メルマガ 2017年6月号

目次

①労働同一賃金の原則(その4:メトロコマース事件)

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【判例】

事件名:メトロコマース事件
判決日:東京地判平成29年3月23日

【事案の概要】

Y社の契約社員として有期労働契約を締結し,東京メトロ駅構内の売店で販売業務に従事していたXらが,期間の定めのない労働契約を締結しているY社の正社員らと同一内容の業務に従事しているにもかかわらず,労働条件につきXらと差異があることが労契法20条に反し,かつ公序良俗に反すると主張し,Y社に対し,差額賃金等の支払いを求めた。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 労契法20条違反の成否
(1)適用の可否と主張立証責任
本判決は,まず,「原告らが主張する契約社員Bと正社員との間の賃金や諸手当等の労働条件の相違は,その内容に照らしていずれも期間の定めの有無に関連して生じたものであることが明らかであるから,労働契約法20条が施行された平成25年4月1日以降は,本件には同条の適用がある」として,Xらへの労契法20条の適用の可能性を認めた。

そして,「同条の不合理性については,労働者は,相違のある個々の労働条件ごとに,当該労働条件が期間の定めを理由とする不合理なものであることを基礎付ける具体的事実(評価根拠事実)についての主張立証責任を負い,使用者は,当該労働条件が不合理なものであるとの評価を妨げる具体的事実(評価障害事実)についての主張立証責任を負うものと解するのが相当である。以上の結果,当該労働条件の相違について,労働契約法20条が掲げる諸要素を考慮してもなお不合理であるとまでは断定できない場合には,当該相違は同条に違反するものではないと判断される」とした。

(2)正社員と契約社員の職務等の相違
ア 職務内容の相違
本判決は,「被告の約600名の正社員のうち売店業務に従事する者はわずか18名(平成27年1月現在)であり,大半の正社員は,被告の各部署において売店業務以外の多様な業務に従事している」こと,他方,「契約社員Bは売店業務に専従し,数年おきに売店間での配置換え(メトロス事業所内での勤務場所の変更にすぎず配置転換とは異なる。)が行われることはあっても,売店業務以外の業務に従事することはない」こと,「売店業務に限ってみても,代務業務は,原則として正社員及び契約社員Aが行い,契約社員Bは原則として行わないという相違があり,また,正社員は,複数の売店を統括し,その管理業務等を行うエリアマネージャーの業務に従事することがあるのに対し,契約社員Bがエリアマネージャーに就くことはない」ことなどから,「正社員と契約社員Bの間には,従事する業務の内容及びその業務に伴う責任の程度に大きな相違がある」と認定した。

イ 職務内容及び配置の変更の範囲の相違
また,「被告の正社員は,各部署において多様な業務に従事し,業務の必要により配置転換,職種転換又は出向を命じられることがあり,正当な理由なくこれを拒むことはできない」,「他方,契約社員Bは売店業務に専従し,業務の場所(売店)の変更を命じられることはあっても,配置転換や出向を命じられることはない」ことから,「被告の正社員と契約社員Bの間には,職務の内容及び配置の変更の範囲についても明らかな相違がある」と認定した。

ウ なお,Xらは,正社員のうち,売店業務に専従している正社員のみを比較の対象とする主張をしたが,「被告の正社員の大半は,その従事する業務は売店業務に限られず,被告の各部署において多様な業務に従事するのであって,ごく一部の正社員が,売店業務を担っていた互助会から被告に移籍したり,契約社員Bから登用されたりしたという経歴,担当業務を踏まえて売店業務に配置され,例外的に専従していると考えられる上,売店業務に専従する正社員とそれ以外の正社員とで適用される就業規則に違いがないことを踏まえると,契約社員Bとの労働条件の相違を検討する上では,売店業務に従事する正社員のみならず,広く被告の正社員一般の労働条件を比較の対象とするのが相当である」として,退けられた。

