メルマガ2018年3月号

目次

①子会社におけるセクハラ行為に関し親会社の信義則上の義務違反が否定された例(イビデン建装元従業員事件・最判平成30年2月15日)

【判例】
事件名:イビデン建装元従業員事件
判決日:最判平成30年2月15日

【事案の概要】
B1社(勤務先会社)に契約社員として採用され、上告人Y社(B社1及びB2社の親会社)の事業場内にある本件工場で就労していた被上告人Xが、同じ事業所内で就労していたB2社の従業員Aから、
本件行為1(XがB1社を退職するまでに行われた、Xとの交際を諦めきれず、本件工場で就労中のXに近づいて自己との交際を求める旨の発言を繰り返し、Xの自宅に押し掛けるなどしたAの各行為)
及び
本件行為2(XがB1社を退職した後に行われた、Xの自宅付近において数回Aの自動車を停車させるなどしたAの各行為)
というセクハラ行為を受けたとして、A、B1社、B2社及びY社に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を求めた。
控訴審は、A、B1社、B2社及びY社の責任を認めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 
上告審は、次の理由からYの責任を否定した。

1 Y社の雇用契約上の付随義務の有無(否定)

「被上告人は,勤務先会社に雇用され,本件工場における業務に従事するに当たり,勤務先会社の指揮監督の下で労務を提供していたというのであり,上告人は,本件当時,法令等の遵守に関する社員行動基準を定め,本件法令遵守体制を整備していたものの,被上告人に対しその指揮監督権を行使する立場にあったとか,被上告人から実質的に労務の提供を受ける関係にあったとみるべき事情はないというべきである。また,上告人において整備した本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が,勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務を上告人自らが履行し又は上告人の直接間接の指揮監督の下で勤務先会社に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない」ことを理由に、「上告人は,自ら又は被上告人の使用者である勤務先会社を通じて本件付随義務を履行する義務を負うものということはできず,勤務先会社が本件付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって,上告人の被上告人に対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない」と判断した。

 

2 Y社の相談窓口制度等による信義則上の義務

(1) 一般論
「上告人は,本件当時,本件法令遵守体制の一環として,本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け,上記の者に対し,本件相談窓口制度を周知してその利用を促し,現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は,本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として,本件相談窓口における相談への対応を通じて,本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し,又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと,本件グループ会社の事業場内で就労した際に,法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が,本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば,上告人は,相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ,上記申出の具体的状況いかんによっては,当該申出をした者に対し,当該申出を受け,体制として整備された仕組みの内容,当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。」

(2)本件

ア 本件行為1
「被上告人が本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことに照らすと,上告人は,本件行為1につき,本件相談窓口に対する相談の申出をしていない被上告人との関係において,上記……の義務を負うものではない。」

イ 本件行為2
「本件申出は,上告人に対し,被上告人に対する事実確認等の対応を求めるというものであったが,本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が,上告人において本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれない。本件申出に係る相談の内容も,被上告人が退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり,従業員Aの職務執行に直接関係するものとはうかがわれない。しかも,本件申出の当時,被上告人は,既に従業員Aと同じ職場では就労しておらず,本件行為2が行われてから8箇月以上経過していた」ことを理由に、「上告人において本件申出の際に求められた被上告人に対する事実確認等の対応をしなかったことをもって,上告人の被上告人に対する損害賠償責任を生じさせることとなる上記……の義務違反があったものとすることはできない。」

3 結論 

「上告人は,被上告人に対し,本件行為につき,債務不履行に基づく損害賠償責任を負わないというべきである」と判断した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【コメント】

本判決は、親会社が、グループ会社(自社及び子会社等)における法令遵守体制を整備し、法令等の遵守に関する相談窓口を設け、現に相談への対応を行っていた場合において、親会社が子会社の従業員から相談を受けた場合に、どのような対応をしなければならないかを考える際に、参考になるものです。

