メルマガ 2021年6月号

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目次

①TIT メルマガ裁判例動画解説:No.11:2021年6月号 (労務× 学校法人×賃金(10%~20%程度)×不利益変更×無効×経営危機型)賃金を減額する就業規則の変更は、法人が極めて危機的な財政状況にあったとはいえないことなどから、無効とされた例

【判例】

事件名:学校法人梅光学院事件(第一審)
判決日:山口地判令和3年2月2日

【事案の概要】

被告が設置する梅光学院大学(以下「本件大学」という。)において,
教員として勤務し又は勤務していた原告らは,
平成28年4月1日以降に適用される本件大学教員給与規程による給与及び退職金規定の変更(以下「本件変更」という。)が,労働契約法10条に反し,無効であると主張し,
被告に対し,それぞれ本件変更により具体的に減額された平成28年4月から令和2年8月までの未払の給与や賞与,退職金の支払を求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】

第1 判断の枠組み
「本件新就業規則への変更で,原告らの賃金や退職金が減額されているところ,就業規則の変更により,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす場合には,当該条項が,その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならない。
 そして,上記の合理性の有無は,①労働者の受ける不利益の程度,②労働条件の変更の必要性,③変更後の就業規則の内容の相当性,④労働組合等との交渉の状況⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして判断することとなる。」

①  労働者の受ける不利益の程度について
「本件新就業規則への変更は,被告も認めるとおり,1割から原告らによっては2割を超える年収の減額が生ずるものである。そうすると,本件新就業規則への変更による不利益の程度は,相当程度大きいものといわざるを得ない。」

本件就業規則の変更には,労働条件を変更して労働者に不利益を受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性があったか

・・・・「被告では,平成17年度以降の各年度の帰属収支差額(平成22年度から平成27年度までの各年度の計算書類〔乙17,20~24〕のとおり)が赤字の状態が続き,とりわけ平成24年度から平成27年度には,当該年度の帰属収入のおよそ1割から2割に相当する約1億円から2億円の赤字を毎年計上し,金融資産の額が減少していたから,被告がこのような状態を改善するために,何らかの対策を講じる必要があったと認められる。また,認定事実(1)イ(イ),(ウ)及び証拠(乙14,17,20~24)によれば,被告の平成22年度から平成27年度当時の主な収入は,学生生徒等納付金であったと認められるところ,認定事実(1)ア,(1)イ(ア)のとおり,平成28年頃に回復するまで,本件大学の入学者数は定員を下回っていたし,少子化を含む私立大学を取り巻く当時の状況を踏まえると,その性質上,短期の急増が難しいだけでなく,長期的にも大幅な収入増加が見込み難い状況であったと認められる。加えて,認定事実(1)イ(カ)のとおり,被告は,耐震性に問題のある本件大学の東館を取り壊し,新たに北館を建設する必要があったところ,これらの費用に約25億円が必要であり,約15億円を自己資金で賄う必要があった。一方,認定事実(1)イ(エ),(オ)のとおり,平成27年度当時の本件大学の給与額は,同一県内の私立大学の中でも3番目に高い上に,本件新就業規則に変更する前の人件費が支出に占める割合が高く,収入に比して高額であった。

 以上のとおり,被告において,帰属収支差額が赤字となっている状態が続く中,収入の増加はさほど見込めず,一方で,校舎建替え等の工事のための支出も予定されていたことを考慮すれば,本件新就業規則変更当時において,被告が従前の収支構造の改善を検討すること自体が不合理であるとはいい難い。