2 各相違の不合理性
 本判決は,以上を踏まえて,以下のとおりXらの主張する各相違の不合理性の有無を認定した。

相違の内容不合理性の有無
本給及び資格手当不合理性否定←「両者の間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違がある上,正社員には長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け,短期雇用を前提とする有期契約労働者にはこれと異なる賃金体系を設けるという制度設計をすることには,企業の人事施策上の判断として一定の合理性が認められる」こと,「契約社員Bの本給も毎年時給10円ずつの昇給が存在すること,契約社員Bには正社員にはない早番手当及び皆勤手当が支給されること」などを考慮し,本給等における相違及び,昇給・昇格について異なる制度を設けることは,不合理なものであるとは認められないとした。
住宅手当不合理性否定←「被告における住宅手当が,住宅に要する費用負担の有無を問わず一律に支給されることからすれば,実際に支出した住宅費用の補助というよりは,正社員に対する福利厚生としての性格が強い手当ということができるところ,被告の正社員は転居を伴う可能性のある配置転換や出向が予定され,配置転換や出向が予定されない契約社員Bと比べて,住宅コストの増大が見込まれることに照らすと,正社員に対してのみ住宅手当を支給することが不合理であるということはできない」し,「長期雇用関係を前提とした配置転換のある正社員への住宅費用の援助及び福利厚生を手厚くすることによって,有為な人材の獲得・定着を図るという被告の主張する目的自体は,人事施策上相応の合理性を有する」。
賞与不合理性否定←「被告の正社員と契約社員Bとの間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違があることや,契約社員Bにも夏季及び冬季に各12万円の賞与が支給されることに加え,賞与が労働の対価としての性格のみならず,功労報償的な性格や将来の労働への意欲向上としての意味合いも持つこと,かかる賞与の性格を踏まえ,長期雇用を前提とする正社員に対し賞与の支給を手厚くすることにより有為な人材の獲得・定着を図るという被告の主張する人事施策上の目的にも一定の合理性が認められることなどを勘案すると,賞与における正社員と契約社員Bとの上記相違は,不合理なものであるとまでは認められない」。
退職金不合理性否定←「一般に退職金が賃金の後払い的性格のみならず功労報償的性格を有することに照らすと,企業が長期雇用を前提とした正社員に対する福利厚生を手厚くし,有為な人材の確保・定着を図るなどの目的をもって正社員に対する退職金制度を設け,短期雇用を原則とする有期契約労働者に対しては退職金制度を設けないという制度設計をすることは,人事施策上一定の合理性を有するものと考えられる」し,「正社員と契約社員Bとの間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違があること,被告では契約社員Bのキャリアアップの制度として契約社員Bから契約社員A及び契約社員Aから正社員への登用制度が設けられ,実際にも契約社員Bから契約社員Aへの一定の登用実績(5年間で28名)があることなどを併せ考慮すると,退職金における正社員と契約社員Bとの間の相違は,不合理とまでは認められないというべきである」。
褒章不合理性否定←「永年勤労に係る褒賞は,永年勤続し被告に貢献した従業員に対し被告が特別に褒賞を支給するというものであるから,長期雇用を前提とする正社員のみを支給対象とし,有期労働契約を締結し短期雇用が想定される契約社員A及びBには褒賞を支給しないという扱いをすることは不合理とまではいえない」し,「正社員と契約社員Bとの間には職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲に大きな相違があること,長期雇用を前提とする正社員に対する福利厚生を手厚くすることにより有為な人材の確保・定着を図るという目的自体に一定の合理性が認められることからすれば,褒賞における正社員と契約社員Bとの間の相違は,不合理なものとまでは認められない」。
早出残業手当不合理性肯定←「早出残業手当は,その内容から,被告従業員の時間外労働に対する割増賃金としての性質を有するものと認められ」,「労働基準法37条が時間外労働等に対する割増賃金の支払を義務付けている趣旨は,時間外労働は通常の労働時間に付加された特別の労働であることから,使用者に割増賃金の支払という経済的負担を課すことにより時間外労働等を抑制することにある。かかる割増賃金の趣旨に照らせば,従業員の時間外労働に対しては,使用者は,それが正社員であるか有期契約労働者であるかを問わず,等しく割増賃金を支払うのが相当というべきであって,このことは使用者が法定の割増率を上回る割増賃金を支払う場合にも妥当するというべきである一方,長期雇用を前提とした正社員に対してのみ,福利厚生を手厚くしたり,有為な人材の確保・定着を図ったりする目的の下,有期契約労働者よりも割増率の高い割増賃金を支払うことには合理的な理由をにわかに見いだし難いところである」ところ,Y社では「所定労働時間を超える勤務すなわち時間外労働について,正社員の場合には最初の2時間までは2割7分,2時間を超える時間については3割5分の割増率による早出残業手当(割増賃金)が支払われるのに対し,契約社員Bの場合には法定の割増率と同じ2割5分の割増率による早出残業手当が支払われるにすぎず,両者の割増率には相違がある。割増賃金の性質を有する早出残業手当におけるかかる相違は,労働契約の期間の定めの有無のみを理由とする相違であって,前述した労働基準法37条の趣旨に鑑みると,当該相違は不合理なものというべきである」。

