メルマガ2020年7月号

目次

①(労務×認定基準に満たない時間外労働×労災)労働者の死亡について認定基準に満たない時間外労働であっても、労災が認められた例 (国・高松労基署長(富士通)事件:高松高判令和2年4月9日)

【判例】
事件名:国・高松労基署長(富士通)事件
判決日:高松高判令和2年4月9日

【事案の概要】
香川県高松市所在の本件株式会社の支社で勤務していた亡q7の父である亡q5において、q7がくも膜下出血を発症して死亡したのは業務上の事由に起因するものであると主張して、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、高松労働基準監督署長がいずれも不支給とする旨の各決定(本件不支給決定)をしたことから、上記請求後に死亡したq5の権利義務を相続により承継した控訴人が、本件不支給決定の取消しを求め、原審は、q7のくも膜下出血の業務起因性を否定して、控訴人の請求を棄却したため、控訴人が、原判決の取消しと自己の請求認容を求めて控訴した事案。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】

1 業務起因性の意義及びその判断基準等について

(1)業務起因性
「被災労働者が労災保険法に基づいて療養補償給付ないし休業補償給付を受給するためには,当該労働者の疾病が「業務上」のものであること(労災保険法7条1項1号,12条の8第1項,2項,労働基準法75条,79条,80条)を要し,労働基準法施行規則35条に基づき別表第1の2第8号「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血,くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症,心筋梗塞,狭心症,心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病」を規定し,本件では,q7がくも膜下出血により死亡したことは明らかであるから,q7が従事していた業務が「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務」(長時間の過重業務)に該当するということができれば,特段の反証のない限り,上記業務と本件疾病の発症との間の相当因果関係の存在を肯定することができ,本件疾病及びこれを原因とする死亡は業務に起因するものであるということができる。
そこで,労災保険制度が業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に疾病の発症等の損失をもたらした場合に使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることを踏まえると,労働者が発症した疾病等が「業務上」のものというためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(発症等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者の間に相当因果関係,すなわち業務起因性があることを要すると解するのが相当である。」と判断した。

(2)脳・心臓疾患と業務起因性
 「脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)が加齢や一般生活等における通常の負荷ないし種々の要因によって長い年月の間に徐々に血管病変等が形成・進行・増悪する経過(自然経過)を経て発症に至るものであり,本来,業務に特有の疾病ではない。 
 しかしながら,脳・心臓疾患が発症に至る過程において,労働者が従事した業務の負荷が過重であったため,同疾患発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて増悪し,その結果,同疾患が発症した場合は,業務に内在する危険が現実化して同疾患等の疾病が発症したとして,業務起因性(相当因果関係)を認めることができる。
 ところで,認定基準は,同基準設定当時における医学的知見を集約した専門検討会報告書に基づくものであり,一応の合理性を有している。
 また,同報告書に示された医学的知見自体も,一定の医学的経験則に基づいたものであって,参酌すべきものである。しかしながら,同報告書によっても,脳・心臓疾患の発症機序が未だ十分解明されていない部分もあることは明らかである上,認定基準が行政機関におけるその判断の統一を図るための内部指針として設定されたという性質からしても,認定基準ないしそれ自体の判断枠組みは裁判所の判断を拘束するものではないというべきである。」と判断した。

2 業務起因性についての総合判断
q7の時間外労働時間は,発症前6か月間の1月当たりの平均が65時間29分と45時間をはるかに超える長時間ではあるが,認定基準において業務と発症との関連性が強いとされる80時間には達していない
 しかしながら,発症前6か月目は86時間30分,発症前5か月目は107時間8分,発症前4か月目は126時間33分といずれも80時間を超えるものであり,この時期については,q7の業務は,時間外労働時間の長さの点だけをとっても,過重なものであったことは明らかである。…このように,
①q7の業務が,発症前6か月目から発症前4か月目までは,時間外労働時間も極めて長く,業務も精神的緊張を伴うものであったこと,
②発症前3か月目以降は時間外労働時間が短くなったものの,精神的緊張を伴う業務であることには変わりがない上に,労働災害により大きな怪我までしたこと,
③他方において,業務以外のリスクファクターが認められないこと
からすれば,q7は,発症前6か月目から発症前4か月目にかけての毎月80時間を超える極めて長時間の時間外労働に加え,精神的緊張を伴う業務により疲労が著しく蓄積され,時間外労働時間が比較的短くなった発症前3か月目以降も,精神的緊張を伴う業務が続いたことにより蓄積した疲労が回復するどころか,かえって,精神的緊張を伴う業務により更に疲労を蓄積させ,本件疾病を発症したものと認めるのが相当である。
そうすると,認定基準そのものに直ちに該当しないとしても,それだけで,労働基準法施行規則35別表第1の2第8号に当たらないと直ちにいえるものではなく,専門検討会報告書が指摘する労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等に照らして,q7の業務と本件疾病の発症との間には相当因果関係(業務起因性)が認められるというべきである。」と判断した。