(ウ)しかしながら,認定事実(1)イ(ア)に加えて,証拠(甲61,乙14,17,18,20~25)によれば,被告の平成22年度から平成29年度までの資金余剰額(帰属収支差額に減価償却額〔会計の計算上消費支出計算書において,費用として支出されたことになるが,実際には現金の支出がなく,学校の内部に留保されるものをいう。減価償却が採用されている会計制度に採用されている組織において,減価償却は組織が自由裁量で使用できる資金である。〕を加えたもの)が,平成24年度(約マイナス870万円),平成26年度(約マイナス3280万円),平成29年度(約マイナス750万円)にはそれぞれ赤字であったが,それ以外の各年度ではいずれも黒字(平成22年度が約7723万円,平成23年度が約7151万円,平成25年度が約5951万円,平成27年度が約2627万円,平成28年度が約1億7859万円)であったと認められる。また,」「本件新就業規則への変更当時には,被告の主たる収益である学生生徒等納付金の額は増加し,その増加額も相当程度あったと認められる。」

「(エ)被告の貸借対照表から財政状況を分析する。」
・・・・「被告の短期的な支払能力に格別の問題は見られず,流動負債を返済した後の余裕資金も十分にあったと認められる。」

・・・・「証拠(甲61)によれば,学校法人における財政上の危険性を判断する上で,〔1〕現金に換金可能な金融資産が多く,〔2〕有利子負債(短期借入金〔1年以内に返済義務のある負債〕に長期借入金〔長期にわたって返済義務のあるもの〕を加えたもので,元本の借入額とともに,利子の支払を伴う負債をいう。)が少ないこと,〔3〕資産合計に占める純資産(自己資金)の割合が高いときには,学校法人の経営が安定すると考えられていると認められるところ,上記の事実を踏まえると,被告の資金繰りに問題が生じ得るような危機的な状況ではなかったと認められる。

・・・・(カ)以上検討したところによれば,被告の採算性を見直す必要があり,経費の削減を検討すること自体の合理性は否定できないが,被告の主張するように,資金が約10年でショートする状態であったと認定することはできず,財政上,極めて危機的な状況に瀕していたとはいえないから,労働者が不利益を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性があったとは認定できない。」

代償措置その他の労働条件の改善状況などから本件新就業規則の内容に相当性があるか
・・・・「上記によれば,能力主義的な体系を採ることの当否はさておき,調整給という代償措置が講じられていることを踏まえても,被告の労働者の被る不利益の大きさに照らすと,本件新就業規則の内容の相当性があるとはいい難い。」

「労働組合との交渉の状況等」について
「被告における本件組合との交渉に,格別の問題があったとは認められない」

第2 結論
「本件新就業規則は,労働契約法10条にいう合理的なものとはいえない。したがって,原告らの労働条件は,本件新就業規則ではなく,本件旧就業規則の定めるところによる。」

【コメント】
本件では、
・②労働者が不利益を受忍せざるを得ないほどの高度の必要性があったとは認定できないこと、
・③代償措置が十分でないこと、
などから、不利益変更の合理性が否定されており、使用者に不利な裁判例ですので、ご紹介します。

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②TIT メルマガ裁判例動画解説:No.12:2021年6月号    (労務× 製造業×賃金×賞与×不利益変更×有効×経営危機型)賃金を削減する旨の賃金規程の変更は、合理性を有し、これに同意していない従業員らに対しても効力を生じるとした例

【判例】
事件名:住友重機械工業事件(第一審)
判決日:東京地判平成19年2月14日

【事案の概要】

被告の社員、又は社員であった原告らが被告に対して、賃金を削減する旨の賃金規則の変更はいずれも合理性を欠き、原告らに対する効力を有しないとして、雇用契約上の賃金請求権に基づき、変更前の賃金規則の定めによって算出した月額賃金及びこれを基礎として算出した賞与一時金の額と変更後の賃金規則により算出され、支払われた月額賃金と賞与一時金の支給額との差額及びこれに対する月額賃金ないし賞与一時金の支払日又は退職日以降の遅延損害金の支払を求めた。

 ①基準賃金②夏季、冬季賞与一時金
平成14年度10%前後減少(年間42~64万円減少)減少 
平成15年度10%前後減少(年間42~62万円減少)減少 
平成16年度減少なし減少なし

