①(労務)警備員の仮眠時間等の労働時間性を肯定し、割増賃金請求をきっかけとした配転命令等は不法行為を構成しないとされた例<判例>(イオンディライトセキュリティ事件・千葉地判平29年5月17日)
【判例】
事件名:イオンディライトセキュリティ事件
判決日:千葉地判平成29年5月17日
【事案の概要】
警備業を主な業務内容とするY社と雇用契約を締結して警備業務に従事していたXが、Y社に対し、仮眠時間、休憩時間、着替え及び朝礼に要した時間の時間外労働割増賃金及び付加金の支払い等を求めるとともに、警備業務から事務業務への配転命令等は不法行為に該当するとして損害賠償の支払い等を求めた事案である。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】
1 仮眠時間及び休憩時間の労働時間該当性
(1)判断枠組み
本判決は、労働基準法上の労働時間について、過去の判例(最一判平成14年2月28日民集56巻2号361頁等)を引用し、「不活動時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」ため、不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきであ」り、「当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である」との一般論を述べた。
(2)本件について
ア 本件仮眠時間1について
本判決は、本件仮眠時間1について、「警備は1名体制であり、警備員は機器類の発報時には即応することが求められて」いること、仮眠場所は「防災センター内の警備員控室」とされており、「仮眠時間中に機器類が作動した場合には、事実上被告の警備員が機器類の誤作動の有無について確認を求めら」れること、「本件仮眠時間1の間も、防災センターを離れることは許されておらず」、「寝巻きに着替えて仮眠をとることもなかった」こと、実際にXが「警備業務に従事していた8か月間に」、Xが「仮眠時間中に緊急対応のため出動したことは少なくとも4回あり」、X以外のY社の警備員が「仮眠時間中に緊急対応のため出動したことも少なくとも1回あったこと」などから、本件仮眠時間1について、「労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報等に対して直ちに相当の対応をすることが義務付けられており、実作業への従事は、その必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないというべきであるから」、「全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる」とし、本件仮眠時間1は労働時間に該当すると判断した。
イ 休憩時間1について
また、休憩時間1についても、本件仮眠時間1と同様に、「機器類の発報等があった場合には即応することが求められていたことが認められ」、X又は他のY社の従業員が「本件休憩時間1の間に緊急対応のため出動したことが皆無であるか又はほとんどなかったとしても、その理由は、本件休憩時間1の長さが30分にすぎないことにあると考えられ」、本件仮眠時間1と本件休憩時間1とでY社のXに対する「義務付けの内容を別異に解すべきことを基礎付ける事情も特に見いだせない」として、本件休憩時間1も労働時間に該当すると判断した。
ウ 本件仮眠時間2及び休憩時間2について
(ア)労働契約に基づく待機及び対応等の義務付けの有無
本判決は、Y社が警備業務に係る業務内容等を記載して警備員に交付していた手帳の記載内容(「休憩時間であっても火災などの突発的な緊急事案の対応が必要となることがある旨」の記載)、Y社における侵入事案対応訓練の内容、「夜間侵入事案発生時に仮眠者を起こさないことが対応不備に当たる旨の指摘を含む書面を発出して警備員に対する注意喚起を図ったりしていた」こと、実際に「発報があった場合及び震度3以上の地震があった場合には、基本的に仮眠者を起こして対応するという運用がとられて」いたことに照らし、Y社は「発報等があった場合には、仮眠時間又は休憩時間中の警備員に対しても、直ちに相当の対応をすることを求めて」おり、仮眠場所である防災センターを離れる際には、「防災センターにいる警備員と防災センターを離れる警備員とが連絡が取れる状態を確保するようにしていた」ことなどから、警備員は、仮眠時間及び休憩時間について、店舗又は「その近辺において事実上待機せざるを得ない状態に置かれていたものというべきである」と認定し、「本件仮眠時間2及び本件休憩時間2の間、労働契約に基づく義務として」、店舗又は「その近辺における待機と発報等に対して直ちに相当の対応をすることが義務付けられていたというべきである」と判断した。
(イ)実質的には義務付けがされていないといえる事情の有無
本判決は、1名の警備員が仮眠中に発報等に対する対応を求められる頻度等についての事実認定をした上で、本件仮眠時間2及び本件休憩時間2について、「警備員が発報等により対応を求められる事態が、一定の頻度で生じていたというべき」であり、「本件仮眠時間2及び本件休憩時間2について、警備員が実作業に従事する必要が生じることが皆無に等しい状況にあったとまでいうことはできない」とした。
(ウ)結論
本判決は、結論として、「本件仮眠時間2及び本件休憩時間2の間は不活動時間も含めて被告の指揮命令下に置かれていたものであるから、本件仮眠時間2及び本件休憩時間2は労基法上の労働時間に当たるものというべきである」と判断した。
2 着替え及び朝礼に要した時間の労働時間該当性
(1)判断枠組み
本判決は、過去の判例(最一判平成12年3月9日民集54巻3号801頁)を引用し、 「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当すると解される」との一般論を示した。