3 結論


 「q7の業務と本件疾病との間には業務起因性が認められるから,本件不支給決定は違法であり,その取消しを求める控訴人の請求は理由があるから,これを認容すべきところ,これを棄却した原判決は失当である。」として、原判決を取り消した。

 原告の主張被告の主張高等裁判所の判断
発症1か月前 平均32時間19分26時間13分29時間13分 
発症2か月前7時間36分7時間36分 
発症3か月前35時間57分35時間57分平均
発症4ヶ月前 平均120時間126時間33分126時間33分65時間29分
発症5か月前104時間08分107時間08分 
発症6ヶ月前83時間30分86時間30分 

【コメント】

本判決は、厚労省の認定基準(平13・12・12基発1063号)について、その合理性を一応肯定しつつも、裁判所を拘束するものでないとしている。このような認定基準に対する判断は、使用者として注意すべきであるため、紹介する。

②(労務×無期転換×最長5年ルール×雇止め無効)無期転換ルール対応として、最長5年ルールを導入したにもかかわらず、雇止め無効とされた例

【判例】
事件名:博報堂事件(福岡地裁)
判決日:福岡地裁令和2年3月17日

【事案の概要】
被告は、広告、屋外広告物等の設計監理、施工等を目的として設立された株式会社であり、九州支社を置いている。原告(昭和39年生)は、都内の4年制大学を卒業した後、昭和63年4月に九州支社に新卒採用で入社した者である。原告および被告は、昭和63年4月から、1年毎の有期雇用契約を締結し、これを更新、継続していた。
 平成25年以降、被告は、雇用期間を最長5年とするルールを原則とし、特に認めた人材のみ5年を超えて登用する制度を構築した。これとの関係で、原告と被告が平成25年4月1日付で取り交わした雇用契約書には、「2018年3月31日以降は契約を更新しないものとする。」旨が記載されていた。また、これと同じ趣旨の記載が平成26年ないし29年の契約書にも記載されていた。原告は、いずれの契約書にも署名押印した。
 原告に対しては、平成28年4月および平成29年4月の契約更新時に、所属長から、コミュニケーション能力が改善点である旨のコメントを寄せられていた。これを受けて、原告は、平成29年5月17日、転職支援会社であるキャプコにおいて、氏名や電話番号等の個人情報を登録していた。他方で、福岡労働局へ相談して、被告に対して契約が更新されないことの理由書を求めた上、被告の社長に対して雇用継続を求める手紙を送付するなどの行動もとっていた。
登用に至らなかった原告には、最長5年ルールが適用された。このため、原告は、平成30年3月31日の雇用期間満了をもって雇止め(以下「本件雇止め」という。)とされた。
原告は、本件雇止めについて、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、従前の有期雇用契約が更新によって継続している旨主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 雇用契約関係解消の法的性質論:合意退職または被告による雇止めのいずれであるのか

(1) 判断枠組み
「約30年にわたり本件雇用契約を更新してきた原告にとって、被告との有期雇用契約を終了させることは、その生活面のみならず、社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり、その負担も少なくないものと考えられるから、原告と被告との間で本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、原告の明確な意思が認められなければならない」。

(2) 本件における事情の評価
「不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは、原告にとって、本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから、このような条項のある雇用契約書に署名押印をしていたからといって、直ちに、原告が雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではない。」
 また、原告は、「平成29年5月17日に転職支援会社であるキャプコに氏名等の登録をした事実は認められるものの、平成30年3月31日をもって雇止めになるという不安から、やむなく登録をしたとも考えられるところであり、このような事情があるからといって、本件雇用契約を終了させる旨の原告の意思が明らかであったとまでいうことはできない。むしろ、原告は、平成29年5月には」被告人事部員「に対して雇止めは困ると述べ、同年6月には福岡労働局へ相談して、被告に対して契約が更新されないことの理由書を求めた上、被告の社長に対して雇用継続を求める手紙を送付するなどの行動をとっており、これらは、原告が労働契約の終了に同意したことと相反する事情であるということができる。」

