メルマガ 2018年4月号

目次

①基本給に月80時間の時間外労働に対する固定残業代を含む、という賃金の定めが有効とされた例(イクヌーザ事件・東京地判平成29年10月16日)


【判例】
事件名:イクヌーザ事件
判決日:東京地判平成29年10月16日

【事案の概要】
 アクセサリー等の企画販売等を営むY社にて事業推進のためのアシスタント兼PRアシスタントとして勤務しており、さらにY社代表取締役が同じく代表取締役を務める他社でも業務等もおこなっていたXがY社に対し、未払時間外賃金等を請求した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 固定残業代の定めに関する争点について 
(1)固定残業代の定めに関する明確区分性について
  「原告は、固定残業代の定めが有効とされるためには、その旨が雇用契約上、明確にされていなければならず、また、給与支給時にも固定残業代の額とその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければならないところ、原告が受領した給与明細には、基本給に含まれる固定残業代の額及びその対象となる時間外労働時間数が記載されておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分を判別することができないと主張する」が、「被告は、本件雇用契約における基本給に80時間分の固定残業代(8万8000円ないし9万9400円)が含まれることについて、本件雇用契約書ないし本件年俸通知書で明示している上、給与明細においても、時間外労働時間数を明記し、80時間を超える時間外労働については、時間外割増賃金を支払っていることが認められ、基本給のうち通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金の部分とを明確に区分することができる」ので、原告の主張は認められないと判断された。

 

(2)固定残業代の金額と時間が正確に合致していない点について
  「原告は、本件雇用契約における平成26年4月16日以降の固定残業代の額も8万8000円であることを前提として、これは80時間分の時間外割増賃金額を大きく下回っており、給与支給時に固定残業代の額及びその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければ、労働基準法所定の残業代が支払われているか否か不明となるとも主張する」が、「同日以降の固定残業代は9万9400円である上、本件雇用契約における固定残業代は、年間休日日数の違いから、80時間分の時間外割増賃金額にわずかに足りない(平成26年1月から同年4月支払分につき1118円〔891.18円×1.25×80時間-8万8000円=1118円。時間単価については、下記3参照。以下同じ。〕、同年5月から同年12月支払分につき1391円〔1007.91円×1.25×80時間-9万9400円=1391円〕、平成27年1月から同年6月支払分につき975円〔1003.75円×1.25×80時間-9万9400円=975円〕)」ことを根拠に「固定残業代の定めが無効になると解することはできない」と判断した。

(3)固定残業代の時間数が月80時間であることについて
  「原告は、被告が主張する固定残業代の対象となる時間外労働時間数は、本件告示第3条本文が定める限度時間(1か月45時間)を大幅に超えるとともに、いわゆる過労死ラインとされる時間外労働時間数(1か月80時間)に匹敵するものであるから、かかる固定残業代の定めは公序良俗に反し無効であると主張する」が、「1か月80時間の時間外労働が上記限度時間を大幅に超えるものであり、労働者の健康上の問題があるとしても、固定残業代の対象となる時間外労働時間数の定めと実際の時間外労働時間数とは常に一致するものではなく、固定残業代における時間外労働時間数の定めが1か月80時間であることから、直ちに当該固定残業代の定めが公序良俗に反すると解することもできない。」ので、「固定残業代の定めは有効」であると判断した。

2 結論
 本判決は、基本給に月80時間の固定残業代を含む雇用契約を有効とした。

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【コメント】
使用者に不利な事情として、次の事情がありました。
①   基本給組み込み型であること
②   固定残業代の金額と時間が正確に合致していないこと
③   固定残業代の金額が、(約)月80時間分であること
しかし、本判決では、固定残業代を有効と判断しています。使用者に有利な判決ですので、ご紹介します。

②会員制スポーツクラブの支店長は管理監督者に該当しないため、時間外労働等に係る割増賃金等の支払請求が一部認容された例(コナミスポーツクラブ事件・東京地判平成29年10月6日)


【判例】
事件名:コナミスポーツクラブ事件
判決日:東京地判平成29年10月6日

【事案の概要】
 スポーツ施設、スポーツ教室の経営等を目的とするY社に支店長(、降格後はマネージャー)として勤務していたXが、支店長(・マネージャー職)は、労働基準法41条2号の管理監督者に該当しないとして、時間外労働等に係わる割増賃金等をY社に対して請求した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 
1 管理監督者該当性について
(1)一般論
  本判決は、「労基法41条2号は、いわゆる管理監督者に対しては同法の定める労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないものとしているところ、これは、管理監督者については、その職務の性質や経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような重要な職務と責任、権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にある一方、他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから、労基法の労働時間等に関する規制を及ぼさなくてもその保護に欠けるところはないと考えられることによるものである。
 そうすると、労基法上の管理監督者に該当するかどうかについては、
〔1〕当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、
〔2〕自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、
〔3〕給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているか
という観点から判断すべきである。」と解した。

