メルマガ 2017年7月号

目次

①(労務)特定事業主は(a)業務災害支給処分の取消訴訟の原告適格を有するが、(b)労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法主張はできないとされた例

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【判例】

事件名:医療法人社団X事件
判決日:東京地判平成29年1月31日

【事案の概要】

医療法人社団Xはいわゆるメリット制の適用を受ける,特定事業主だったところ,(あ)Xの開設する病院の勤務医師が脳出血を発症し,業務起因性が認められて休業補償等の支給処分がなされたことにより,(い)前年度よりも増額された保険料額を認定した処分(以下,「認定処分」という。)がなされた。そのため,業務災害支給処分が違法であり,(い)これを前提とする保険料増額の認定処分も違法であると主張し,(い)認定処分の取り消しを求めて行政訴訟を提起した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 認定処分の取消訴訟で業務災害支給処分の違法を主張できるか
(1)特定事業主は(a)業務災害支給処分の取消訴訟の原告適格を有すること
本判決は,(a)労働保険料認定処分の取消訴訟において,特定事業主が同処分の前提とされた(b)業務災害支給処分の違法を主張することができるか否かの判断にあたっては,「特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の適否を争うにつきどのような手続的保障が与えられているかが考慮の対象となるので,その前提として,特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分の取消訴訟において原告適格を有するか否か,すなわち,同処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行訴法9条1項)に当たるか否か」について検討している。

その上で,行訴法9条1項及び2項の一般論を示し,業務災害支給処分により特定事業主の権利若しくは法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれの有無につき,
・基準労災保険率について
・メリット制による改定労災保険率について
を考慮した上で,検討している。

具体的には,「特定事業においては,当該事業につき業務災害が生じたとして業務災害支給処分がされると,当該処分に係る業務災害保険給付等の額の増額に応じて当然にメリット収支率が上昇し,これによって当該特定事業主のメリット増減率も上昇するおそれがあり,これに応じて次々年度の労働保険料が増額されるおそれが生ずる」ため,「特定事業主は,自らの事業に係る業務災害支給処分がされた場合,同処分の名宛人以外の者ではあるものの,同処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあり,他方,同処分がその違法を理由に取り消されれば,当該処分は効力を失い,当該処分に係る特定事業主の次々年度以降の労働保険料の額を算定するに当たって,当該処分に係る業務災害保険給付等の額はその基礎とならず,これに応じた労働保険料の納付義務を免れ得る関係にあるのであるから,特定事業主は,自らの事業に係る業務災害支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり,その取消しによってこれを回復すべき法律上の利益を有する」とした。

以上より,特定事業主たるXに,「自らの事業に係る本件支給処分の取消訴訟の原告適格を有するものであり,かつ,本件支給処分の取消しを求める訴えの利益もある」として,原告適格を認めた。

(2)労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主は(b)同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張できないこと
ア 本判決は,違法性の承継につき実体的関係と手続的保障を考慮するとの一般論を示した上で,(b)労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた(a)業務災害支給処分の違法を主張できるかを検討した。
イ 具体的検討
(ア) 実体的関係
まず,両処分の実体的な関係について,「業務災害支給処分と労働保険料認定処分は,相結合して初めてその効果を発揮するものということはできず,上記各処分が実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分である労働保険料認定処分に留保されている」とは言えないとした。

(イ) 手続的保障
特定事業主の手続的保障については,上記のとおり自らの事業に係る(a)業務災害支給処分の取消訴訟の原告適格を有するとの前提の下,「業務災害支給処分については,その適否を争うための手続的保障が特定事業主にも相応に与えられているものということができ,労働保険料認定処分の取消訴訟において同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張する機会が与えられなければその適否を争うための特定事業主の手続的保障に欠けるところがあるということはできない」とした。

