの間において、全国で延べ約5万名が郵便局を異にする異動をしている。」(原文ママ)
新一般職・「新一般職は、転居を伴わない範囲において人事異動等が命じられる可能性があり、実際にも異動が行われている。」
時給制契約社員・時給制契約社員は、「職場及び職務内容を限定して採用されており、正社員のような人事異動は行われず、郵便局を移る場合でも、本人の同意に基づいて行われており、正社員のような人事異動という形式ではなく、従前の郵便局における雇用契約を終了させた上で、新規に別の郵便局における勤務に関して雇用契約を締結し直すという形式でされている。」

⇒本判決は、以上を踏まえ、

・「正社員のうち旧一般職及び地域基幹職と時給制契約社員との間には、職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違」がある

・「新一般職と時給制契約社員との間にも、一定の相違がある」

と判断した。

ウ 小括

 以上の本判決の判断をまとめると、以下のとおりである。

 職務の内容の相違職務の内容及び配置の変更の範囲に関する相違
旧一般職時給制契約社員大きな相違大きな相違
新一般職時給制契約社員一定の相違一定の相違

2 各相違の不合理性

本判決は、以上を踏まえて、以下のとおりXらの主張する各相違の不合理性の有無を認定した。

相違の内容判断の理由
外務業務手当正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒〇・「職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな又は一定の相違がある」こと・「正社員には長期雇用を前提とした賃金制度を設け、短期雇用を前提とする契約社員にはこれと異なる賃金体系を設けることは、企業の人事上の施策として一定の合理性が認められるところ」、外務業務手当は「基本給の一部を手当化したものであり、同手当の支給の有無は、正社員と契約社員の賃金体系の違いに由来するものであること」・外務業務手当の「具体的な金額も、労使協議も踏まえた上で、統合前後で処遇を概ね均衡させる観点で算出されたものであること」・「郵便外務事務に従事する時給制契約社員については、時給制契約社員の賃金体系において、外務加算額という形で、外務事務に従事することについて別途反映されていることが認められ」ること
年末年始勤務手当正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒×(不合理)「年末年始の期間における労働の対価として一律額を基本給とは別枠で支払うという年末年始勤務手当の性格等に照らせば、長期雇用を前提とした正社員に対してのみ、年末年始という最繁忙時期の勤務の労働に対する対価として特別の手当を支払い、同じ年末年始の期間に労働に従事した時給制契約社員に対し、当該手当を全く支払わないことに合理的な理由があるということはできない」(ただし、正社員と同額でなければ不合理である、とまではいえない)。
早出勤務等手当正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒〇・「正社員に対しては勤務シフトに基づいて早朝、夜間の勤務を求め、時給制契約社員に対しては募集や採用の段階で勤務時間帯を特定して採用し、特定した時間の勤務を求めるという点で、両者の間には職務の内容等に違いがあること」・「正社員に対しては、社員間の公平を図るため、早朝勤務等手当を支給するのに対し、時給制契約社員に対して支給しないという相違には、相応の合理性がある」こと・「時給制契約社員については、早朝・夜間割増賃金が支給されている上、時給を高く設定することによって、早出勤務等について賃金体系に別途反映されていること」・「類似の手当の支給に関して時給制契約社員に有利な支給要件も存在すること」
祝日給正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒〇・「祝日に勤務することへの配慮の観点からの割増しについては、正社員と時給制契約社員との間に割増率(100分の35)の差異はないこと」・「正社員に対する祝日給については、正社員は祝日も勤務日とされており、昭和24年以降、祝日に勤務しない常勤職員(当時の国家公務員)にも勤務したものと同額の賃金が支払われていたことや、平成19年の郵政民営化の際、郵政民営化法第173条に基づき、民営化前の労働条件及び処遇に配慮する必要があったこと、国家公務員についても同様の支給形態が採用されていることなどに基づくものであり、正社員の賃金体系に由来する正社員間の公平のために設けられたものであること」・「時給制契約社員については、元々実際に働いた時間数に応じて賃金を支払う形態が採られており、勤務していない祝日にその対価としての給与が支払われる理由がないこと」