3 結論

本判決は,上記の検討を経て,早出残業手当についてのみ不合理性を認め,公序良俗に反するとして,Xらのうち1名についてのみ,約4000円の差額分の支払いを認めた。

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【コメント】

本判決が、正社員と契約社員の労働条件の相違を検討するにあたって、売店業務に専従している正社員のみを対象とはせず、広く正社員一般の労働条件を比較の対象としたのは注目すべき点です。ただし、売店業務に専従している正社員の割合、経緯等について言及した上での判断であるため、事案によっては、比較の対象となる正社員について異なる判断がされる可能性もあると考えられます。

②業務外のチャット時間の労働時間性を肯定した例

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【判例】

事件名:ドリームエクスチェンジ事件
判決日:東京地判平成28年12月28日

【事案の概要】

Y社が、Xを、業務外のチャットが多数回・長時間にわたること及びその内容に問題があることを理由に懲戒解雇したところ、Xは,解雇は無効であり自己の意思により退職したと主張し、未払い賃金等の支払いを求めた。これに対し、Y社は、Xの業務外チャット時間を労働時間から控除すると給与が過払いであると主張し、反訴として既払い給与の返還を請求した。

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】 

1 懲戒解雇の有効性
(1)懲戒事由の存在
本判決は,下記(ア)~(オ)の5つの懲戒事由の存在を認めた。

<懲戒事由>(ア)業務中に社内のパソコンを使い,非常に頻繁に他の社員と業務と無関係のチャットをして職務を著しく怠ったこと(イ)チャット内で,Y社の営業上かつ信用上重要な顧客データ等を持ち出すことを社員Cに唆したこと(ウ)チャット内で,Y社が倒産寸前であるかのような信用毀損を旨とする嘘を言ったこと(エ)チャット内で,Y社の社員に対する誹謗中傷を繰り返したこと(オ)チャット内で,女性社員に性的な誹謗中傷を繰り返したこと

(2)懲戒処分の相当性
 ア 職務専念義務違反があること
本判決は,Y社による上記懲戒事由を理由とした懲戒解雇が相当といえるかにつき,まず,「業務時間中に私的なチャットを行った場合,この職務専念義務に反することになる」が,「職場における私語や喫煙所での喫煙など他の私的行為についても社会通念上相当な範囲においては許容されていることからすれば,チャットの時間,頻度,上司や同僚の利用状況,事前の注意指導及び処分歴の有無等に照らして,社会通念上相当な範囲内といえるものについては職務専念義務に反しない」との基準を示した。Xのチャットについて,「その回数は異常に多いと言わざるを得ないし,概算で同時分になされたチャットを1分で算定すると1日当たり2時間,30秒で換算しても1時間に及ぶものである」ため,「社会通念上,社内で許される私語の範囲を逸脱したものと言わざるを得ず,職務専念義務に違反する」と認定した。

 イ 職場秩序を乱したといえること
「職務専念義務違反(業務懈怠)自体は,単なる債務不履行であり,これが就業に関する規律に反し,職場秩序を乱したと認められた場合に初めて懲戒事由になる」ところ,「本件チャットの態様,悪質性の程度,本件チャットにより侵害された企業秩序に対する影響」及びXに反省の態度が見られないことからすると,「本件解雇(懲戒解雇)は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められる」として,懲戒解雇を有効とした。

2 チャットをしていた時間の労働時間該当性
(1)判断基準
本判決は,「労基法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が当該時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである」ところ,「労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」ため,「本件チャットを行っていた時間であっても,労働契約上の役務の提供が義務付けられているなど労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たる」との基準を示した。