また,一方で,「特定事業主が労働保険料認定処分がされる段階までは争訟の提起という手段を執らないという対応を合理的なものとして容認するのは相当ではな」く,「業務災害支給処分については,その法律効果の早期安定が特に強く要請されるにもかかわらず,仮にその違法を理由に労働保険料認定処分を取り消す判決が確定すると,所轄労基署長により職権で取り消され得ることとなり」,「早期安定の要請(ひいては労働者の保護の要請)を著しく害する結果となる」ため,「公定力ないし不可争力により担保されている先行の処分である業務災害支給処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお同処分の効力を争おうとする者の手続的保障を図るべき特段の事情」はないとした。

 (ウ) 以上の検討から,(a)「特定事業に従事する労働者について業務災害支給処分がされたことを前提として当該事業の特定事業主に対し労働保険料認定処分がされている場合には,業務災害支給処分が取消判決等により取り消されたもの又は無効なものでない限り」,(b)「労働保険料認定処分の取消訴訟において,業務災害支給処分の違法を労働保険料認定処分の取消事由として主張することは許されない」とした。

2 本件認定処分の適法性
 本判決は,「本件支給処分が取消判決等により取り消されたもの又は無効なもののいずれにも当たら」ないなどとして,(b)認定処分は適法であるとした。

3 結論
 以上のとおり,(b)認定処分が適法であることを認定し,本判決は,Xの請求を棄却した。

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【コメント】
労災認定による使用者側の大きなデメリットは,民事訴訟(安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求)において使用者側の民事責任が肯定される方向に傾きやすいという点にあるかと思いますが,本判決の事案で問題となったように,労働保険料の増額という点も労災認定により使用者側に生じる不利益として挙げられます。

本判決は,(b)労働保険料の増額の認定処分を争う場合,(a)業務災害支給処分の違法性を主張することはできないとしておりますので,業務災害支給処分がなされることによって労働保険料の増額がなされると見込まれるような場合,このような労働保険料の増額を回避するために,(a)業務災害支給処分の取消訴訟を提起して,当該取消訴訟の中で業務災害支給処分の違法性を争うほかありません。

そのため,使用者としては,労災認定がなされた場合には労働保険料が増額の認定処分がなされる可能性もあることを踏まえ,労災申請の結果を適時に把握するように努める必要があると考えられます。

なお,民事訴訟との関係でも,労災申請の結果を十分に把握しておくことは,その結果如何にかかわらず,重要であるといえます(業務災害不支給処分がなされているのであれば,民事訴訟においても労災認定の判断に沿った主張をしていくことが考えられますし,支給処分がなされているのであれば,労災認定の判断の不十分な点や事実誤認がある点などについて主張を追加していかなければいけないと考えられます。)。

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【メリット制について】
メリット制とは,「事業場の労働災害の多寡に応じて,一定の範囲内(基本:±40%,例外:±35%,±30%)で労災保険率または労災保険料額を増額させる制度」をいい,「労働災害の多寡は,一定の期間の保険給付(特別支給金を含む)と労災保険料の比率(収支率)で判断」するものとされています。

このようなメリット制の目的は,事業主の「保険料負担の公平性の確保と,労働災害防止努力の一層の促進」にあるものとされています。

(厚生労働省「労災保険のメリット制について」より引用)

②(労務)三六協定が存在しない場合に、固定残業代の定めの効力を否定した例

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【判例】

事件名:無洲事件
判決日:東京地判平成28年5月30日

【事案の概要】

Y社で調理師として就労していたXが,Y社から懲戒解雇された後,Y社に対し,未払いの割増賃金,付加金,違法な長時間労働についての安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償,及び違法な懲戒解雇についての不法行為に基づく損害賠償の各支払いを求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 時間外労働の割増賃金及び付加金
(1)Xの労働時間
本判決は,1暦日の勤務の範囲につき,「労基法第32条第2項の「1日」とは暦日を指すものと解されるところ,確かに,暦日を異にする場合でも,継続した1勤務が2暦日にまたがる場合には,当該勤務は始業時刻の属する日の労働として当該1日の労働とするものと解するのが相当と考えられる場合がある」が,本件においては,「先行するシフトは午前0時に終了し,後行するシフトは午前4時から開始するから,シフトとシフトとの間には4時間の間隔があ」り,当該4時間について,Y社がXに対し「施設内にとどまり,待機するよう指示していたことを認めるに足りる証拠はなく」,「シフトとシフトとの間の時間が,労働から解放された時間であった」ことは争いがなく,「両シフトを併せて2暦日にまたがる1勤務と認めることはできず,各シフトは,それぞれが1暦日における1勤務として,時間外労働等の賃金を計算するのが相当である」とした。

