第1 残業代請求が届いた経営者の方へ
突然届いた残業代請求の内容証明郵便などの書面(以下、「請求書面」といいます。)に対し、経営者の皆様は、驚きと不安を感じられていることと存じます。
退職した労働者の場合、「今までお世話になりました」と感謝を述べて退職したにもかかわらず、その退職の次の日に、労働者側の代理人弁護士から内容証明郵便が届くというケースも珍しくありません。多くは退職した労働者からの請求が多いですが、在職中の労働者から請求を受けることもあります。いずれにせよ、他の労働者への波及効果やレピュテーションリスクなども考慮しながら対応を検討する必要があります。 また、請求書面には、請求金額が記載されていることが通常ですが、その金額は数百万円から1000万円を超えることもあります。仮に、(元)従業員が5名で一緒になって各自300万の残業代請求をした場合には、その請求額の合計は、5人×300万円=1500万円となり、予想外の請求となることも考えられます。

訴訟になれば、いわゆる付加金が請求され、1500万円×2=3,000万円の請求にもなり得ます。これらに加え、遅延損害金も年3%の請求がされ得ますので、合計すると、会社経営を揺るがす金額になることもあります。
加えて、中小企業の場合には、”キャッシュがない”ということもあり得ます。
経営者の皆様の中には、適正に労務管理をしていたという認識かもしれません。
しかし、労働基準法をはじめとする労働法は、労働時間該当性や固定残業代の有効性など、判断が難しい論点が多くありますので、以下で解説するとおり、請求内容の当否を分析した上で、適切に対応をすることが重要になります。
そこで、以下では、残業代請求の内容証明郵便が届いた時に、経営者として、冷静に対応するためのポイントを解説します。
第2 残業代請求の書面が届いた際にしてはならないこと
残業代請求の書面が届いた際にしてはならないことは、2つあり、それは、
㋐届いた請求書を放置すること、
㋑自身の自己流で対応してしまうこと、
です。
㋐請求書を放置すること
請求書を放置した場合、労働者側弁護士は、❶法的手続き、❷労基署、❸事実の公表などの対応を取ることが考えられます。労働者側弁護士が内容証明を送付している場合、そのまま請求を断念するケースはほとんど想定されませんので、「こんな請求認められない」として、放置することは、問題の先送りにすることを意味しており、問題が大きくなってしまうことにないことに注意するべきです。(なお万が一、裁判所から届いた訴状を放置した場合、先方の請求を認容する判決が言い渡されてしまいますので、特に注意が必要です。この場合、銀行預金の債権などが差し押さえられた上で、強制執行されることになり得ます。)
まず、❶法的手続きについて、労働者側弁護士が、裁判所に対して、労働訴訟の訴え提起または労働審判手続の申立てをすることになります。そうすると、対応が後手になる結果、話し合いでの解決が困難になりますし、解決水準も早期に解決するよりも高くなってしまう可能性があります。また、請求に対して、無視をする不誠実な会社であるという指摘を受けてしまう可能性もあります。



加えて、労働訴訟や労働審判手続の途中に、労働者が1名、また1名と次々に増える可能性もあります。
次に、❷労基署について、労働者側弁護士または労働者本人が、労働基準監督署に対して、未払い賃金がある旨の申告をする可能性もあります。この場合、労働基準監督署から貴社に対して、臨検監督がなされることになり、場合によっては当該退職労働者との関係ではなく、全従業員との関係で、未払い賃金の支払いをするよう是正勧告が出される可能性もあります。
さらに、❸事実の公表などについて、当該労働者が労働組合員の場合、労働組合と協力して、貴社に未払い残業代があることを、SNSその他の方法で、公表する可能性があります。この場合、貴社が従業員との間で、労働トラブルが発生していることが、世間に知れ渡ることになり、レピュテーションリスクが生じる可能性もあります。