(2)Xが本件チャットを行っていた時間について
本判決は,本件チャットが「自席のパソコンで行われたものであること」,「原告の業務態度に問題がある等として,被告が原告を注意指導したことは一切なかったこと」,「本件チャットは,基本的に社外の人間との間ではなく,会社内の同僚や上司との間で行われたものであること」,「業務に無関係なチャット,業務に無関係とまではいえないチャット,私語として社会通念上許容される範囲のチャット及び業務遂行と並行してなされているチャットが渾然一体となっている面があり,明らかに業務と関係のない内容のチャットだけを長時間に亘って行っていた時間を特定することが困難であること」等を考慮して,「所定労働時間内の労働については,いずれも使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,労基法上の労働時間に当たる」とした。

また,「所定労働時間内になされたチャットと所定労働時間外になされたチャットの時間を区別して主張立証するものではないこと」,「所定労働時間外になされたチャットの態様(乙1)をみても,いずれも同僚との間でなされたチャットであり,私語として許容される範囲のチャットや業務遂行と並行して行っているチャットとが渾然一体となっている面があること」,「明らかに業務と関係のない内容のチャットだけを長時間に亘って行っていた時間を特定することが困難であること」を考慮して,「所定労働時間外になされたチャットについても,被告の指揮命令下においてなされたものであり,労働時間に当たるというべきである。よって,居残り残業時間から,この時間になされたチャットに要した時間を控除することはできない」とした。

(3) 以上の検討から,「チャットの私的利用は,使用者から貸与された自席のパソコンにおいて,離席せずに行われていることからすると,無断での私用外出などとは異なり,使用者において,業務連絡に用いている社内チャットの運用が適正になされるように,適切に業務命令権を行使することができたにもかかわらず,これを行使しなかった結果と言わざるを得ない」として,チャットをしていた時間は,労働時間に当たるとした。


3 結論
以上より,本判決は,XのY社に対する未払い賃金等の支払請求を一部認め,Y社の既払い給与の返還請求は認めなかった。

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【コメント】
本判決は、業務外のチャットにより懲戒解雇を有効としつつ、そのチャット時間の労働時間性を肯定しており、注目すべき判決といえます。会社内部の連絡手段として、チャット等の手段が採用されることが増えていますが、本判決の判断からすると、チャット等の記録が残っていたとしても業務と並行として私的に利用されている場合、労働時間性を否定することは容易ではないと考えられます。私的な利用については、改善指導等を日頃からこまめに行うなどの対応も考えられます。

③元労働者のウェブサイト上の記述の名誉毀損等かつ認められた例

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【判例】

事件名:ジボダンジャパン事件
判決日:東京地判平成28年12月26日

【事案の概要】

X社に懲戒解雇されたYは、解雇の無効等を主張する労働訴訟を行い、敗訴が確定した後、当該労働事件に関連して、ウェブサイト上の記事に、①X社が報復人事を行ったことや、X社がYとの労働事件において勝訴のために辻褄の合わない主張をしたことを摘示する記述(以下、「本件記述」という。具体的な内容は、下記のとおり。)や、②X社の内部文書(企業行動憲章やコンプライアンスに関する文書など。以下、「本件文書」という。)等を掲載した。

そこで、X社は、Yの記事のうち、①について名誉毀損、②について秘密保持義務違反及び著作権侵害等に当たると主張し、損害賠償の支払い、本件記述の削除及び名誉回復措置としての謝罪広告の掲載等を求めた。

<本件記述の内容>(1)「更には会社が人員を辞めさせる常套手段(法律の抜け穴)として用いられている報復人事に際して異議を唱え、」(2)「裁判に勝つためとはいえ、企業が裁判所でこのような辻妻の合わない矛盾だらけの主張を行うことが認められて良いのでしょうか?」(3)「「従業員たるものは会社から辞めて欲しい。辞めたくないなら見せしめ人事・即異動だ。という業務命令にも従うべき」という判決。」