(2)割増賃金の算定基礎となる賃金額
本件では,Xの「本件入社条件確認表には,「基本給 180,000円(8時間相当)」「手当1 70,000円(残業相当分)」と記載されているほか,残業手当として,「1時間1,000円」との記載があ」り,「給与明細書には,基本給及び時間外相当として,それぞれ18万円及び7万円と記載されてい」た。

このうち,固定残業代の定めについて,「本件で三六協定が存在しない以上,少なくとも本件契約のうち1日8時間以上の労働時間を定めた契約部分は無効であるところ,いわゆる固定残業代の定めは,契約上,時間外労働させることができることを前提とする定めであるから,当該前提を欠くときは,その効力は認められない」とした。

また,「労基法所定の割増賃金以上の支払がされている限り,いわゆる固定残業代の定めにより残業代等を支払うこと自体は認められるが,固定残業代が法定の割増賃金を上回るものであるかどうかを確認することができるためには,当該固定残業代の内訳(単価,時間等)が明示されていなければならない」との一般論を述べた上で,「本件契約の賃金のうち残業相当分とされる「7万円」について,本件入社条件確認表上も,給与明細書上も,それが何時間分の時間外労働及び深夜労働等に該当するものとして支払われているのか,その内訳明細は明示されておらず,本件入社確認表記載の残業手当(1時間1000円)との関係も不明である」ことなどから,「本件契約の月額7万円の手当は,時間外労働等に対する支払としての効力を有するものと認めることはできず,労基法所定の1日8時間労働に対する対価として評価するほかはな」く,割増賃金の算定となる賃金に含まれるとした。

(3) 本判決は,既払い分を控除した時間外労働の割増賃金として合計341万8250円(及び遅延損害金)につき,Xの請求を認めた。
また,付加金についても,「本件事案の内容及び性質に鑑み,当裁判所は,被告に対し,同額の付加金全額の支払を命ずることが相当」であるとして,298万7523円の支払いを命じた。

2 安全配慮義務違反
 本判決は,Xの毎月の時間外労働の時間につき,「平成24年8月から平成25年8月までの間,継続して,概ね80時間又はそれ以上となっている」ところ,Y社は,「三六協定を締結することもなく,原告を時間外労働に従事させていた上,上記期間中,被告においてタイムカードの打刻時刻から窺われる原告の労働状況について注意を払い,事実関係を調査し,改善指導を行う等の措置を講じたことを認め」るに足りる主張立証はないとして,Y社に安全配慮義務違反の事実を認めた。

 そして,Xが長時間労働によって心身の不調を来したことについての医学的証拠はないものの,「結果的に原告が具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても,被告は安全配慮義務を怠り,1年余にわたり,原告を心身の不調をきたす危険があるような長時間労働に従事させたのであるから,原告には慰謝料相当額の損害が認められる」として,30万円の限度でXの請求を認めた。

3 懲戒解雇についての不法行為
本件では,Xは食材の仕入れ等につき不実の報告を繰り返していたため,懲戒解雇された。

この点につき,本判決は,「被告の就業規則が周知されていなかったことは争いがないから,本件懲戒解雇は労働者に周知されていない就業規則の定めに基くものとして,効力を有しない」と判断する一方で,「本件懲戒解雇が,その根拠となる就業規則の周知性要件が具備されていなかったという手続的理由により無効と解されるとしても,本件懲戒解雇が直ちに不法行為になるわけではな」いとした。

