①出勤命令とバックペイ(その3)
1 配転命令撤回後,出勤命令を出したが,賃金の支払を免れず,約550万円の支払が命じられた裁判例
配転命令を労働者が拒否したケースにおいて,会社が配転命令を撤回し,出勤命令を発令し,誓約書を提出したにもかかわらず,その後の労働者が出勤しなかった期間についても,民法536条2項の適用を認め,賃金支払い義務を認めた裁判例について,ご紹介します。
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【判例】
事件名:ナカヤマ事件
判決日:福井地判平成28年1月15日
【事案の概要】
建物リフォームの企画,立案及び施工等を業として,全国規模で支店展開をしている被告において,原告は,営業部渉外課「M社員」という階級で配属されていた。被告は,「M社員」を対象とする月間受注ノルマを達成できなかった従業員に対しては,被告の側で決定する支店に異動させるか,又は雇用条件を変更する(例えば,「M社員」よりも固定給が月額約10万円低い「S社員」等へ変更する。)という措置を取る,といった内容の賞罰規定を定めた。
原告は,ノルマを達成することができず,「S社員」等への契約に変更することを申請する旨が記載された雇用契約内容変更申請書への署名を繰り返し求められたが拒否しており,被告の長野支店への異動を命じられた。原告は,福井支店に出勤すると,長野支店に行くか,退職するかのいずれかであるなどと通告され,以後出勤していない。
被告の訴訟代理人は,本件訴訟係属中に,次のとおり記載した出勤命令を発令した。
「株式会社ナカヤマは,貴殿に対し,福井支店から長野支店への配置転換辞令を発令し,同辞令に基づき,長野支店への出勤を求めてきましたが,貴殿の希望を考慮し,これを撤回します。ついては,平成26年8月22日より,福井支店への出勤を命じます。同日の午前9時に必ず同支店へ出勤してください。」
これに対し,原告の訴訟代理人は,本件配転命令の有効性についての被告の判断が明確になっていないこと,未払賃金等の扱いについて被告側から提案がされていないことからすると,原被告間の労働契約における信頼関係が確立されていない上,原告が出勤した場合の業務内容,労働条件が明示されておらず,時間外労働賃金の支払がされる保証もなく,一旦福井支店に配属された後,再び不当に配転されることはないという保証もないとして,出勤命令に応じない旨回答した。
被告訴訟代理人は,その後も,「時間外賃金,従前の配転命令の効力は,現在裁判所で審理中の事柄ですから,このことを理由に貴殿が株式会社ナカヤマの出勤命令を拒否することはできません。直ちに出勤を開始してください。」等を記載した出勤命令を発令したが,原告訴訟代理人は,出勤命令に応じない旨回答した。
被告訴訟代理人は,次のような記載を含む出勤命令を発令した。
「貴殿が問題にしている配転命令に関しては,弊社は貴殿の希望を受入れて,これを撤回しました。また,時間外賃金に関しては貴殿との間で見解の相違から現在係争中でありますが,弊社は裁判所の最終的な判断に従う方針であります。」
これに対し,原告訴訟代理人は,出勤命令に応じない旨に加えて,本件訴訟における被告の対応からすると,本件配転命令の違法性を認め,真摯に反省した上でそれを撤回したとは受け止められず,したがって,原告が出勤すれば報復目的による配転命令等の不当な処遇を受ける可能性が高いと判断されること,時間外労働賃金について,被告が裁判所の最終的な判断がされるまで支払う意思がない旨表明していることからすると,原被告間の労働契約における信頼関係が確立されているとは認識していない旨を回答した。
被告は,その後,福井簡易裁判所において,原告に対し,福井支店に速やかに出勤することを求める民事調停を申し立てたが,原告は出頭せず,調停は不成立により終了した。
被告は,次のとおり記載された代表者名義の誓約書を提出した。
「貴殿が弊社に復職,精勤した場合には,従前の地位(M社員)での復職を認め,不当な配転命令を発令しません。また,同氏の同労働時間を適切に把握するために,毎日出退勤時刻を明記した労働日報の提出を求めるともに,時間外賃金も適法に支払うことを誓約いたします。」
しかし,原告は,被告との労働契約における信頼関係が確立しているとはいえないとして,出勤を拒否した。
原告は,本件配転命令は無効であり,原告が出勤していないのは被告の責めに帰すべき事由によるものとして,未払賃金等の支払を求めた。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。一部省略し,下線部は適宜追記しております。)】