夏期年末手当正社員 :支給あり契約社員:支給あり⇒〇・「正社員の計算式においては在職期間に応じた割合(3か月未満であれば0.3)を乗じることとされている一方、時給制契約社員の計算式においては実際の勤務日数に応じた割合(最大1.8)を乗じることとされているなど、計算式自体を異にしており、正社員と比較して、一律に夏期年末手当の計算基礎賃金が3割に減じられていると評価することはできないこと」・「定数0.3という数値自体も、労使交渉の結果に基づいて設定されたものであること」・「正社員と時給制契約社員との間には職務の内容等に相違があること」
住居手当正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒×(不合理)「新一般職に対しては、転居を伴う可能性のある人事異動等が予定されていないにもかかわらず、住居手当が支給されているところ、同じく転居を伴う配置転換等のない時給制契約社員に対して住居手当が全く支給されてないことは、先に述べた人事施策上の合理性等の事情を考慮に入れても、合理的な理由のある相違ということはできない。」(ただし、正社員と同額でなければ不合理であるとまではいえない。)
夏期冬期休暇正社員 :付与あり契約社員:付与なし⇒×(不合理)「夏期冬期休暇は、その時期や日数については、とりわけ職務の内容や繁忙期による影響を受けると考えられるものの、職務の内容等の違いにより、制度としての夏期冬期休暇の有無について差異を設けるべき特段の事情がない限り、時給制契約社員についてだけ、制度として夏期冬期休暇を設けないことは、不合理な相違というべきで」あるところ、本件では「正社員と時給制契約社員とを比較すると、最繁忙期が年末年始の時期であることには差異がなく、他の前判示に係る職務の内容等の相違を考慮しても、取得要件や取得可能な日数等について違いを設けることは別として、時給制契約社員に対してのみ夏期冬期休暇を全く付与しない合理的な理由は見当たらない。」
病気休暇(有給)正社員 :付与あり契約社員:付与なし⇒×(不合理)「病気休暇は、労働者の健康保持のため、私傷病により勤務できなくなった場合に、療養に専念させるための制度であると認められるところ」、「時給制契約社員に対しては、契約更新を重ねて全体としての勤務期間がどれだけ長期間になった場合であっても、有給の病気休暇が全く付与されないことは、前判示に係る職務の内容等の違い等に関する諸事情を考慮しても、合理的理由があるということはできない」(ただし、差異を設けることは不合理、とまではいいきれない。)。
夜間特別勤務手当正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒〇「正社員については、シフト制勤務により早朝、夜間の勤務をさせているのに対し、時給制契約社員については、募集や採用の段階で勤務時間帯を特定した上で雇用契約を締結し、その特定された時間の勤務を求めているという意味で職務内容等に違いがあり、その違いに基づき、正社員についてのみ社員間の公平を図るために夜間特別勤務手当を支給することは、相応の合理性があるといえるから、夜間特別勤務手当における正社員と契約社員間の相違は、不合理なものと認めることはできない」。
郵便外務・内務業務精通手当正社員 :支給あり契約社員:支給なし⇒〇「基礎昇給や加算昇給は、正社員としての職責の履行に対する評価であって、郵便外務・内務業務精通手当の評価対象である郵便外務・内務業務についての精通度とは異なるものであるから、原告が主張するように、職務の広さ及びその習熟度に対するものとして、正社員に対し、基本給における基礎昇給及び加算昇給に加えて同手当が支給されていると認めることはできない。そして、時給制契約社員の資格給で評価される内容は、担当職務である郵便外務事務及び内務事務についての精通度であって、郵便外務・内務精通手当の評価対象と同一であるから、正社員について、基礎昇給及び加算昇給とともに郵便外務・内務業務精通手当を支給し、時給制契約社員について、これを資格給として支給し、郵便業務・内務精通手当を支給しないことをもって不合理なものであるということはできない」

3 損害論

本判決は、労働契約法20条違反について、①「無期契約労働者と同一内容でないことをもって直ちに不合理であると認められる労働条件」と、②「無期契約労働者と同一内容の労働条件ではないことをもって直ちに不合理であるとまでは認められないが、有期契約労働者に対して当該労働条件が全く付与されていないこと、又は付与はされているものの、給付の質及び量の差異の程度が大きいことによって不合理であると認められる労働条件がある」と区別している。

その上で、上記①は「無期契約労働者に対する手当等との差額全額を損害」とすべきであり、上記②は、「有期契約労働者に対して支給されている不合理とされた手当等の額」と、不合理とはならない手当等の額との差額をもって損害とすべきであるとした(もっとも、上記②は、立証の困難性から、民事訴訟法248条に従い相当な損害額を認定するとした。)。

 損害額
年末年始勤務手当旧一般職と新一般職への支給額の8割相当額
住居手当新一般職への支給額の6割相当額
夏期冬期休暇(損害の主張なし)
病気休暇(損害の主張なし)