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】

第1「判断の枠組み」

「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解される。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金のように労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生じるものというべきであり、また、上記にいう合理性の有無は、具体的には、①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度②使用者側の変更の必要性の内容・程度③変更後の就業規則の内容自体の相当性④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥他の労働組合又は他の従業員の対応、⑦同種事案に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成九年二月二八日第二小法廷判決・民集五一巻二号七〇五頁、最高裁平成一二年九月七日第一小法廷判決・民集五四巻七号二〇七五頁)。」

就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度について
「本件改訂により被告社員の基準賃金の支給額は一〇パーセント前後が削減され、これを原告らの例でみると、別表五―一及び同―二(略)によれば、その月額賃金それだけみても、その削減額は平成一四年度で年間四二万円ないし六四万円、平成一五年度では四二万ないし六二万円程度に達していて、賞与一時金も含めると、より多くの削減になることからすると、同改訂による賃金削減が被告社員に与える不利益は決して少なくはない。」

使用者側の変更の必要性の内容・程度について
たしかに、「平成一三年秋ころから一四年改訂及び一五年改訂へと至る経緯を通じてみると、結果的に被告の資金繰りに具体的な支障を生じさせるには至らなかった」。

しかし、「被告の平成一一年三月期から同一三年三月期の三か年の決算(連結)の当期損益、また、同一三年三月期の決算(単独)の当期損益ではいずれも損失を計上し、取り分け、同一三年三月期の決算(単独・連結)の当期損益は二三三億八〇〇〇万円(単独)、二八六億一一〇〇万円(連結)の損失で、単独、連結ともに資本欠損に陥った」。

また、「平成一三年度に入ると、平成一三年八月ないし九月ころから株式市場における被告の株価は、二〇〇ないし一五〇円台から、一五〇ないし一〇〇円台へ下がり始め、東証一部上場の中堅重機械メーカーである新潟鉄工所が倒産した同年一一月末ないし一二月ころ(書証略)には一〇〇円割れとなり、一二月一九日には最安値で額面額(五〇円)以下の四六円にまで低下した」。

さらに、「平成一三年一二月、被告が債券格付け機関に債券格付け評価を求めたところ、従来の「BBB」評価から二段階のレベルダウンとなる「BB+」評価となった」。

・・・などを総合すると、「平成一三年秋ころから生じた被告の企業評価の著しい低下を契機として、被告にはかかる状況を改善するための経営的措置・方策を講じる必要が生じており、そのような中で策定されたSHI再構築策の一施策として、二年間の時限的な措置としてされた本件改訂(労務費削減)は、相当・適切なものであったということができるから、本件改訂は高度の必要性に基づいてされたものと認められる。」

変更後の就業規則の内容自体の相当性、及び④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況について
たしかに、「代償措置の有無についてみると、本件改訂の対象となる平成一四年及び同一五年度を通じて、上記のような賃金削減に対応するような労働時間の削減、担当業務の負担軽減などといった労働条件の代償的調整はされていない」。

また、「本件改訂に併せて、被告は定期昇給の実施、福利厚生制度の積立額及び貯蓄額の変更・停止、生活支援融資制度の創設といった諸措置を講じたことは認められるものの、定期昇給以外の措置は被告社員の広く行き渡る措置ではないから、これを本件における賃金削減の代償措置と評価することはできないし、また、定期昇給については一定の軽減作用はあることは否定できないものの、定期昇給後の基準賃金が削減対象となることからすると、上記不利益を緩和する効果をさほど重視するのは相当でない。したがって、本件において、被告社員が被る上記不利益を緩和する措置が採られているとはいえない。」

しかし、「本件改訂は、SHI再構築策の一つとして、総労務費の削減を目的とするものであるから、平成一四年及び同一五年度の二年度における賃金削減を実施した後に、金銭的な代償措置を講じることは、その効果を減殺することになるから、もともと、代替措置の余地に乏しいものであるところ、本件改訂では、賃金の削減も二年間に限定したものが予定され、実際にも二年度で終了したのであるから、以後の賃金の恒久的な引き下げとなる賃金削減類型と同列に論じることはできない。」