その上で,Y社が「適切な経営判断を行うためには,食材原価について現場から正確な報告がされることが不可欠であり,この観点からは,原告が不実の報告を繰り返したことは重大な非違行為と評価されてもやむを得ない」ため,「本件懲戒解雇は,無効ではあっても,原告に対する関係で,不法行為を構成するような違法性がある行為であるとまでは認めることはできない」として,懲戒解雇が不法行為であることを前提とするXの請求は,棄却された。

4 結論
本判決は,上記の検討を経て,割増賃金,付加金,及び安全配慮義務違反の慰謝料(合計約670万円)につき,Xの請求を認めた。

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【コメント】
本判決は、固定残業代を無効と判断した理由のひとつとして、三六協定が締結されていないことを挙げております。

X社事件(東京高判平成28年1月27日)(当事務所メルマガ2017年2月号参照)では、固定残業代と三六協定との関係について、固定残業代の対象となる時間外労働時間数が、三六協定における限度基準である月45時間を超える場合であっても、そのことによって直ちに固定残業代が無効となるものではないとの判断がなされております。このように、X社事件は、三六協定が締結されていることを前提に、その上限時間と固定残業代の有効性との関係が問題となった事案ですので、そもそも三六協定の締結すらなされていない本事案とは、事案が異なるものといえます。

本判決は、三六協定が締結されていない場合には、一日8時間を超える労働を内容とする雇用契約自体が無効であるから、一日8時間を超える分の固定残業代の定めについても無効であると判断をしているものです。

三六協定の締結をすべきであることは、労基法を遵守するという意味で当然に必要なものですが、三六協定の締結がなされていないことが固定残業代の有効性にも影響するという意味で、注目すべき判決といえます。

③(労務)弁当チェーン等を営む会社で、店長の地位にあった元従業員が、管理監督者(労基法41条2号)に該当しないとされた例

退や遅刻に関する規定を適用されず,また,ワークスケジュール表の作成権限を有していたものの,実態としては,調理・販売業務を行うクルーが,他店に応援を要請するなどしても不足する場合は,店長自身がクルーと同様の調理・販売業務を担当することが求められており」,Xの場合には,「ほぼ連日にわたり,シフトイン(引用者注:店長自身が調理・販売業務を行うこと)をする必要があ」ったと認定した。そして,「規定上は勤務時間につき自由裁量が認められていたものの,実態とすれば,クルーが不足する場合にその業務に自ら従事しなければならないことにより長時間労働を余儀なくされており,実際には労働時間に関する裁量は限定的なものであり,また,クルーと同様の調理・販売業務に従事する時間が労働時間の相当部分を占めているなど,勤務態様も,労働時間等に対する規制になじまないようなものであったとはいい難い。」と判断している。

ウ 賃金等の待遇について
本判決は,「店長は店舗管理手当の支給を受けることとなっており,店舗管理手当の水準のみを見れば,副本部長や部長・室長,部長代理等といった職位の者が受ける役職手当に匹敵する。」と指摘しつつ,Y社において「給与水準を決定するものは,年齢給,勤続給,職能給,資格給等の各人の年齢,勤続年数,職務経験及び勤務成績等によって異なるものもその要素となっているのであり,店舗管理手当のみに着目して管理監督者にふさわしい待遇か否かを判断することは相当でない。」と判断した。そして,Xの「年収は474万4141円であり」,Y社の「社員の平均年収は528万4000円であり」,「管理監督者ではない社員を含めた全体の平均年収を下回っている」と認定した。また,「本件請求期間の約2年間において,月300時間を超過する実労働時間となっている月が13回に及んでいるような勤務実態があったことをも考慮すれば,厳格な労働時間の規制をしなくとも,その保護に欠けるところがないといえるほどの優遇措置が講じられていたものと認めることは困難である。」と判断した。