本判決は、一般論として、親会社が子会社の従業員に対して、信義則上適切に対応する義務を負う場合があることを肯定しています。そのため、本件の事実関係においては結論として上記義務違反は認められませんでしたが、個別具体的な事情によっては、上記義務違反が認められる可能性がありますので、注意が必要です。

なお、本判決は、事実認定の面でも、第一審(セクハラ行為の存在を否定)と控訴審(セクハラ行為の存在を肯定)で正反対の認定をしているため、例えば、使用者が従業員からセクハラ行為に関する相談を受けた場合に、使用者として、どのような証拠に基づく調査を行えばよいか、関係者のどのような供述を信用すればよいのかなどを検討する際にも、参考になるものです。

②タクシー乗務員の歩合給及び残業代に関し、会社の主張を認めた事例(国際自動車事件(差戻審)・東京高判平成30年2月15日)

【判例】

事件名:国際自動車事件(差戻審)

判決日:東京高判平成30年2月15日

【事案の概要】

Y社に雇用され、タクシー乗務員として勤務していたXらが、歩合給の計算にあたり残業手当等に相当する金額を控除する旨を定めるY社の賃金規則上の定めが無効であり、Y社は、控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うと主張して、Y社に対し,未払賃金等の支払を求めた。

なお、上告審(最判平成29年2月28日)では、労働契約において売上高の一定割合に相当する金額から労働基準法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨の定めが、当然に無効であると判断することはできないとした上で、労基法37条の定める割増賃金の支払といえるかの審理判断のために、原審に差戻した(本件は、その差戻審である。)。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 

(1)Y社における賃金の定め

Y社の就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)は,本採用されているタクシー乗務員の賃金につき,おおむね次のとおり定めていた。

「ウ(ア)割増金及び歩合給を求めるための対象額(以下「対象額A」という。)を,次のとおり算出する。

対象額A=(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62

(イ)所定内基礎控除額は,所定就労日の1乗務の控除額(平日は原則として2万9000円,土曜日は1万6300円,日曜祝日は1万3200円)に,平日,土曜日及び日曜祝日の各乗務日数を乗じた額とする。また,公出基礎控除額は,公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(平日は原則として2万4100円,土曜日は1万1300円,日曜祝日は8200円)を用いて,所定内基礎控除額と同様に算出した額とする。」

「オ 残業手当は,次の①と②の合計額とする。

①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間

②(対象額A÷総労働時間)×0.25×残業時間」

「キ歩合給(1)は,次のとおりとする(以下,この定めを「本件規定」という。」

「対象額A-{割増金(深夜手当,残業手当及び公出手当の合計)+交通費}」

(2) 争点に対する判断について

ア 労働基準法37条違反の有無

(ア)公序良俗違反による法37条違反

「本件賃金規則においては,時間外手当としての割増金(深夜手当,残業手当,公出手当)と歩合給(1)を算出するに当たっては,まず,所定の計算式によって対象額Aを算出した上,これを基礎額として,割増金及び歩合給(1)を算出する定めとなっている。そして,歩合給(1)については,対象額Aから割増金及び交通費を控除するものとされているが,法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定していないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効と解することができないことは,本件上告審判決で判示されたとおりである。」と判断された。

(イ)合理性を欠くことによる法37条違反

「労働契約の内容となる賃金体系の設計は,法令による規制及び公序良俗に反することがない限り,私的自治の原則に従い,当事者の意思によって決定することができるものであり,…歩合給は,成果主義に基づく賃金であるから,労働の成果に応じて金額が変動することを内容としており,労働の成果が同じである場合,労働効率性を評価に取り入れて,労働時間の長短によって歩合給の金額に差が生ずるようにその算定過程で調整を図ることは不合理なことではなく,本件規定において,歩合給(1)の算定に当たって割増金相当額を控除する方法は,労働時間に応じた労働効率性を歩合給の金額に反映させるための仕組みとして,合理性を是認することができるというべきである」と判断された。