(2)労働時間該当性について
本件について、「始業時刻は午前8時であるが、毎日午前7時35分から事業場内の待機室において朝礼が行われていたこと、警備員は全員制服を着用して朝礼に出席することを義務付けられていたこと、警備員が警備業務を行うに当たっては、制服を着用すべき法律上の義務が課せられており(警備業法16条1項)、被告において就業するに当たっても制服の着用が不可欠であったこと、被告においては、制服を着用しての出退勤が禁止され、制服への更衣は事業場内で行うべきこととされていた」ことから、「朝礼及び着替えに要する時間は、被告の指揮命令下に置かれていたものと評価することができる」として、労働時間に該当するとした。
3 配転命令等の不法行為該当性
(1)判断枠組み
本判決は、最高裁の判例(最二判昭和59年(オ)第1318号同61年7月14日民集148号281頁)を引用し、配転命令等が不法行為に該当するか否かの一般論を示した。
(2)不法行為該当性
(ア)業務上の必要性の有無
本判決は、「原告の勤務態度ないし勤務中の言動についての苦情が寄せられる事態が生じて」おり、「本件配転命令及び本件業務命令の当時、そのような人事管理面及び営業面の不適切な事態を解消するため」、Xを警備業務から異動させる業務上の必要性があったと判断した。
また、原告訴訟代理人が、未払割増賃金を請求した後も「仮眠時間が伴う警備業務に原告を従事させるとすれば、その仮眠時間の労働時間該当性をめぐって、係争額が増大し、紛争が拡大する事態は避けられない」ことから、「本件配転命令及び本件業務命令の当時、そのような事態を防ぐため、仮眠時間が伴う警備業務から事務業務へと原告を異動させる業務上の必要性」があったと判断している。
(イ)不当な動機・目的の有無
本判決は、Xに対する配転命令等の「きっかけの一つが、原告が被告に対し残業代を請求したことであったとしても、係争額が増大し、紛争が拡大する事態を防ぐため、仮眠時間が伴う警備業務から事務業務へと原告を異動させる業務上の必要性があったことは上記のとおりであるから、本件配転命令及び本件業務命令が残業代を請求した原告に対する制裁を目的として行われたものであるとは認められ」ず、「人事管理面及び営業面の不適切な事態を解消するため」の業務上の必要性もあったことを考慮すると、「何らかの不当な動機・目的をもってされたものであると認めることはできない」と判断した。
(ウ)通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無
Xに対する配転命令等により、Xの給料の手取り額が、「16万円ないし25万円程度から13万円ないし14万円程度に減少して」いるが、配転命令等によりXが「時間外労働及び深夜労働の減少という利益を享受していることも併せ考慮すると、時間外手当及び深夜勤務手当を得られなくなることによって原告が被る不利益は、本件配転命令及び本件業務命令による業務内容の変更に伴い反射的に生じるものにとどま」り、「業務上の必要性との比較において、原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであったとまでは評価することができないというべきである」と判断した。
(3)結論
本判決は、Xに対する配転命令等は権利の濫用になるものではなく、不法行為には該当しないものとして、Xの請求を棄却した。
4 結論
本判決は、本件各仮眠時間及び本件各休憩時間は、いずれも労働基準法上の労働時間であり、着替え及び朝礼に要した時間も、労働基準法上の労働時間にあたるとした上で、当該判断に沿ってXの時間外労働の割増賃金請求をほぼ全額認容した。
また、Xに対する配転命令等を理由にした不法行為に基づく損害賠償請求については、これを棄却した。
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【コメント】
本判決の争点は、大きく分けると、①仮眠時間等についての労働時間該当性と②時間外等の割増賃金をきっかけとした配転命令等が不法行為に該当するか否かです。
まず、①については、従前の裁判例に沿った判断がなされており、従前の裁判例を踏襲するものといえます。労働時間に該当するか否かの判断において、詳細な事実認定をしておりますので、使用者側として労働時間に該当するか否かの判断にあたって考慮すべき事項の参考になるといえます。
また、本判決において注目に値するのは、労働契約に基づく待機及び対応等の義務付けが実質的になされていたか否かの判断において、仮に、実際に対応等をすることが皆無又はほとんどない場合であったとしても、本件休憩時間1及び本件休憩時間2のように、その理由が休憩時間が短いことにあり、労働契約において本件仮眠時間1及び本件仮眠時間2における義務付けの内容と別に考えるべき事情がないのであれば、これによって労働時間性が否定されるものではないとしている点です。
次に、②については、従業員側からの割増賃金請求がなされたことにつき、係争額が増大して紛争が拡大する事態を避けることが、警備業務から事務業務への配転命令等を行うについての業務上の必要性として認められると判断されており、注目に値します。
もっとも、本判決では、業務上の必要性として、人事管理面及び営業面の不適切な事態を解消するためにも配転命令等を行う業務上の必要性があったことも認定されており、割増賃金請求の紛争が拡大する事態を避けることのみが唯一の業務上の必要性と判断されているわけではないため、注意が必要です。
②(労務)うつ病を理由に退職した元従業員に対する損害賠償請求が不法行為に該当するとされた例<判例>(プロシード事件・横浜地判平成29年3月30日)
【判例】
事件名:プロシード事件
判決日:横浜地裁平成29年3月30日
【事案の概要】