(3)結論
以上のことから,本判決は,Xは,「その職務内容,責任と権限,勤務態様及び賃金等の待遇などの実態からすれば,労働時間,休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有するとも,現実の勤務態様が労働時間等の規制になじまないような立場にあるともいえないから,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者,すなわち管理監督者に該当するとは認められない。」と判断した。

2 付加金(上記(3)の論点)
本判決は,Y社は,「労基法37条の定める時間外割増賃金及び休日割増賃金の支払義務を怠っているものといえるが,当事者双方の主張内容や事実関係,その後の訴訟経過に照らせば,被告に対し,付加金という制裁を課すことが相当とはいえない。」として,付加金を命じないとの判断をした。

3 14.6%か6%か:賃確法6条2項,同法施行規則6条4号の「合理的な理由」(上記(5)の論点)
本判決は,14.6%の利率に関し,賃確法6条1項が適用されない場合を定めた「同法施行規則6条は厚生労働省令で定める遅延利息に係るやむを得ない事由を列挙し,天災地変(1号)のほか,支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し,合理的な理由により,裁判所又は労働委員会で争っていること(4号),その他前各号に掲げる事由に準ずる事由(5号)を規定している。」と指摘した上で,「本件では,原告の時間外労働の割増賃金支払義務の前提問題として,原告の管理監督者該当性が主要な争点として争われているところ,この点に関する当事者双方の主張内容や事実関係のほか,栃木労基署は被告に対し是正勧告を行ったものの,被告から管理監督者に該当する旨の報告書が提出されて以降特段の手続が取られていないことなどに照らせば,被告が原告の割増賃金の支払義務を争うことには合理的な理由がないとはいえない」として,遅延損害金については,商事法定利率(6%)によるべきと判断した。

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【コメント】
全国チェーン店の店長の管理監督者性については,マクドナルド事件(東京地裁平成20年1月28日労判953号10頁)が有名です。マクドナルド事件は,店長の管理監督者性を否定する一つの理由として,店長の職務,権限が店舗内の事項に限られており,企業全体としての経営方針等の決定やその過程に関与しているとは評価できないことを挙げていると考えられます。

本判決は,店長の職務,権限について,店舗内の事項についても限定的であったとの判断をしており,マクドナルド事件に比べても店長の職務,権限の幅が狭く,経営に関わる重要な事項への関与がないとして,管理監督者性を否定したと考えられます。

なお,一般論として,管理監督者性の判断について,その要件として,企業全体の運営の関与まで求めるべきでなく,担当する重要な組織部分について経営者に代わって管理を行い,その管理を通して経営に参画することで足りると考える見解があります。近時の裁判例の中には,職務内容が,ある部門全体の統括的な立場にあることを判断要素としているものもあります。当職らも,実務的には,このような考え方が妥当すべきであると考えます。

なお,小売業,飲食業等のチェーン店の店長については,いわゆる「名ばかり管理職」として,実態は十分な権限や待遇等が与えられていないにもかかわらず,管理監督者として取扱われている事案が多く,特別に通達も出されています(平成20年9月9日基発0909001号)。ただし,この通達は,該当すれば管理監督者性が否定される要素を示したもので,これらの要素に該当しなければ管理監督者に該当するとの反対解釈は許されないとされています(平成20年10月3日基監発1003001号)。

最後に,本判決については,賃確法の適用に関し,労基署の是正勧告に対する報告書を提出した後に特段の手続がなかったことを考慮していること等も注目に値します。

④民法改正(その2)労務1-雇用1

改正される民法のうち,今回は「雇用」についてご紹介します。

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【改正のポイント】
雇用についての改正のポイントは,
(1)履行割合に応じた報酬請求権が認められたこと(新設条項)
(2)<期間の定めのある雇用の解除>(現行民法626条):労働者からの解約申入れ期間が2週間に短縮されたこと(修正条項)
(3)<期間の定めのない雇用の解約の申入れ>(現行民法627条):期間によって報酬を定めた場合の使用者の解約申し入れ時期が明記されたこと(修正条項)
です。