⑤労働組合等との交渉の経緯について
一四年改訂について、「一四年改訂の実施に先立ち、被告は、住重労組及び四労組にSHI再構築策を提示して団体交渉を重ね、その結果、平成一四年三月三〇日には住重労組と、また、一四年改訂実施後ではあるが、JMIU支部を除く四労組と一部内容の修正の上で同意を得るに至っているから、結局、SHI再構築策には、被告社員の約九九パーセントによって組織される各労働組合が合意したこととなる。」

「そして、前記(1)、イの認定事実及び証拠(略)により認められる、〔1〕住重労組は、平成一四年提案につき当初厳しい態度を示していたものの、数度にわたる交渉を経ると、これを受入れるに至ったこと、〔2〕平成一四年提案のうちの労務費削減策は、被告社員すべてを対象とするもので、一定の範囲の社員のみを対象とするものではないこと、〔3〕JMIU支部は、全造船追浜浦賀分会、同玉島分会及びJMIU新居浜支部と合同して団体交渉に臨んでおり、したがって、SHI再構築策に関し、上記のとおりSHI再構築策に合意した三労組と同様の説明を受けていることなどの事実に加えて、平成一四年提案を受け入れた各労働組合において、その妥結に向けての意思形成に関して何らかの不当な影響を受けたといった事情も窺われないことなどを勘案するならば、SHI再構築策をめぐる上記のような労働組合の各妥結状況は、労務費削減を含めた重大な労働条件の変更につき、その対象者となる被告社員の意見を集約し、また、その利益を代表する立場にある労組が被告との十分な利害調整を経て妥結されたことを推定させるものということができる。」

また、一五年改訂について、「被告は住重労組の合意を得るに至ったこと(前記(1)、ウ)は、一四年改訂の際の状況と同じであり(なお、SHI再構築策と異なり、全造船追浜浦賀分会や同玉島分会、JMIU新居浜支部の同意を得ていないが、被告社員の圧倒的多数により組織されている労働組合により支持されているという意味では差異はない)、また、住重労組の上記対応につき、不当な影響によるものであるなどといった事情が窺われないことも、上記と同様である。」

第2 総合考慮について
「本件改訂は、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、原告らを含めた被告社員が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を有すると評するのが相当であり、これに同意をしていない原告らに対しても、効力を生じるものというべきである。」

【結論】
「原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却する」

【コメント】
本件では、
①  「就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度」につき、㋐10%前後の削減であること、及び㋑2年間の時限的な措置であること、
②  「使用者側の変更の必要性の内容・程度」につき、㋐多額の損失を計上したこと、㋑株価が額面額割れしたこと、及び㋒債券格付け機関による債券格付け評価が2段階レベルダウンしたこと、
③  「③変更後の就業規則の内容自体の相当性」につき、必ずしも代償措置として十分ではないものの、賃金の削減も二年間に限定したものが予定され、実際にも二年度で終了したのであるから、以後の賃金の恒久的な引き下げとなる賃金削減類型と同列に論じることはできないこと、
④  「労働組合等との交渉の経緯」につき、㋐被告社員の約98~99%によって組織される各労働組合が合意したこと、及び㋑妥結過程に不当な影響によるものであるなどといった事情が窺われないこと
などから、合理性が肯定されており、使用者に有利な裁判例ですので、ご紹介します。

なお、本裁判例についての動画解説の視聴にご興味のある方(経営者、社労士先生など)は、★<メルマガ6月号裁判例特典動画(Short ver.)の申込フォームはこちら>URL:https://www.itm-asp.com/form/?3223★<メルマガ6月号裁判例特典動画(Long ver.)及び(Short ver.)の申込フォームはこちら>URL:https://www.itm-asp.com/form/?3222から、ご視聴下さい。
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