【注目の裁判例】<日本郵便事件(大阪)、大阪地判令和6年6月20日>
弁護士田村裕一郎です。
今回は、正社員の手当廃止後に、正社員に調整給を支払い、有期社員に調整給を不払いとできるか、について、<日本郵便事件(大阪)、大阪地判令和6年6月20日>を前提として、記事を書きました。
★同一労働同一賃金対応のため、正社員の手当を廃止し、正社員に調整給を支給した。この場合、有期社員に対しても、調整給を支払わなければならないか?有期社員への調整給不払いは、同一労働同一賃金に違反するのか?を、企業側の立場から、弁護士が解説します。同一労働同一賃金ガイドラインを読んでも分からない論点ですし、就業規則の変更にも関係する論点ですので、ぜひご視聴下さい。【vol.115_2024年10月号メルマガ_No.53 <前編>】
★結論としては、「(現時点では原則として) 適法」、というものです。
同一労働同一賃金の違反を回避する方法は?
同一労働同一賃金の違反を回避するために、正社員の待遇を不利益にする方法は、可能です。日本郵便事件でも、企業は、正社員の(住居)手当を廃止しました。
なぜ可能か?という点を説明すると、同一労働同一賃金は、(ざっくりとした言い方をすれば)「正社員」との待遇差が問題となります。そのため、正社員の待遇が不利益になれば、具体的には、正社員の(住居)手当が廃止されれば、それにより、「比較対象となる(住居)手当が0円になる」ため、同一労働同一賃金の違反にはならないから、です。
下記の図1記載のように、日本郵便事件でも、企業は、2018年10月以降、住居手当を廃止し、0円としました。
【図1】
正社員の手当廃止の場合、実務上、正社員に調整給を支払うべき
有期社員との関係で同一労働同一賃金の問題を解決したとしても、正社員の手当を廃止すれば、正社員にとって不利益変更になります。そのため、企業としては、労働条件の不利益変更の問題をクリアしなければなりません(手当廃止による労働条件の不利益変更についての動画解説は、こちらです。【就業規則の変更】手当廃止は可能?企業は注意!同一労働同一賃金への対応のための就業規則の不利益変更【弁護士解説】)。
労働条件の不利益変更の問題をクリアする方法は、様々なものがありますが、調整給の支給は、その有力な方法の1つです。日本郵便事件でも、企業は、調整給を支給しています。もっとも、調整給をずっと支払うことはできないため、一定の期間制限を設けるのが一般的です。日本郵便事件でも、企業は、図2記載のとおり、約10年かけて少しずつ、調整給を減額しています。
正社員に調整給を支払った場合、有期社員にも、その調整給を払うのか?
正社員の労働条件の不利益変更の問題をクリアするために、正社員に調整給を支払った場合、有期社員からすると、「有期社員にも、調整給を支払ってください」と言いたくなるかもしれません。この場合、結論としては、「(現時点では原則として) 支払う必要はない」というものです。
日本郵便事件において、裁判所は、次のように述べ、使用者勝訴としました<日本郵便事件(大阪)、大阪地判令和6年6月20日>。(興味のある方は、YouTube動画をご視聴下さい)
★裁判所の判断
・・・略・・・このような本件手当の導入に至る経緯や、本件手当が正社員(新一般職)等のうち平成30年9月分の住居手当の支給を受けていた者に対して一定の期間に限って支給されるといった本件手当の要件及び内容に照らすと、本件手当は、正社員(新一般職)を住居手当の支給対象としないこととした本件改定に伴い、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員(新一般職)の経済上の不利益を緩和する目的で一定額の手当を支給するものと解するのが相当である。そうすると、本件手当は、正社員(新一般職)に対して住居手当を減額して支給を継続するものではないから、住居手当そのものであるとはいえないし、住宅に要する費用を補助する趣旨で支給するものではないから、住居手当としての性質を有するものということはできない。
このように、本件手当は、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員(新一般職)の経済的不利益を緩和する趣旨で支給されるものであるから、その趣旨は、本件改定前に住居手当の支給を受けていなかった原告ら期間雇用社員には妥当しないものである。
なお、別の日本郵便事件でも、同じ論点について、使用者勝訴とされています<東京地判 令和6年5月30日>
企業はどうすべきか
注目すべき点:同一労働同一賃金の潜脱ではないか?
本事件で注目すべき点は、同一労働同一賃金の潜脱ではないか?という点です。
たしかに、(住居)手当と、調整給は、その趣旨が違います。しかし、お金という意味では、お金に色はありません。その意味では、裁判所が、労働者有利の判決を書く可能性もないわけではありません。
しかし、結論としては、使用者勝訴。
地裁判断ですので、今後どのようになるかわかりませんが、実務的には、日本郵便事件において企業が採用した手法を使う会社は広がっていく可能性があると予想しています。
使用者側に有利な裁判例ですので、使用者側としては看過できない重要な判決といえます。
動画解説
本記事について動画解説を希望される方は、下記YouTubeをご視聴下さい。
補足:参考情報
1、日経新聞にて、上記に関する記事が掲載されました。ご興味のある方は、こちらをクリック下さい。
2、<日本郵便事件(東京)、東京地判令和6年5月30日>でも、同じ論点が争点になっており、使用者勝訴です。但し、上記1の新聞情報によると、控訴中とのことです。
3、今後、新しい情報が入れば、アップデートしたいと思っています。
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