X社が、元従業員であるYに対し、躁うつ病という虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったことを理由として、不法行為に基づく損害賠償(1270万5144円)等の支払いを求めた(本訴)。これに対し、Yが、X社に対し、反訴として、X社又はX社の代表取締役によるYへの退職妨害、本訴の提起及び準備書面による人格攻撃が、不法行為又は違法な職務執行であるとして、不法行為又は会社法350条に基づく損害賠償(330万円)等の支払いを求めた。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】
1 X社はYに対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するか(本訴)
本判決は、Yの退職につき、「被告は、原告代表者らと退職の話をし始めてから2週間余りを経た平成27年1月7日に不安抑うつ状態と診断されているだけでなく、同年6月20日には希死念慮を訴えてストレス障害により医療保護入院し、平成28年5月2日には双極性感情障害(双極性感情障害は一般的にいう「躁うつ病」のことである。)と診断され、間もなく自殺を図っているのであり、このような事実に照らすと、被告は、原告代表者らと退職の話をし始めた時点で既に不安抑うつ状態にあったものと窺われるところ、不安抑うつ状態にあった者が躁うつ病である旨を述べたとしても、それが虚偽のものであるとはいい難い」と判断し、Yの退職及び業務の引継ぎが行われなかったことなどは不法行為に該当しないとした。
2 YはX社に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するか(反訴)
(1)不当訴訟について
ア 判断枠組み
まず、本判決は、最高裁の判例(最三判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)を引用し、「訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる」との一般論を述べた。
イ 本件について
本判決は、上記枠組みに照らし、「本訴は、被告が虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったという原告主張の被告の不法行為によって原告に生じた1270万5144円の損害賠償を求めるものであるところ」、「原告主張の被告の不法行為があるものと認識したことについては全く根拠がないとまでは断じ得ないとしても」、「原告主張の被告の不法行為によって原告主張の損害は生じ得ない」のであり、「原告主張の被告の不法行為に基づく損害賠償請求権は、事実的、法律的根拠を欠くものというべきであるし、原告主張の被告の不法行為によって原告主張の損害が生じ得ないことは、通常人であれば容易にそのことを知り得たと認めるのが相当」と判断し、Yに対し、Yの月収(約20万円)の5年分以上に相当する「1270万5144円もの大金の賠償を請求することは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」ため、「原告による本訴の提起は、被告に対する違法な行為」であるとした。
(2)退職妨害について
Yは、X社代表者によるパワハラ等の退職妨害を主張したが、本判決は、「原告において、被告が主張するような違法というべき退職妨害行為があったものと認めるに足りる主張立証はない」とした。
(3)人格攻撃について
ア 判断枠組み
本判決はまず、「民事訴訟においては、裁判を受ける権利の行使として自由な主張立証活動が保障されなければならず、その主張立証行為の中に相手の名誉等を損なうような表現が含まれていたとしても、相手を誹謗中傷する目的の下にことさら粗暴な表現を用いた場合など、著しく相当性を欠く場合でない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」との一般論を述べた。
イ 本件について
本判決は、上記判断枠組みに照らし、「「被告が原告を欺くために躁うつ病のふりをしている。」との準備書面の記載は、まさに、被告が躁うつ病であるという虚偽の事実をねつ造して退職し、業務の引継ぎを行わなかったとする、本件訴訟における原告の請求内容そのものであ」り、その他の準備書面の記載は「いささか被告及び被告の母への配慮に欠ける面があるにしても、著しく相当性を欠くものとして被告に対する不法行為を構成するに足る違法性を有するものとはいえない」と判断した。
3 結論
以上の検討から、本判決は、本訴(X社からYへの損害賠償請求)を棄却し、反訴(YからX社への損害賠償請求)を110万円(慰謝料100万円/弁護士費用10万円)の限度で一部認容した。
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【コメント】
本判決は、退職に至るまでの会社と労働者との間のトラブルに起因した訴訟につき、会社の労働者に対する損害賠償請求の訴訟提起自体が不法行為に該当すると判断されており、注目に値します。
退職にあたって必要な業務引継ぎがなされない場合、会社としては、このような業務引継ぎがなされなかったことについて、労働者に一定の責任を負わせたいと考えることもあるかとは思います。もっとも、このような場合に、当該労働者が業務引継ぎをしなかったことが不法行為と言えるか、これによって会社に損害が生じたといえるかという点は、慎重な検討をする必要があるといえます。このような点についての慎重な検討をせずに、労働者に対して責任追及をすることは、本判決のように、訴訟提起自体が不法行為と判断されてしまうリスクがあります。また、本判決のように、会社が労働者に対して訴訟を提起したことによって、労働者の使用者に対する損害賠償請求の反訴提起を引き起こしてしまう可能性があるという意味でも、慎重な検討が必要といえます。
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