タクシー業務は,単独で業務車両を運行して営業活動を自由に行うという業務の形態から,乗務員は,会社組織に属しながらも業務遂行の点で自主性,独立性が高く,日常の営業活動においては,いわゆる個人タクシーと同じように,実質的に個人事業主と変わらない特質を有する上,賃金制度での歩合給制の採用によって,売上を伸ばして増収を図るために,所定労働時間を超えて長時間労働に陥りやすい労働の実態があることから,過剰な長時間労働を抑止することで,乗務員の健康や業務の安全管理を図る必要があること,また,24時間営業のために,乗務体制としてシフト制を採用していることから,深夜労働が多い時間帯とそうでない日中の時間帯に乗務員を振り分ける必要があり,乗務員の事情によっては,深夜勤務や時間外労働ができない者もあるため,会社に所属する乗務員全体としての賃金体系での公平性を確保する必要があること,さらに,会社の立場からは,営業用車両の確保・維持や諸施設の維持管理などの,営業体制を整備するのに相応の各種経費を要するものであり,これらの経費を考慮した上で,法的規制の下で限られた範囲の収入の中で適正利潤を確保しなければならないこと,といった事情が認められる。他方において,…一審原告らが指摘するGPSやタコメーター等の走行記録を利用した業務管理の方法は,全乗務員に対して日常的かつ網羅的に実施するには,多大な労力とコストを伴うもので,経営面からは現実的な手法であるとは言い難いし,賃金面から乗務員に対して労働効率化の働き掛けを行おうとする施策を否定する理由とはならない。

そうすると,本件規定による歩合給(1)の算定方法は,前記認定のとおり,揚高の一定割合を基礎として割増金相当額を控除費目として合理的な利潤を確保するとともに,賃金面において,乗務員に対して労働効率化への動機付けを行うことで,非効率的な時間外労働を抑止し,効率的な営業活動を奨励しようとするもので,業務の実態に即した賃金制度として合理性を認めることができる」と判断された。

イ 明確区分性の有無

「本件賃金規則では,乗務員に支給される賃金は,基本給,(乗務しなかった場合の)服務手当,交通費,歩合給及び割増金によって構成され,このうちの割増金は,深夜手当,残業手当及び公出手当(法定外休日労働分及び法定休日労働分)をその内容とし,歩合給は,毎月の揚高を基礎として算出される成果主義的な報酬である歩合給(1)と,賞与の廃止に伴い,これに替わるものとして定められた歩合給(2)があり,…基本給,服務手当及び歩合給の部分が,通常の労働時間の賃金に当たる部分となり,割増金を構成する深夜手当,残業手当及び公出手当が,法37条の定める割増賃金に当たる部分(ただし,残業手当の対象となる法内時間外労働の部分と,公出手当の対象となる法定外休日労働の部分は,法37条の定める割増賃金には当たらない。)に該当する」と判断された

 したがって、「本件賃金規則においては,通常の労働時間の賃金に当たる部分と法37条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められているということができる」と判断した。

ウ 割増賃金の金額適格性について

「本件賃金規則において,上記の「賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額」に該当するのは,歩合給(1)となる。他方で,本件賃金規則では,割増賃金を構成する残業手当,深夜手当及び公出手当について,その歩合給に相当する部分の算定方法としては,対象額A(歩合給(1)の算定過程で控除される割増金の控除前の金額)を総労働時間で除し,これに0.25(残業手当,深夜手当及び公出手当のうち法定外休日労働分)又は0.35(公出手当のうち法定休日労働分)を乗じた金額に該当する労働時間を乗ずる旨を定めている。そうすると,本件賃金規則では,割増賃金として支払われる金額は,賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額(歩合給(1))ではなく,割増金を控除する前の対象額Aを計算の基礎とするから,それを控除した後の歩合給(1)に相当する部分の金額を基礎として算定する法37条等に定められた割増賃金の額を常に下回ることがないということができる。