(2)本件における判断
ア 支店長の管理監督者該当性について
(ア)職責及び権限について
本件における職責及び権限について、

①   「支店において提供する商品及びサービスの内容の決定並びにそれに伴う営業時間の変更については、原則として被告の直営施設運営事業部が行っており、支店長は、これらに関わる提案をすることは可能であったものの、独自の判断で決定することはできなかったばかりか、これらのうち特に多額の出損を伴うような重要な事項について上程される経営会議への参加も原則として求められていなかった」ことに加え、

②   「支店長としての日常業務についてみても、アルバイトの採用や解雇、販売促進活動の実施、出捐を伴う設備の修繕や備品の購入等については、被告の決裁を経る必要があって、設備の修繕については原告の判断が尊重されていないといわざるを得ない状況も存したほか、被告が定めた詳細な管理項目(KPI)により支店の損益目標が管理され、その内容について週報等による頻繁な報告や指導が行われたり、運営モデル等に極力沿った労務管理が要請されたりするなど、形式的には支店長が権限を有する事項についても、本部が定めた運営方針や、直営管理運営事業部長やエリアマネージャー等による指導等を通じて、支店の運営管理に関する支店長の裁量は、相当程度制限されていたというべきである。」

したがって、「被告の支店長が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたというに足りる裁量が与えられ、あるいは経営への影響力を有していた」とは認められないと判断した。

(イ)労働時間に関する裁量について
労働時間に関する裁量について、「比較的柔軟に出勤時刻を調整」しているようにうかがわれるが、それは、「支店の一般の従業員がシフト制で勤務をしていたために、特定の時間帯の人員が不足する場合や、閉店作業を行う従業員が他にいない場合に、原告の勤務時間を調整して対応していたことによるものでしかなく」、さらに、「支店長についても、労働時間の実態把握や健康管理上の必要を超えて、労働時間の管理が一定程度行われて」おり、業務内容も、「管理業務のみならず、フロント業務やインストラクター業務等一般の従業員と同様の業務にも日常的に携わらざるを得ない状況」にあったことを根拠に、「支店長が自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていたとも、それが可能であったともみることはできない」と判断した。

(ウ)待遇について
待遇においても、原告(従業員)の役職手当が月額5万円であったことなどを踏まえ、「役職手当の支給のみでもって、支店長に対し、管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がされているとはいい難い」。

(エ)まとめ
 したがって、「職責及び権限、労働時間の裁量性を含む勤務実態及び賃金等の待遇を総合的にみると、被告の支店長であった当時の原告について、労基法の定める労働時間規制を超えて活動することが、その重要な職務と責任から求められる者であるとは解し難いといわざるを得ず、支店長職にあった当時の原告が管理監督者に該当すると認めることはできない。」と判断した。

イ マネージャーの管理監督者該当性について
 (略)

2 結論
本判決は、「管理監督者に該当すると認めることはできない」とし、未払時間外労働等割増賃金等支払請求について一部認容した。

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【コメント】
テーエス事件(大阪地判平成29年7月20日)では、運送会社の営業所所長における管理監督者性は否定され(メルマガ2017年11月号参照)、プレナス事件(大分地判平成29年3月30日)においても、弁当チェーン等を営む会社の店長における管理監督者性は否定されました(メルマガ2017年7月号参照)。

本判決においても、管理監督者性が否定されていることを踏まえると、日本の労働法において、管理監督者性が認められるためのハードルは高いと言わざるを得ません。リスク対策としては、そもそも、会社内部に、(残業代を支払わないという意味での)管理監督者の制度を設けない、というのも検討に値します。

③長距離手当及び積卸手当等がいわゆる歩合給(出来高払制賃金)には当たらないとし、時間外労働等に係る割増賃金等の支払請求が認容された例(川崎陸送・東京地判平成29年3月3日)


