【注目の裁判例】<日本郵便事件(東京)、東京地判令和6年5月30日>
弁護士田村裕一郎です。
今回は、正社員の病気休暇(有給)90日に対し、有期社員(一定の要件充足に限る)の病気休暇(有給)を10日とした場合に、同一労働同一賃金に違反するか、について、<日本郵便事件(東京)、東京地判令和6年5月30日>を前提として、記事を書きました。
★同一労働同一賃金の観点から考えた時に、正社員の病気休暇(有給)90日に対し、有期社員(一定の要件充足に限る)の病気休暇(有給)を10日とすることは、適法か?を、企業側の立場から、弁護士が解説します。同一労働同一賃金ガイドラインを読んでも、必ずしも判然としない論点ですので、ぜひご視聴下さい。【vol.116_2024年10月号メルマガ_No.53<後編>】
★結論としては、「(現時点では原則として) 適法」、というものです。
よりわかりやすい情報を取得したい方は、本記事のみならず、YouTube動画も、ご視聴下さい。
同一労働同一賃金の違反を回避する方法は?
同一労働同一賃金の違反を回避するために、❶正社員の待遇を不利益に変更する方法があり、これは可能です。
なぜ可能か?という点を説明すると、同一労働同一賃金は、(ざっくりとした言い方をすれば)「正社員」との待遇差が問題となります。そのため、正社員の待遇が不利益になれば、具体的には、正社員の病気休暇(有給)が廃止されれば、それにより、「比較対象となる病気休暇(有給)が「なし」になる」ため、同一労働同一賃金の違反にはならないから、です。
もっとも、有期社員との関係で同一労働同一賃金の問題を解決したとしても、正社員の病気休暇(有給)を廃止すれば、正社員にとって不利益変更になります。そのため、企業としては、労働条件の不利益変更の問題をクリアしなければなりません(労働条件の不利益変更についての動画解説は、こちらです。【就業規則の変更】手当廃止は可能?企業は注意!同一労働同一賃金への対応のための就業規則の不利益変更【弁護士解説】)。
もっとも、本記事では、➋有期社員に対し、有給の病気休暇を付与する形で、同一労働同一賃金に違反しないようにする方法を解説します。
有期社員の病気休暇は、㋐有給か無給か、㋑(有給の場合)日数の差は、どの程度か、の二段階で考えるべき
同一労働同一賃金ガイドラインには、病気休暇についての記載がありますが(本記事の最下段参照)、その内容は判然としません。そのため、有期社員の病気休暇は、㋐有給か無給か、㋑(有給の場合)日数の差は、どの程度か、で考えるべきです。
有期社員の病気休暇は、㋐有給か無給か、
この点については、有期社員については、「相応に継続的な勤務が見込まれるか」否かにより、区別すべきと考えます。具体的には、
★正社員に対し、有給の病気休暇が付与されている場合、
⑴有期社員につき、「相応に継続的な勤務が見込まれる」場合には、有期社員にも、有給の病気休暇を付与します。
⑵有期社員につき、「相応に継続的な勤務が見込まれる」といえない場合には、有期社員に、有給の病気休暇を付与しない、という整理です。
上記の考え方は、日本郵便事件(東京)<最高裁判決 令和2年10月15日>に基づく考え方です。
この時、「相応に継続的な勤務が見込まれる」場合は、何年くらいを意味するのか?