(3) 小括
「以上からすれば、本件雇用契約が合意によって終了したものと認めることはできず、平成25年の契約書から5年間継続して記載された平成30年3月31日以降は更新しない旨の記載は、雇止めの予告とみるべきであるから、被告は、契約期間満了日である平成30年3月31日に原告を雇止めしたものというべきである。」

2 雇止めによる雇用契約関係解消の有効性

(1) 労働契約法19条1号又は2号該当性が認められるか

ア 1号該当性
「平成25年以降の更新の態様やそれに関わる事情等からみて、本件雇用契約を全体として見渡したとき、その全体を、期間の定めのない雇用契約と社会通念上同視できるとするには、やや困難な面があることは否めず、したがって、労働契約法19条1号に直ちには該当しない」。
イ 2号該当性
「被告は、原告が昭和63年4月に新卒採用で入社した以降、平成25年まで、いわば形骸化したというべき契約更新を繰り返してきた」。「被告は、平成25年以降、原告を含めて最長5年ルールの適用を徹底しているが、それも一定の例外」「が設けられており、そのような情報は、原告にも届いていたのであるから、上記のような原告の契約更新に対する高い期待が大きく減殺される状況にあったということはできない」。
「したがって、原告の契約更新に対する期待は、労働契約法19条2号により、保護されるべきもの」である。

(2) 本件雇止めにおける客観的に合理的な理由及び社会的相当性の有無
「被告の主張するところを端的にいえば、最長5年ルールを原則とし、これと認めた人材のみ5年を超えて登用する制度を構築し、その登用に至らなかった原告に対し、最長5年ルールを適用して、雇止めをしようとするものである」。そのためには、「原告の契約更新に対する期待を前提にしてもなお雇止めを合理的であると認めるに足りる客観的な理由が必要である」。
 これに対し、「被告の主張する人件費の削減や業務効率の見直しの必要性というおよそ一般的な理由では本件雇止めの合理性を肯定するには不十分であると言わざるを得ない。また、原告のコミュニケーション能力の問題については、」「雇用を継続することが困難であるほどの重大なものとまでは認め難い。むしろ、原告を新卒採用し、長期間にわたって雇用を継続しながら、その間、被告が、原告に対して、その主張する様な問題点を指摘し、適切な指導教育を行ったともいえないから、上記の問題を殊更に重視することはできない」。「そして、他に、本件雇止めを是認すべき客観的・合理的な理由は見出せない。
 なお、被告は、転職支援サービスへの登録をしたり、転職のためパソコンのスキルを上げようとしていたにもかかわらず、雇用継続を要求することは信義則上許されないとも主張するが、」「雇用継続を希望しつつも、雇止めになる不安からそのような行動に出ることは十分あり得ることであって、信義に反するものということはできない。」

(3) 無期転換権の行使に関する法律構成
「以上によれば、原告が本件雇用契約の契約期間が満了する平成30年3月31日までの間に更新の申込みをしたのに対し、被告が、当該申込みを拒絶したことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、被告は従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなされる。」
「そうすると、原・被告間では、平成30年4月1日以降も契約期間を1年とする有期雇用契約が更新されたのと同様の法律関係にあるということができる。そして、原告は本件訴訟において、現在における雇用契約上の地位確認を求めていることから、その後も、有期雇用契約の更新の申込みをする意思を表明しているといえる。他方、被告は、原告の請求を争っていることから、それを拒絶する意思を示していたことも明らかである」。しかし、1および2で述べた事情から、「平成31年4月1日以降も、被告は従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で、原告による有期雇用契約の更新の申込みを承諾したものとみなされる。」

【結論】

 したがって、雇用契約上の地位確認請求には理由がある。

【コメント】

本裁判例では、企業は、無期転換ルール対応として、最長5年ルールを導入しました。しかし、裁判所は、かかる企業対応にもかかわらず、労働者の「契約更新に対する期待」が保護されると判断し、雇止め無効としています。
本裁判例を前提とすると、企業の予防策としては、「最長5年ルール」の導入だけでは足りず、その「最長5年ルール」の内容、運用につき精緻な分析を行うべきことになります。企業として注意すべき裁判例であるため、紹介します。

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