人材不足の場合、貴社にとって、採用活動が極めて困難にもなり得ます。
以上のとおり、対応を放置した場合には、上記のリスクがあることを認識するべきです。
㋑自身の自己流で対応してしまうこと
内容証明が届いた際にしてはならないことは、法的知識がない状態で、自己流で交渉を行うことです。例えば、賃金の時効は3年ですが、このことを知らないうちに、先方弁護士の言うとおりに、(債務の存在を認めた交渉などにより)時効の援用を放棄してしまったり、知らないうちに3年分以上の未払い残業代を支払わざるを得なくなってしまったりすることもあり得ます。労働者側弁護士の依頼主は、あくまでも、労働者ですので、労働者側代理人は、法制度の枠内で、労働者にとって有利になるよう活動を行いますので、交渉過程における発言の中に、貴社にとって不利な内容が含まれている可能性を念頭におく必要があります。
したがって、法的な交渉を行うためには、労働者側弁護士と同等及びそれ以上の法的知識を持っていないと、交渉が不利になってしまう可能性があることを理解する必要があります。
では、上記リスクを回避しつつ、対応をしていく場合、どのような観点から、請求書面の内容を確認/分析しつつ、対応をしていくべきでしょうか。
この点について、以下、解説します。
第3 請求書面の確認/分析ポイント
労働者側から届いた請求書面を検討する際の確認ポイントと解説は、次のとおりです。
1.請求金額の確認
通常、請求書の最後に、請求金額が書かれていますので、該当箇所を見て、請求金額のボリュームを確認します。必ずしも請求金額がそのまま認められるとは限りませんが、労働者側がどの位のボリュームで請求を考えているかを把握することで、今後の反論の内容、交渉方針にも影響してきます。
2.(資料開示請求の場合、その対象)
労働者の手元には残業代を計算するための資料がないことも多いため、未払い残業代があるかどうかも含め、具体的な請求をする前に、資料の開示請求をしてくることもあります。この場合、残業代計算のために必要な資料を開示することになりますが、先方が要求している資料が本件とどこまで関連する資料かを検討し、必要な資料の開示の有無及びその範囲を検討していくことになります。
3.時効期間の確認(請求期間はいつからいつか)
現状、時効期間は3年となっていますので、請求対象のうち、時効期間が経過している部分がないかを確認の上、時効期間が経過している部分については、時効援用の主張をすることを検討します。
4.回答期限はいつか
先方が設定している回答期限までに、回答をしない場合、訴訟提起その他の手段を講じる可能性がありますので、いつまでに回答を求められているかを確認します。もっとも、回答期限は、先方が一方的に設定したものではあるため、これを遵守する法的義務まではありませんが、当該期限までに回答することが難しい場合には、その旨連絡をするのが穏当な対応です。
5.今後、何を予告・警告しているか
先方の要求に応じない場合、どのような手段を考えているかを文面上の記載から推測します。例えば、裁判手続き(労働審判、訴訟)、労基署への申告その他が考えられます。



労働者の性格や、代理人弁護士の姿勢、その所属法律事務所のスタイルなどから、ある程度推測できる場合もあります。
6.作成名義は誰か
弁護士名義か本人名義かを確認します。弁護士名義の場合、通常、本人に対する連絡はせずに弁護士宛に連絡をする記載されていますので、本人に対して直接連絡することは控えるべきです。時々、「本人に話せばわかってもらえる」と考える経営者の方もいますが、このような対応は、より問題を大きくしかねないものといえます。



なお、請求者である労働者の性格や置かれた状況も、交渉に大きな影響を及ぼしますので、当然ですが、確認すべきです。
7.作成日付、受領日はいつか
回答期限について、「本書面到達時からX日以内」という設定をしている場合がありますので、対応を放置しないという意味も含めて、しっかりとスケジュール管理をする必要があります。
8.主張の適否の検討
請求内容につき、事実関係に相違あるか、その主張に法的根拠はあるかについて、検討していきます。請求内容の当否を検討する場合には、労働法をはじめとする専門的知識が必要になりますので、専門性の高い使用者側の弁護士に相談しながら、進めていくことを推奨します。
動画解説
本記事に関連する動画解説を希望される方は、下記YouTubeをご視聴下さい。
補足:参考情報
1、今後、新しい情報が入れば、アップデートしたいと思っています。
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