という疑問が生じます。
この点に関しては、様々な考え方がありますが、例えば、「通算契約期間が5年を超えるか否か」という考え方も、有力な考えといえます(関連する参考情報として、<日本郵便事件(東京)、東京地判令和6年5月30日>参照)。
もしこの考え方を採用する場合には、有期社員の場合、通算契約期間が5年超の場合に、有給の病気休暇を付与することになりそうです。
有期社員の病気休暇は、㋑(有給の場合)日数の差は、どの程度か❶
この点について、明確な基準は、ありません。
もっとも、<日本郵便事件(東京)、東京地判令和6年5月30日>では、正社員に対し、90日の有給の病気休暇を付与し、有期社員(一定の条件を充足した場合に限る)に10日の有給の病気休暇を付与した事案において、使用者勝訴としています。
そのため、日数差については、上記裁判例を参考にして、「平均在職期間」などを加味しつつ、各企業において決めるべきです(詳細は下記)。
有期社員の病気休暇は、㋑(有給の場合)日数の差は、どの程度か➋【裁判例】
上述の裁判例の判旨としては、次のとおりです。
被告において、私傷病により勤務することができなくなった郵便の業務を担当する正社員に対して有給の病気休暇が与えられているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。
しかるに、時給制契約社員の契約期間は6か月であって期間満了時に労働契約を更新しなければ雇用関係が終了することが前提とされており、平成30年度に退職した時給制契約社員約3万8000人のうち7割程度にあたる約2万6000人が勤続3年以内に退職していること(乙24)、3年を超えて勤続する正社員の平均在職期間は約29年であるのに対し、アソシエイト社員の平均在職期間は約10年であり(甲48)、無期契約となったアソシエイト社員でさえ、正社員の平均在職期間にも差があること等に照らせば、
正社員と時給制契約社員とでは、被告において、継続的な勤務への期待の程度には大きな相違がある。
このような相違を踏まえれば、無期転換をしてアソシエイト社員となった前後を問わず、時給制契約社員について、少なくとも引き続き90日間の有給の病気休暇が取得できる正社員との間で、1年度につき10日を超える有給の病気休暇を与えなければ、その日数の相違が不合理であるとは直ちに評価することはできない。
よって、原告Bらの1年度につき10日を超える部分についての病気休暇に関する損害賠償請求は理由がない。
上記水色下線、及び緑色下線記載のとおり、退職時期や割合、平均在職期間などが加味されていますので、こういった事情を各企業ごとに分析し、有給の病気休暇の日数差を判断すべきです。
企業はどうすべきか
この点については、上述のとおりですが、動画での説明を希望される方は、Youtube動画をご視聴下さい。
注目すべき点:有給の病気休暇の日数差についての判断の意味は大きい
本事件で注目すべき点は、当然のことですが、有給の病気休暇の日数差についての裁判所の判断が示された点です。
企業としては、実務上、どの程度であれば、同一労働同一賃金に違反しないのか?と悩ましい論点です。
地裁判断ですので、今後どのようになるかわかりませんが、実務的には、日本郵便事件(東京)において企業が採用した考え方を使う会社は広がっていく可能性があると予想しています。
使用者側に有利な裁判例ですので、使用者側としては看過できない重要な判決といえます。
動画解説
本記事について動画解説を希望される方は、下記YouTubeをご視聴下さい。
同一労働同一賃金ガイドライン
(4)病気休職
短時間労働者(有期雇用労働者である場合を除く。)には、通常の労働者と同一の病気休職の取得を認めなければならない。また、有期雇用労働者にも、労働契約が終了するまでの期間を踏まえて、病気休職の取得を認めなければならない。
(問題とならない例)
A社においては、労働契約の期間が1年である有期雇用労働者であるXについて、病気休職の期間は労働契約の期間が終了する日までとしている。
(5)法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く。)であって、勤続期間に応じて取得を認めているもの
法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く。)であって、勤続期間に応じて取得を認めているものについて、通常の労働者と同一の勤続期間である短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く。)を付与しなければならない。なお、期間の定めのある労働契約を更新している場合には、当初の労働契約の開始時から通算して勤続期間を評価することを要する。
(問題とならない例)
A社においては、長期勤続者を対象とするリフレッシュ休暇について、業務に従事した時間全体を通じた貢献に対する報償という趣旨で付与していることから、通常の労働者であるXに対しては、勤続 10 年で3日、20 年で5日、30 年で7日の休暇を付与しており、短時間労働者であるYに対しては、所定労働時間に比例した日数を付与している。
補足:参考情報
1、日経新聞にて、(上記とは異なる論点ですが)上記裁判例に関する記事が掲載されました。ご興味のある方は、こちらをクリック下さい。
2、<日本郵便事件(東京)、東京地判令和6年5月30日>では、使用者勝訴です。但し、上記1の新聞情報によると、控訴中とのことです。
3、今後、新しい情報が入れば、アップデートしたいと思っています。
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