本判決は,「本件賞罰規定は,原告ら「M社員」に対し,地域的特性も考慮することなく,困難な売上高の達成を求めるものである一方で,それが1か月でも達成できなかった場合には,直ちに,固定給を月額10万円減額するか,被告の決定する他の支店に異動させるという制裁を課すものであ」るなどの事実からすると,「本件賞罰規定による制裁」は,「その発令要件との関係で過酷にすぎ,著しく不合理である」とし,また,「制裁対象となった原告に対し,自主的な降格又は退職のみを勧め,原告がこれらのいずれにも応じずにいたところ,突如として本件賞罰規定に基づいて本件配転命令を発令し,これに応じない原告に対して,やはり自主退職を促したというのであって,本件配転命令の根拠となった本件賞罰規定の目的は,専ら固定給の高い「M社員」を減らすという点にのみあったと認められる」とした。さらに,「原告は,本件配転命令発令まで,50年近く福井市内で暮らし,発令当時は妻子と同居していた」ところ,「内示もないまま突如として長野支店への異動を命じられることは,原告及びその家族にとって生活上著しい不利益となることは明らか」であるので,「業務上の必要性が皆無であったとはいえないことを踏まえても,被告の権利の濫用によるものであって,違法である」とされた。
2 本件配転命令撤回後における賃金支払義務の有無
本判決は,「被告は,本件配転命令を撤回したものの,その違法性は一切認めず,原告に時間外労働賃金が生じていたことも争っていること,被告代表者名義の誓約書によっても,原告が復職後,「精勤した場合」でなければ「M社員」に復することができないが,その「精勤」の意味は明らかにされていない」ことが認められ,「誓約書には,原告が出勤した場合には,原告に対して時間外賃金を適法に支払う旨の記載があるが,他方で,本件訴訟において,原告に時間外労働賃金が生じていたなどという原告の主張を争い続けていること,被告側から発せられた出勤命令上も誓約書上も,営業手当に一定の時間外労働賃金が含まれているという立場を改める意向は明示されていないことからすると,原告が出勤しても,あくまで被告が主観的に適法と考える時間外労働賃金が支払われるだけであって,客観的に適法な時間外労働賃金が支払われないおそれも十分にあるとみざるを得ない。」として,「被告が権利を濫用して本件配転命令を発令したことにより破壊された原告との間の労働契約上の信頼関係は,被告が本件配転命令を撤回し,出勤命令を発令し,前記誓約書を提出しただけでは回復したものとは到底認めることができない。そうすると,原告が本件配転命令発令後も出勤していないのは,被告の責めに帰すべき事由によるものといえるから,民法536条2項により,被告は,原告に対し,本件配転命令の撤回後も,現在まで賃金支払義務を負うと認めるのが相当である。」と判断した。
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【コメント】
本判決は,配転命令の事案ですが,民法536条2項の判断部分については,解雇の事案において出勤命令を出した場合のバックペイの判断についても参考になると考えられます。
②ロックアウト解雇
2 ロックアウト解雇について解雇無効としつつ、不法行為の成立を否定し、約330万円の請求を否定した裁判例
解雇予告と共に職場から退去させ、出社を禁止する措置(ロックアウト解雇)について、不法行為の成立を否定した裁判例について、ご紹介します。
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【判例】
事件名:地位確認等請求事件
判決日:東京地判平成28年3月28日
【事案の概要】
被告(情報システムに関わる製品、サービスの提供等を業とする株式会社)に期限の定めなく雇用されていた原告らが、業績不良を理由として解雇されたことについて、解雇事由が存在せず、労働組合員である原告らを解雇して労働組合の弱体化を狙ったものであって、解雇権の濫用として無効であり、不法行為に当たるとして、労働契約に基づく地位の確認、解雇後に支払われるべき賃金及び賞与並びに不法行為に基づく慰謝料等の請求をした。なお、原告らは、解雇の手法について、原告らをいきなり呼び付け、または、一方的に解雇予告通知書を送り付け、何らの弁明も聞かず、同僚社員への挨拶もさせず、その日中に私物をまとめさせて社外に放逐するというものであり、労働者の人格を著しく傷つけるものである、本件解雇は被告が組織的に行ったいわゆるロックアウト解雇の一環として行われたものであるなどと主張した。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。一部省略し、下線部は適宜追記しております。)】