4 結論

本判決は、上記の検討を経て、年末年始勤務手当、住居手当、夏期冬期休暇、病気休暇について不合理性を認め、Xら3名について、差額分の一定割合につき支払いを認めた。

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【コメント】

本判決は、契約社員の労働条件に関し、Xらの主張する個別の手当ごとに詳細な判断をしており、正社員と契約社員との労働条件の差を検討する上で重要な裁判例です。なお、契約社員に手当の支給がないことを不合理と判断しつつ、正社員と同額の支給でなければいけないとまでは判断していないものもありますので、この点には注意が必要です。

ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件、メトロコマース事件など、同一労働同一賃金に関わる裁判例については、最高裁又は高裁の判断が待たれるところですが、本判決も、今後の上訴審での判断に注目をする必要があります。

②(労務×運送業×管理監督者×営業所所長)営業所所長が管理監督者は該当しないとして残業代請求が一部認容された例(テーエス運輸事件・大阪地判平成29年7月20日)

【判例】

事件名:テーエス運輸事件
判決日:大阪地判平成29年7月20日

【事案の概要】
 運送業を営むY社(被告)の従業員である営業所所長X(原告)が、時間外労働及び休日労働の賃金が未払いであるとして、時間外労働手当及び休日手当の支払い及び付加金の支払いを求めるとともに、Y社が本件訴訟の取下げを強要してきたことが、裁判を受ける権利や人格権を侵害するものであり不法行為に該当するとして、Y社に対し、損害賠償を求めた事案である。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 労働基準法上の管理監督者該当性

(1)判断枠組み

 本判決は、労働基準法上の管理監督者について、「労基法の労働時間等に関する規定は適用されないが、これは、管理監督者は、企業経営や労務管理において、経営者との一体的な立場で活動することが要請され、このような立場ゆえに労働時間等の規制に馴染まない側面を有するためと解される。 また、労基法が過重労働を防止し、法定労働時間を超える労働について割増賃金の支払いを義務付けて労働者の保護を図っていることに照らせば、あえて労基法の保護の対象としなくても保護に欠けることがないこと、すなわち割増賃金の支払いがないことが不当とはいえないような待遇を受けているかどうかも、判断において軽視し得ないというべきである。」とした上で、「管理監督者に該当するかどうかは、

〔1〕企業経営や労務管理において、経営者との一体的な立場で活動する地位や権限を与えられているかどうか、

〔2〕労働時間に関する裁量の有無や労働時間に対する使用者の管理はどの程度のものであるか、

〔3〕どのような待遇を受けているか、

を総合的に衡量して判断するのが相当である。」との一般論を述べた。

(2)本件について

ア 〔1〕経営者との一体性について

「被告では、代表取締役である社長以外に取締役を置いておらず、本社の従業員は4名のみであり、従業員の大半は営業所に配置されて」いた。そして、営業所に配置されている所長、次長(以下、所長と次長を総称して「所長等」ということがある。)、業務係(タンクローリー車の運転手)等のうちの、所長であるXは、「配車を通じて、業務係が日々具体的に従事する業務を割り当てることになるほか、配車の割当においては、各業務係の労働時間の平準化を考慮し、また、日々の点呼を通じて、業務係が正常に運行に従事できる状況にあるかどうかを確認しているのであるから、業務係の日々の労務管理を直接担っている立場にあった」と認められる。

また、Y社では、「所長等は、欠車が発生した場合を除き、タンクローリー車の運転等の業務を行うことはなく、さらには求人も独自に行われることがあったから、労務管理の対象となる業務係とは業務面や採用過程においても明確に峻別されており、この点において、管理者たる地位や被管理者である業務係との相違は、より明確であった」。

他方、「所長等は、被告の経営そのものに直接の影響を与えることができる立場にあるとはいえないうえ、労務管理の内容も、運行管理者としての日々の労務管理の域を超えるものとはいえず、個々の従業員の採用や成績査定、異動に関する権限があるとはいえないから、その権限の範囲が広範ということはできない。」

また、「営業所全体の運営という側面で見ても、地方労使委員会や安全衛生委員会等の個別の営業所に関する事項でも本社の判断を仰がなければならない場面があり、1万円以上の支出には購買申請が必要とされていたのであるから、営業所独自に判断できる事項は相当限定されていた」。
 以上より、「所長等の権限は、労務管理の一端を担っているものの、主として業務係に対する日常的な業務の管理にとどまり、採用や査定、異動に関する権限もあったとはいえないほか、経営に対する関与もほとんどなかったと評価できる」と判断した。