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【(1)履行割合に応じた報酬請求権が認められる場合について】
改正民法624条の2は,労働者が,既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる旨を規定しました。
改正民法624条の2
「労働者は,次に掲げる場合には,既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき。
二 雇用が履行の中途で終了したとき。」

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【コメント】
改正民法は,雇用が期間の途中で終了した場合等における割合に応じた報酬請求を認める旨の規定を新設しています。

1 割合的報酬請求権の明確化(改正前民法の運用と実質的には同じ)
改正前民法では,雇用契約における,期間途中で労務の履行が終了した場合の割合的報酬請求権について,明示的な規定がありませんでした。
もっとも,改正前においても,
(ア)「使用者の責に帰することができない事由によって労働に従事することができなくなった場合(改正民法624条の2の1号に対応)」は改正前民法536条2項の適用により,
(イ)「雇用が履行の中途で終了したとき(改正民法624条の2の2号に対応)」については雇用契約の性質の解釈により,
それぞれ,労務の履行が終了した割合で労働者が報酬請求権を有することが,判例及び学説上認められていました。改正民法は,この運用を法律上明確化したものですので,この改正による実務への影響は大きくないと考えられます。

2 賞与の支給日在籍要件との関係
「既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる」との労働者の権利を明確に定めたことが,賞与について支給日在籍要件を設ける就業規則を有効とする判例に影響を与えるのではないか,という懸念も示されています(ただし,民法改正の中間試案の補足説明では,この影響はないと説明されています。)。

3 労働者の労務提供が不可能になったことについて使用者側に帰責事由がある場合について
使用者による雇用契約の終了(解雇,雇止め等)が無効である場合など,労働者の労務提供が不可能になったことについて使用者側に帰責事由がある場合には,従来の判例通り,改正民法536条2項により報酬請求をすることができるものと考えられています。

次回は,
(2)<期間の定めのある雇用の解除>(現行民法626条):労働者からの解約申入れ期間が2週間に短縮されたこと(修正条項)

について解説します。

⑤☆メルマガ限定記事☆無期転換権に関する使用者側の対応(その1)

JILPTより、「改正労働契約法とその特例への対応状況及び多様な正社員の活用状況に関する調査」結果が発表されました。同調査は改正労働契約法の施行から3年半経過した2016年10月に行われたものです。

今回は、その中から、無期転換ルールへの企業の対応状況・方針についてご紹介します。

詳細は、下記出典元資料56頁以下をご参照ください。

フルタイム契約労働者あるいはパートタイム契約労働者を雇用している企業を対象に、有期契約を反復更新して通算5年を超えた場合に、無期転換ルール(労契法18条)にどのような対応を検討しているか尋ねた結果は、以下のとおりです。

<選択肢>
(ア)有期契約が更新を含めて通算5年を超えないように運用していく
(イ)通算5年を超える有期契約労働者から、申込みがなされた段階で無期契約に切り換えていく
(ウ)有期契約労働者の適性を見ながら、5年を超える前に無期契約にしていく
(エ)雇入れの段階から無期契約にする(有期契約での雇入れは行わないようにする)
(オ)有期契約労働者を、派遣労働者や請負に切り換えていく
(カ)対応方針は未定・分からない
(キ)無回答

<回答結果>

フルタイムパートタイム
(ア)7.8%6.8%
(イ)29.1%35.0%
(ウ)27.7%19.1%
(エ)3.8%5.1%
(オ)0.3%0.3%
(カ)29.2%0.3%
(キ)2.1%2.1%

また、「別段の定め」の活用意向については、同資料の61頁以下をご参照ください。

出典はこちら
JILPT調査シリーズNo.171(2017年6月)「改正労働契約法とその特例への対応状況及び多様な正社員の活用状況に関する調査」結果
http://www.jil.go.jp/institute/research/2017/171.html

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