【判例】
事件名:川崎陸送事件
判決日:東京地判平成29年3月3日

【事案の概要】
 貨物自動車運送等を業とするY社にてトラックの乗務員として勤務しているXらが平成24年7月から平成26年8月までに支給されるべき本件各手当及び通信費補助が労働基準法施行規則19条2項、1項4号にいう「月によって定められた賃金」として基礎賃金単価の算定に含まれるとし、時間外労働等に係わる割増賃金等をY社に対して請求した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 
1 地場手当、長距離手当及び積卸手当の性質について
(1)一般論
 本判決は、「労基則19条1項6号にいう「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」とは、労働時間ではなく、労働者が現に行った仕事の成果内容に応じて定められた賃金を意味し、その例示としてあげられている「出来高払制」とは、賃金の対象が労働時間ではなく、労働者の製造した物品の量・価格や売上げの額などに応じた一定比率で額が定まる賃金制度をいうものと解され、「出来高払制」の給与の典型は、契約件数・契約高に応じて定められる営業社員の歩合給や、売上額の一定割合と定められたタクシーやトラックの運転手の出来高給がこれに当たる」と解した。

(2)本件における判断
 ア 地場手当について
地場手当の支給基準は,「従業員が宿泊を伴わない運行を行った場合に,その1運行(1運行とは,車庫を出発してから帰庫するまでを指す。)につき5000円の支給を行うものと規定されているが,実際には,1日につき5000円として支払われている」ことを根拠に、「地場手当は,実際には1日につき5000円の支給となっていて,運行回数,運送距離ないし走行距離,積荷の積載量,売上げといった作業の成果とは関連しておらず,乗務日数に応じて支給される手当といえる」と判断した。

イ 長距離手当について
長距離手当の支給基準は、「従業員が車中泊等の宿泊(休息)を伴う運行を行った場合に,1運行当たり7000円の支給を行うものである」ことを根拠に、「宿泊を伴う運行を行ったときに支給されるもので,地場手当の金額に2000円を加算したものと考えられるのであり,ここでも運行回数,運送距離ないし走行距離,積荷の積載量,売上げといった仕事の成果とは関連していない」と判断された。

ウ 積卸手当について
積卸手当の支給基準は、「従業員がバラ荷の積卸しを行った際に,1回当たり4トン以上について800円,4トン未満について400円の支給を行うが,1日の上限額を2000円とするものである」ことを根拠に、「積卸手当には,1日の上限額が設定されており,作業の成果との関連が制限されていることが認められる」と判断した。

エ結論
上記ア、イ、ウ全ての手当について、出来高払制賃金に当たらないと判断した。

2 通信費補助の性質について
(1)通信費補助の賃金性(一般論)
  本判決は、「通信費補助が賃金の一部を構成するかを検討するに、賃金とは労働の対償であって使用者が労働者に支払うものである(労基法11条)ところ、仮に被告による通話料負担が、従業員が携帯電話を実際の業務上使用するについて負担した費用を填補する性質のものならば、福利厚生施設ないし実費弁償としての企業設備の一環(業務費)として、賃金に該当するものではない」と解している。

(2)本件の場合
 本件における通信費補助は、「従業員が私物である携帯電話を業務上使用している場合に、実際の業務上の通話に係る利用金額の如何にかかわらず、また、その利用金額を確認することなく、一律に1月当たり2000円という確定した金額で支払われ続けているものであることが認められる」等を根拠に、「従業員が携帯電話を使用して行う労務の提供の対価として一律一定額を支給する義務を負担するものとみるのが相当であるから、その性質は賃金と解すべきものであり、毎月2000円ずつ支給されているから月によって定められた賃金に当たる」と判断した。

(2)割増賃金の算定基額からの控除の可否
 「割増賃金の基礎となる賃金から控除されるものとして、労基法37条5項は家族手当、通勤手当を、規則21条は別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金を規定しており、時間外労働に対する割増賃金の算定基礎額からの除外賃金に関する労基法37条5項、労基則21条の規定は、限定列挙の規定であると解すべきである」。

 したがって、「本件における通信費補助は、割増賃金の基礎に算入すべきこととなる。」

3 結論
本判決は、未払時間外労働等割増賃金等支払請求については、(基礎賃金単価は基本給、本件各手当及び通信費補助が月によって定められた賃金であることを前提として)認容し、付加金等支払請求については、一部認容、一部棄却した。

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【コメント】
残業代に関し、固定給の場合、割増率が125%であるのに対し、歩合給の場合、割増率が25%です。そのため、本裁判例のように、賃金における手当が、いわゆる歩合給(出来高払制賃金)に該当するか、はよく争点になります。

特に、運送業のドライバーや営業職の場合、歩合給比率が高いことが多いため、重要な論点といえます。

本裁判例は、使用者に不利な判断をしていますので、リスク対応としては、「この手当は、法律上認められる歩合給といえるのか」を、上記裁判例を踏まえ、吟味することが重要です。

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