イ 〔2〕労働時間に関する裁量の有無について

本判決は、「所長等については、所長と次長でA勤務とB勤務を協議して決め、本社には事後に報告すれば足りることとなっていたこと、所長等はタイムカードによる労働時間の管理を受けていなかったこと、欠勤や遅刻早退による賃金の減額がなかった」ことから、「所長等については、労働時間の管理は、業務係に比べると緩やかであるものの、出退勤を自己の裁量のみで決めることかできる状態にあったとまではいえない」と判断した。

ウ 〔3〕待遇の程度について

 本判決は、Xが、「所長等として、基本給等として45万円の定額の支給を受けているほか、賞与は年によって異なるものの、年額70万円から140万円の支給を受けて」いたこと等から、所長の拘束時間が長時間に及ぶことは否定できないものの、業務の性質上、その労働密度が高いものとまでは認め難く、「上記の賃金水準が低廉とはいえない」とした。また、「被告においては、業務係は時間外手当が支給されるため、これらを合わせると賃金は相当に高額となり、所長等を上回る者がいる」としても、業務の差異や精神的な負担の大きさの差異があるので、「業務係の賃金が所長等の賃金を超える場合があることをもって、所長等の賃金が低廉と評価することはできない」とした。

これらを踏まえ、「所長等の賃金は、一般的にみてそれなりの水準であるうえ、総額では業務係の賃金を下回る場合もあるものの、業務内容や労働密度の違いを考慮すれば、特に低廉なものとまでは評価できず、割増賃金に関する労基法の適用が排除されても不当とまではいえない」と判断した。

(3)結論

 本判決は、「権限面において相当程度の限定があり、経営者と同視しうるような立場にあるとはいえず、これらを総合的に衡量すれば、労基法上の管理監督者にあたるとまで認めることはできない」と判断した。

2 時間外手当等の支払義務及び額

本判決は、上記1を前提として、Y社に、Xに対する未払割増賃金297万7236円と確定遅延損害金18万2102円(合計315万9338円)の支払いを命じた。

3 不法行為該当性

 本判決は、Y社の社長が、部長や総務課長と共にXを本社に呼び出して、本件訴訟の取り下げを迫り、訴訟資料の裁判所への提出を理由に処分をほのめかし、X代理人に対する非難を加えたこと(本件発言)につき、「被告側の複数の人間で原告を一方的に非難し、その態様も執拗であって、社会通念に照らし、違法というべきである」とした。その上で、損害額については、本件発言が「この時以外にあったとは認められない」こと、従前の経緯に照らせばY社社長がXに「裏切られたと感じること自体は理解できること」、「発言内容は原告と代理人間の信頼関係を破壊しようとするようなものも含まれるが、裁判の取下げ等の結果に至っていないこと等の本件の一切の事情を総合すれば、これら一連の発言による損害は、慰謝料10万円、弁護士費用1万円の範囲で認めるのが相当である」と判断した。

4 結論

 本判決は、Xは労働基準法41条2号の管理監督者には該当しないとして、時間外手当及び休日手当の支払請求を一部認容し、不法行為に基づく損害賠償請求についても一部認容した。

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【コメント】

本判決は、営業所の所長であった従業員Xが未払割増賃金等を請求したという事案において、管理監督者性の判断において考慮される、〔1〕経営者との一体性、〔2〕労働時間に関する裁量の有無、及び〔3〕待遇の程度、のそれぞれにつき、具体的な事情に基づいて検討がなされ、その上で、Xは労基法上の管理監督者には該当しないと判断しております。

会社において、対象従業員が、労基法上の管理監督者に該当せず割増賃金を支払うべき従業員ではないかを再検討する上で、参考となる裁判例といえます。

③(労務×病院×診療情報)診療情報を改ざんした労働者からの退職金請求が一部認容された例(医療法人貴医会事件・大阪地判平成28年12月9日)

【判例】

事件名:医療法人貴医会事件
判決日:大阪地判平成28年12月9日

【事案の概要】
医療法人Yが経営する病院で医療事務に従事していたXが、自己都合退職をした上で退職金の請求をしたところ、Xが診療情報の改ざんをしたとして医療法人YがXを懲戒解雇に処し、退職金の支払いを拒んだことから、Xが医療法人Yに対して退職金等の支払いを求めるとともに、医療法人Yの代表者らから違法な退職勧奨を受けたことを理由に不法行為に基づく損害賠償等の請求をした事案である。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 退職金請求について

