①(労務×医療×固定残業代)雇用契約書等および賃金規程において時間外労働に対する対価として定められていた業務手当(金額の明示あり。時間の明示なし。)の支払をもって、時間外労働等に対する賃金の支払と評価できるとされた例(日本ケミカル事件・最高裁平成30年7月19日)
【判例】
事件名:日本ケミカル事件
判決日:最高裁平成30年7月19日
【事案の概要】
本件は、保険調剤薬局の運営を主たる業務とする上告人会社に雇用され、薬剤師として勤務していた被上告人が、上告人会社に対し、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する賃金並びに付加金等の支払を求め、原審は、被上告人の賃金及び付加金の請求を一部認容したため、上告人会社が上告した事案である。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。)】
1 割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含めて支払うことの可否(結論:可能)
「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。また、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照)、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。」
2 業務手当の割増賃金該当性(結論:該当する)
(1)一般論
「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」
(2)あてはめ
「本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに上告人の賃金規程において」は、「月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた」というのである。また、「上告人と被上告人以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、上告人の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。」さらに、被上告人に支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当」するものであり、被上告人の実際の時間外労働等の状況と「大きくかい離するものではない。」これらによれば,被上告人に支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、被上告人の時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。 」
3 結論
裁判所は、「原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があ」り、「原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない」とした上、「被上告人に支払われるべき賃金の額、付加金の支払を命ずることの当否及びその額等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻す」とした。
【コメント】
本判決は、定額の手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたとはいえないとした原審の判断に違法があるとしました。
原審は「いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる」として、割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含めて支払うことの可否について、厳格な判断枠組みを提示しました。これに対して、本判決はより柔軟な基準を定立し、雇用契約書等の記載を中心として、具体的事情を考慮し、結論として原審を破棄差し戻ししました。 使用者に有利な判断ですので紹介します。
②(労務×学校法人×定年後再雇用×同一労働同一賃金)定年後、有期労働契約で再雇用された原告の賃金が、定年前(無期労働契約)の約6割程度に下がったことは、労契法20条が定める、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違にはあたらないとされた例(五島育英会事件・東京地判平成30年4月11日)
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【判例】
事件名:五島育英会事件
判決日:東京地判平成30年4月11日
【事案の概要】
原告は、被告(学校法人)において、無期雇用の専任教員として勤務していたが、平成27年8月11日に定年で退職し、有期雇用の嘱託職員として再雇用された。その後、原告は、平成28年3月31日に期間満了で退職した。