 したがって,本件賃金規則においては,割増金の支払については,法37条の定める支給要件を満たしているというべきであって,一審被告の一審原告らに対する未払の割増金又は歩合給があるとは認められない。」と判断された。

2 結論

本判決は、結論として「歩合給の算定に当たり割増金を控除する旨を定めた本件規定が,法37条に違反することはなく,本件賃金規則における賃金の定めが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができ,割増賃金として支払われる金額が,法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回ることはないから,一審原告らに対する未払の割増金(主位的請求の部分)又は歩合給(予備的請求の部分)は存」しないと判断した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【コメント】

本判決は、過去のメルマガ(2017年4月号)でも取り上げた、国際自動車事件(最判平成29年2月28日)の差戻審です。

上記最高裁では、歩合給の場合の割増賃金に関し、㋐「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否か」を検討した上で、㋑「割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否か」を検討すべきとの判断基準を示しており、差戻審ではまさにこの点が審理判断されることになりました(この2点は、固定残業代の有効性の判断基準と同様のものです。)。

★国際自動車事件については、2017年4月号2020年5月号でも取り上げています。

③月45時間を超える時間外労働の対価としての業務手当について、固定残業代としての有効性が肯定された例(コロワイドMD事件・東京高判平成28年1月27日)

【判例】

事件名:コロワイドMD事件

判決日:東京高判平成28年1月27日

【事案の概要】

Y社(被控訴人)に吸収合併された甲社との間でかつて労働契約を締結していたX(控訴人)が、Y社に対し、在職中の時間外、休日、深夜労働等についての割増賃金及び付加金を請求した。

Y社給与規程において、「業務手当」は、給与の種類は「基準外手当」とされ、また、「業務手当は、時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日勤務手当、休日深夜勤務手当の代わりとして支払うものとする。但し、不足がある場合は、別途これを支給する」と規定されていた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 業務手当の固定残業代としての有効性

「控訴人は、被控訴人が業務手当は月当たり時間外労働70時間、深夜労働100時間の対価として支給されているとすることに関して、平成10年12月28日労働省告示第154号所定の月45時間を超える時間外労働をさせることは法令の趣旨に反するし、36協定にも反するから、そのような時間外労働を予定した定額の割増賃金の定めは全部又は一部が無効であると主張する。しかし、上記労働省告示第154号の基準は時間外労働の絶対的上限とは解されず、労使協定に対して強行的な基準を設定する趣旨とは解されないし、被控訴人は、36協定において、月45時間を超える特別条項を定めており、その特別条項を無効とすべき事情は認められないから、業務手当が月45時間を超える70時間の時間外労働を目安としていたとしても、それによって業務手当が違法になるとは認められない。

 また、控訴人は、36協定で特別条項が設けられていたとしても、臨時的な特別な事情が存在し、被控訴人が組合に特別条項に基づき時間外労働を行わせることを通知し、特別条項により定められた制限の範囲内でなければ特別条項に基づく時間外労働として適法とは認められないから、特別条項の要件を充足しない時間外労働を予定した業務手当の定めは無効であると主張する。しかし、業務手当が常に36協定の特別条項の要件を充足しない時間外労働を予定するものであるということはできないし、また、仮に36協定の特別条項の要件を充足しない時間外労働が行われたとしても、割増賃金支払業務は当然に発生するから、そのような場合の割増賃金の支払も含めて業務手当として給与規程において定めたとしても,それが当然に無効になると解することはできない。」

2 結論

 本判決は、Y社の業務手当が固定残業代として有効であると判断した。

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【コメント】

本判決は、月45時間を超える時間外労働(月70時間、深夜労働100時間)への対価として支払われていた固定残業代の有効性が認められたものです。

36協定の締結による労働時間の延長時間の上限(原則として月45時間)を大きく超えた時間外労働を前提とした固定残業代については、無効とした裁判例もあるものの、本判決は、当該手当の金額に対応する時間外労働の時間数が月45時間を超えているというだけで必ずしも無効となるわけではないとした点で参考になります。

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