1 解雇事由の有無
(1) q1について
「原告q1は,サービスプロセス推進において3つのシステムの主担当やヘルプデスク業務などを担当していたが,システムの主担当に関してはMASUプロジェクトにおいて遅延の原因となり,ヘルプデスク業務においてはエンドユーザーから対応の遅れや適切ではない対応についてクレームがたびたび来る状態であるとともに,ヘルプデスク業務を行う件数自体も他のメンバーよりも少なく,居眠り,勤務時間開始前に連絡のない遅刻及び欠勤などの問題もあり,PIPにも応じず,本件解雇〔1〕に至ったと認められる。被告が主張する解雇事由は,その全てが認められるわけではないものの,上で検討したとおり,相当程度これに対応する事実が認められる。
しかし,原告q1は,・・・問題はあるものの,ヘルプデスク業務を担当すること自体を不適格と断ずるほどのものとまではいえないことなどからすると,業績不良は認められるものの,させるべき業務が見つからないというほどの状況とは認められない。また,PBC評価は飽くまで相対評価であるため,PBC評価の低評価が続いたからといって解雇すべきほどの業績不良があると認められるわけではないこと,原告q1は大学卒業後被告に入社し,約23年間にわたり勤務を継続し,配置転換もされてきたこと,職種や勤務地の限定があったとは認められないことなどの事情もある。そうすると,現在の担当業務に関して業績不良があるとしても,その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格,一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた本件解雇〔1〕は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから,権利濫用として無効というべきである。」
(2) q2について
「原告q2は平成20年3月にSTHのBMとなって以降業績不良が続き,業務内容の変更やPIPの実施,所属長の面談など業績改善の措置を取ってもバンド7という職位に見合った業務は行えていなかったと認められる。被告が主張する解雇事由は,その全てが認められるわけではないものの,上で検討したとおり相当程度これに対応する事実が認められる。
しかし,原告q2は・・・問題はあるものの業務を担当させられないほどの業績不良であるとは認められないことなどからすると,一定限度の業績不良は認められるものの,担当させるべき業務がないというほどの状況であったとは認めるに足りない。また,PBC評価は飽くまで相対評価であるため,PBC評価の低評価が続いたからといって解雇すべきほどの業績不良があると認められるわけではないこと,原告q2は・・・約28年半にわたり勤務を継続し,配置転換もされてきたこと,職種や勤務地の限定があったとは認められないことなどの事情もある。そうすると,現在の担当業務に関して業績不良があるとしても,その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格,一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた本件解雇〔2〕は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから,権利濫用として無効というべきである。」
2 原告らの解雇の不当労働行為該当性
「原告らは,原告らに対する解雇が本件組合の弱体化を狙って組合員を狙い撃ちして行われたものであると主張するが,次のとおり,組合差別によるものとは認められない。」
「原告らは,被告における本件組合の組織率に比して,被解雇予告者に占める組合員の比率が高いと主張する。しかし,・・・,業績不良が続いている者を解雇予告の対象にしたものと認められること,業績不良によりRAプログラムの対象となってから本件組合に加入した者も存在することからすると,業績不良により解雇予告の対象となり得る者の比率は,被告全社員中の比率と比較して,本件組合員中の比率は高くなっていたと推測されるので,両者を直接比較するのは適当ではないというべきである。また,解雇予告を受けたのは組合員ばかりではなく,非組合員も一定数存在しており,組合員のみが解雇予告を受けたとは認められない。したがって,解雇予告をされた者に占める組合員の比率から,本件組合を差別的に解雇予告したとは認められない。」