原告は、当該有期労働契約に基づく賃金が退職前の期間の定めのない労働契約に基づく賃金の約6割程度しかないことは、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違であると主張して、主位的に、同賃金を定める就業規則等の定めは労働契約法20条により無効であり、原告にも無期労働契約に係る賃金を定める就業規則等の定めが適用されるべきであるとして、被告に対し、未払賃金の支払いを求めるとともに、予備的に、被告が本来支払うべき賃金を支払わなかったことが公序良俗に反して違法であり、原告に対する関係で不法行為を構成するとして、民法709条に基づき、同額の損害金の支払いを求めた。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。)】
1 労働契約法20条違反の有無(結論:違反しない)
(1) 労働契約法20条の適用の有無(結論:適用あり)
(ア)一般論
(イ)あてはめ
「本件労働条件の相違は,無期労働契約を締結している労働者である専任教諭の労働条件については本件専任職員就業規則及び本件給与規程が適用される一方」、「定年退職後は有期労働契約を締結した労働者たる嘱託教諭として雇用され,その労働条件については本件嘱託等就業規則及び本件定年規程が適用される」ことにより生じたものであるから、「労働者が締結している労働契約の期間の定めの有無に関連して生じたものであると評価することができる。」
(2) 労働契約法20条違反か否かの判断基準
(ア)一般論
労契法20条は、以下の事情を考慮して、「有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との労働条件の相違について」、「当該労働条件の相違が不合理と認められるか否かを審査すべきと定めている。」
①業務の内容及びこれに伴う責任の程度(職務の内容)
②当該職務の内容及び配置の変更の範囲
③その他の事情
(イ)本件における具体的な判断基準
本件においては、「原告が定年退職後の嘱託教諭と退職年度の専任教諭の労働条件を比較対照すべきである旨主張するのに対し,被告は,退職年度の専任教諭の処遇が特殊であることを理由に,定年退職後の嘱託教諭と退職前年度の専任教諭の労働条件を比較すべきである旨主張」しているところ、「労契法20条は,無期労働契約を締結している労働者と有期労働契約を締結している労働者との間の労働条件の相違が『不合理と認められるものであってはならない』と定めるのみ」で、「有期労働契約を締結している労働者と比較対照すべき無期労働契約を締結している労働者を限定しておらず」、上記のとおり、不合理性の有無の判断の考慮要素としては、考慮要素①や②の「異同のみならず差異の程度をも広く考慮」し、更に③その他の事情に「特段の制限を設けず,諸事情を幅広く総合的に考慮」して、「労働条件の相違が当該企業の経営・人事制度上の施策として不合理なものと評価されるか否かを判断すべきことが予定されている」ことからすれば、「不合理性の有無の判断に当たっては,原告が措定する,有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者とを比較対照する」こととし、被告が主張する前記各事情などはこれを③その他の事情として、「それらも含め労契法20条所定の考慮要素に係る諸事情を幅広く総合的に考慮して,当該労働条件の相違が当該企業の経営・人事制度上の施策として不合理なものと評価されるか否かを判断するのが相当である。」
(3) 本件労働条件の相違の不合理性の有無
裁判所は、「職務の内容」、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」、「その他の事情」のそれぞれにつき、以下のような事情を指摘し、労契法20条違反の有無を検討した。
(ア)職務の内容(考慮要素①)
退職年度における退職前後の専任教諭と嘱託教諭との間で「職務の内容に差異がないことについては当事者間に争いがない。」
(イ)職務の内容及び配置の変更の範囲(考慮要素②)
「本件専任職員就業規則には業務上の必要により所属や職種の変更を命じることがある旨規定されているのに対し(本件専任職員就業規則11条),本件嘱託等就業規則には当該定めがなく,実際にも定年退職後の嘱託教諭が所属や職種の変更を命じられた例もなかったことが認められるが,他方で,弁論の全趣旨によれば,そもそも,被告において専任教諭につき所属や職種の変更が命じられた例は多くとも50年間に4件程度にすぎなかったことが認められ,退職年度であるかどうかを問わず所属や職種の変更を命じられること自体が極めて稀であったということができる上,実際に退職年度の専任教諭が当該年度中に所属や職種の変更を命じられた例も証拠上認められないことからすれば,この点をもって,当該職務の内容及び配置の変更の範囲の差異として重視することはできないというべきである。」
(ウ)その他の事情(考慮要素③)(学校現場の特殊性)
「本件学校では,一般の専任教諭の8割近くが学級担任又は職務担当時間数が2時間以上の職務の少なくともいずれかを担当しているのに対し,退職年度において通年にわたり上記いずれかの職務を担当した専任教諭は,過去24名中,学級担任を担当した者が1名,職務担当時間数が2時間以上の職務を担当した者が2名と低い割合にとどまる。これらの事情を考慮すれば,退職年度の専任教諭については,その職務の内容につき,一般の専任教諭よりも負担を軽減する方向で一定の配慮がされているということができる。」