(1)退職金不支給の可否

本判決は、医療法人Yによる懲戒解雇の有効性につき、Xが、「〔1〕本件退職届を提出した日の翌々日(平成26年10月29日)の午後以降、労務を提供しなかったこと、〔2〕同年11月8日、被告代表者及びZ10院長に対し、退職の挨拶を内容とする本件各葉書を送付したこと、〔3〕同月14日、本件病院の総務課に健康保険証を返却したことによれば、原告は、本件退職届において確定的に退職する意思を表示していたといえるから、本件退職届は、合意解約の申込みではなく、一方的な解約の申入れ(辞職)であると解するのが相当である」とし、「本件労働契約は、遅くとも本件退職届が提出された日の1か月後である平成26年11月27日までには終了した」ものであるため、「本件懲戒解雇は、既に本件労働契約が終了した後になされたものであるから、法的な効力を有しないと判断した。

 その上で、「退職金規定に定められた支給要件を満たす労働者が退職した場合、使用者は、労働者に対して懲戒解雇をすることができず、懲戒解雇をした場合に退職金を不支給にすることができる旨の退職金規定の定めがあるとしても、この定めを適用して退職金請求権の発生を否定することはできない」が、「当該退職金が賃金の後払い的性格と共に功労報償的性格も有するといえる場合には、労働者においてそれまでの勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったと認められるとき、使用者は、その労働者による退職金請求の全部又は一部が権利の濫用に当たるとして、その支給の全部又は一部を拒むことができる」と判断した。

(2)退職金不支給事由の存否

本判決は、 Xが診療情報の改ざんをした事実を認定した上で、「在職中の勤続の功労を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったか否か」について、Xが「18個に及ぶ本件改ざん行為を行い,これらの改ざん内容は,〔1〕医師が手書きで作成した診療録に基づき,医事課職員によって正しく入力された診療情報を変更したものと〔2〕実際に施行していない診察や処置の情報を新たに入力したものに分かれるが,いずれにせよ,改ざんされた診療情報に基づいて保険請求がなされる危険があり」、証拠によれば、「実際に本件改ざん〔18〕の不正な診療情報に基づき保険請求がなされ,改ざん発覚後,同請求を取り下げたことが認められ」、「本件改ざん行為は,不正な保険請求の危険を生じさせ,その結果,被告の医療機関としての信用を失墜させる危険のある悪質な行為であり,少なくとも本件就業規則69条12号所定の懲戒事由に該当する」ものであり、「診療情報の改ざんが発覚した直後から,改ざんの発見,改ざんの証拠保全,データの復旧,行為者の特定に多大の労力を要したことが認められる」ものと判断した。他方、「実際に本件改ざん〔18〕の不正な診療情報に基づき保険請求がなされたものの,速やかに同請求を取り下げたことにより,被告の信用失墜に至らずに済んだ」ものと判断した。

以上を踏まえ、本判決は、Xの「本件改ざん行為は,懲戒解雇事由に該当する悪質な行為であり,原告が19年余にわたり本件病院に勤務して積み上げてきた功労を減殺するものといえるものの,被告の信用失墜には至らなかったことを考慮すると,原告の功労を全部抹消するほどに重大な事由であるとまではいえ」ず、「本件改ざん行為の性質,態様及び結果その他本件に顕れた一切の事情」に鑑みて、医療法人YはXに対し、「本来の退職金の支給額の2分の1を支給すべきであった」ものであり、Xが医療法人Yに対し、「本来の退職金の支給額の2分の1を超えて退職金を請求することは,権利の濫用として許されない」と判断した。

 

2 不法行為に基づく損害賠償請求

本判決は、Xが主張する、退職強要、証拠のねつ造、名誉毀損について、そのような事実は認められないとして、不法行為に基づく損害賠償請求を棄却した。

3 結論

 本判決は、254万3150円の退職金請求を認容した。

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【コメント】

本判決は、医療事務に従事していた従業員が、診療情報を改ざんしたという事案において、懲戒解雇事由に該当する旨の判断がなされているものの、退職金全額不支給は認められず、本来の退職金の半額を支給すべきであるとされています。従業員による診療情報の改ざんは、病院を経営する医療法人の信用を失墜させるものではありますが、本判決では、診療情報の改ざんによる不正な診療情報に基づく保険請求が速やかに取り下げられた結果、被告の信用失墜には至らなかった点が認定されており、同種事案において退職金の支給の有無及び金額を決めるにあたっての参考になる裁判例といえます。

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