【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線は引用者による。)】 

1 名誉毀損の成否
(1)判断基準
 本判決は、まず、ウェブサイトに掲載した記述内容が他人の社会的評価を低下させ名誉毀損に当たるかどうかにつき、「新聞、雑誌等に掲載された記事と同様に、当該記述についての一般の閲覧者の普通の注意と読み方とを基準とし、問題とされた記述部分の前後の文脈や、記述の公表当時に一般の閲覧者が有していた知識及び経験等を考慮して判断すべきである」との判断基準を示した。

(2)本件記述の内容について
そして、本件記事の内容は、労働事件に関して「裁判所への批判や問題提起の形を取りつつ、原告への批判も含む趣旨のものであ」り、本件記事の一部である本件記述は、それぞれ、X社が「法律の規制の隙間をつき、報復として被告(TIT注:従業員)を懲戒解雇するなど、従業員への配慮を欠いた不当な処遇を行う会社である」、「裁判に勝つためであれば手段を問わず、辻褄の合わない主張をするような信頼できない会社である」「退職勧奨に従わない従業員に対しては、見せしめのための人事異動をする会社である」という印象を見る者に与えるものであるため、いずれもX社の社会的評価を低下させるとした。

(3)結論
そのうえで、本件記述の内容は、いずれも真実であると認めることはできず、Yが真実であると信ずるに足りる相当の理由もないとして、名誉毀損の成立を認めた。

2 秘密保持義務違反の成否
(1)判断基準
本判決は、まず、「使用者は、労働者に対し、業務上の必要に基づき、就業規則又は個別合意等により業務上知り得た秘密の不正な利用を禁ずることができる」が、他方「労働者が退職した後においても秘密保持義務を負わせることは、労働者の自由を無限定に制約しかねない」として、労働者の契約上の秘密保持義務につき、「就業規則、個別合意の規定や情報の体裁、内容及び管理態様等に照らし、当該情報が秘密保持義務の範囲内にあることが客観的に明確にされており、労働者の予測可能性を害する不当な制約にならない限り」において負わせることができるとの基準を示した。

(2)本件文書について
そして、本件文書につき、「本件秘密保持義務の根拠規定や情報の管理態様等に照らせば、本件各文書の情報は、いずれも当該情報が秘密保持義務の対象となっていることが客観的に明確にされているとはいい難く、これを本件秘密保持義務の対象とした場合には、労働者の予測可能性を害し、特に退職後にあってはその行動を不当に制約するおそれもあるから、これをもって本件秘密保持義務の対象とすることは認められない」として、Yの秘密保持義務違反を否定した。

3 著作権侵害の成否
(1)著作物性
本判決は、71ある本件文書のうち、X社のコンプライアンス遵守に関する文書にのみ創作性があるとして著作物性を認めた。

(2)引用(著作権法32条)として許されるか
 Yは、ウェブサイト上へのコンプライアンス遵守に関する文書の掲載は、X社のYとの労働事件における主張をその行動指針等と対比して妥当なものであったのかどうかを閲覧者に検証してもらうことを目的としたものであり、著作権法32条1項の「引用」として許されると主張していた。

しかし、本判決において、裁判所は、このような目的を達成するために、Yの「目的とは無関係な部分も含めて本件文書3(TIT注:コンプライアンス遵守に関する文書)をその表現方法も含めてそのまま掲載することが必要であるとは認められず」、著作権法32条1項の「批評・・の目的上正当な範囲内」で行われた「引用」であるとは言えないとして、Yの著作権侵害を認めた。


4 結論
本判決は、上記の検討を経て、本件記述の削除、コンプライアンス遵守に関する文書の削除、及び慰謝料として30万円の支払いを認めた。

一方で、ウェブサイトの性格も踏まえると、「謝罪広告を実施することが、名誉回復の手段として適切かつ効果的なものといえるかについては疑問」が残ること、Yがウェブサイトを頻繁に更新し、本件記述に類似する記述を行っているとは認められないため「将来の差止めをする必要性は認められない」ことから、謝罪広告の掲載及び本件記述のウェブサイトへの掲載禁止は認めなかった。

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【コメント】
本判決は、名誉毀損の成立については会社側の主張をほぼ認めた一方、秘密保持義務の範囲については制限的に解し、会社側の主張を退けています。外部へ公表されることを予定していない文書の管理方法について、参考になる裁判例といえます。

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