「基本的に年度を単位として運営される学校教育現場という特性上,そこで就労する教員についても年度を単位として具体的な職務の内容を決定する必要性が高いため,退職年度を通じて上記配慮を行う必要がある」一方、「本件学校においては,専任教諭の基本給が年齢に応じて定められた基礎給並びに資格及び号俸に応じて定められた職能給から構成」されていて、「退職年度の専任教諭についてのみ基本給を引き下げることは制度上予定されていないことから,退職年度の専任教諭については,それ以外の一般の専任教諭と比べて,職務の内容が軽減されながらも基本給等の水準がそれと連動して引き下げられることはないという特殊な状況にある」
(エ)その他の事情(考慮要素③)(減額の程度)
「本件労働条件の相違は基本給,調整手当及び基本賞与の額が定年退職時の水準の約6割に減じられる」というものであって、「その程度は小さいとはいえない。」
しかし、「本件学校における賃金体系は基本給の一部に年齢給が含まれるなど年功的要素が強いものである」ところ、「我が国においては,終身雇用制度を背景に,雇用の安定化や賃金コストの合理化を図るという観点から,伝統的に年功性の強い賃金体系が採られており,このような賃金体系の下では定年直前の賃金が当該労働者のその当時の貢献に比して高い水準となることは公知の事実である。このように,年功的要素を含む賃金体系においては就労開始から定年退職までの全期間を通じて賃金の均衡が図られていることとの関係上,定年退職を迎えて一旦このような無期労働契約が解消された後に新たに締結された労働契約における賃金が定年退職直前の賃金と比較して低額となることは当該労働者の貢献と賃金との均衡という観点からは見やすい道理であり,それ自体が不合理であるということはできない。そして,この理は,本件定年規程が高年齢者の雇用の安定等に関する法律上の高年齢者雇用確保措置の対象年限たる65歳を超える雇用継続を前提とした制度であることを考慮すれば尚更であるといえる。」
「本件学校においては,入職1年目である22歳の標準賃金が21万6000円であるのに対し,基本給の額が最も高くなる60歳から定年までの間の標準賃金が62万8000円と極めて年功性の強い賃金制度が採られていて,定年退職後の嘱託教諭の賃金水準は30代半ばの専任教諭の賃金水準と同程度である。」
「基本給等(月例賃金のうち基本給及び調整給並びに賞与のうち基本賞与部分)を除く手当及び賞与のうちの業績加算部分の額については専任教諭と嘱託教諭との間で相違はなく」、これらを加えた総額をもって比較すると、原告が嘱託教諭であった期間の賃金等の合計額は、同期間に原告が専任教諭であったとした場合に想定される賃金等の合計額の「約63%に相当する」。
(オ)その他の事情(考慮要素③)(労使の話し合い)
「嘱託教諭の基本給等を退職前の約6割に相当する額とする旨定めた本件定年規程は,原告も構成員であった本件組合と被告との合意により導入されたものである」ところ、「賃金は労働条件の中核たる要素の一つであり,この点に関して労使間の交渉及び合意を経て導入されたことは労使間の利害調整を経た結果としてその内容の合理性を相当程度裏付けるべきものとして考慮するのが相当である。」
(4)結論
裁判所は、以上の事実にかんがみ、「本件労働条件の相違は,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理と認められるものとはいえ」ず、「労契法20条に違反するということはできない」とした。
2 不法行為の成否及び損害の額(結論:成立しない・損害なし)
「本件労働条件の相違は労契法20条に違反するものとはいえない」ため、「本件労働条件の相違が同条に違反することを前提に,被告が本件労働条件の相違を内容とする本件定年規程等を定めた上でこれを原告に適用し,原告に対して専任教諭の基本給等との差額に相当する額を支払わなかったことが公序良俗(民法90条)に反して違法であるとして,原告に対する関係で不法行為を構成するとの原告の主張はその前提を欠き失当である。」
【コメント】
1 本件では、有期雇用労働者(定年退職後の嘱託教諭)の比較対象となる無期雇用労働者が、いつの時点の者をいうのかが争点となりました。この点について、原告は、「退職年度の専任教諭」の労働条件と比較対照すべきであると主張したのに対し、被告は、「退職前年度の専任教諭」の労働条件との比較をすべきであると主張しました。
本判決は、原告の主張を採用し、定年退職後の嘱託教諭と「退職年度の専任教諭」について、労契法20条所定の考慮要素を検討して比較し、本件労働条件の相違が不合理なものと認められるか否かを判断しました。
2 本判決は、定年後に、有期労働契約で再雇用された原告の賃金が、無期労働契約であった定年前の約6割程度に下がった事例において、労働契約法20条の不合理性を否定したものです。
本判決は、約6割の減額について、「その程度は小さいとはいえない」と評価しつつも、本件学校においては、退職年度の専任教諭は「それ以外の一般の専任教諭と比べて、職務の内容が軽減されながらも基本給等の水準がそれと連動して引き下げられることはないという特殊な状況にある」ことなどの個別事情を考慮し、結論として、本件労働条件の相違は、不合理なものとは認められないとしました。
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