「原告らは,RAプログラムの対象となった者のうち解雇予告をされたのは本件組合の組合員がほとんどであるかのように主張するが,・・・RAプログラムの対象となって解雇予告を受けた非組合員も存在する。また,・・・RAプログラムの対象となった者のうち自主退職又は解雇予告された者を合わせた割合でみると,組合員が非組合員よりも高い割合で自主退職又は解雇予告されたとは認められない。」
「被告の内部資料において組合員をセンシティブな職員として記載していることは認められるが,その中には組合員を狙って退職させるように仕向けるなどの内容は見当たらず,むしろ,そのように誤解されないようにするため,RAプログラム実施に当たってどのように対応すべきかを記載しているにすぎず,不当なものとはいえない。また,別の資料ではRAプログラム後組合員が増加したことが分析されているが,組合員の増加を悪く評価したり,その対策を講じようとしたりするものとは認められない。したがって,これらをもって本件組合に対する差別的な意図は認められない。」
「被告には本件組合に対する嫌悪感があるとして,原告らの上司らも否定的な発言をしていると主張する。確かに,q24は組合に入っていると評価は低いと述べ,q10は組合員は異動が困難であると述べるなど,本件組合に対する否定的な評価の発言をする者が存在するものと認められる。しかし,こうした発言があるからといって原告らに対する解雇の判断に直接つながるようなは発言とはいえず,また,これらの発言をしている者は,いずれも解雇の対象となった者に対する業績評価には当たったものの,解雇の判断には関わっていない旨供述・証言しているのであるから,組合員であることを理由に解雇の対象としたことの裏付けになるとは認めるに足りない。」
「解雇を決めたのが所属部署ではなく人事部であるということについては,所属部署から人事部に業績の報告はされているものと推認でき,その程度が解雇理由として十分であるかはどうかはともかく,原告らそれぞれについて業績不良とみる余地のある事情が認められるから,人事部が解雇の判断をしたことをもって組合員であることを理由に解雇したことの根拠になるとは認められない。」
「よって組合差別による不当労働行為であるとは認められず,不当労働行為であることを
理由とする不法行為の成立は認められない。」
3 解雇態様の違法性
「原告らは,解雇態様の違法性を主張するので,これまでの認定事実を踏まえて検討する。
(1)解雇予告と共に職場から退去させられ出社を禁止させられたことについては,被告が情報システムに関わる業務を行う企業であり,原告らの職場でも自社及び顧客の機密情報が扱われていると推認できるところ,一般的には,解雇予告をして対立状態となった当事者が機密情報を漏えいするおそれがあり,しかもこれは一度生ずると被害の回復が困難であることからすると,違法性があるとはいえない。
(2)解雇予告時に,具体的な解雇事由を明記せず解雇を伝えるとともに,原告らに対して短い期間内に自主退職をすれば退職の条件を上乗せするという提示をしたことについては,実体要件を満たしている限り本来は解雇予告をするまでもなく即日解雇することも適法であること,使用者に解雇理由証明書を交付する義務があるとしても解雇の意思表示の時点で解雇理由の具体的な詳細を伝えることまでは要求されていないこと,期間内に自主退職をすれば退職の条件を上乗せするという提示はそれがない場合と比較して労働者にとって不利益な扱いともいえないことからすると,違法性があるとはいえない。
(3)したがって,原告らに対する解雇の態様が違法であるとはいえず,これを理由とする不法行為の成立は認められない。そして,本件では,解雇自体は権利濫用に当たり無効であるが,原告らにつきそれぞれ解雇理由とされた業績不良はある程度認められること,解雇時に遡って相当額の給与等の支払がされることにより,解雇による精神的苦痛は相当程度慰謝されるものとみるべきことなども考慮すると,解雇による不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。」
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【コメント】
従業員を解雇する際、解雇予告と同時に、職場から退去させ、出社を禁止する措置をとることがありますが、本裁判例は、この手法について不法行為の成立を否定したものとして注目されます。本裁判例は、機密情報の漏洩のおそれ等について言及しており、個別の事案については、必要性等を具体的に検討する必要があると考えられます。
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