メルマガ 2017年2月号

目次

①月間70時間等相当の固定残業代を有効とした裁判例

1 月間70時間等相当の固定残業代を有効とした裁判例

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【判例】
事件名:X社事件
判決日:東京高判平成28年1月27日

【事案の概要】

Aは、平成20年4月1日、X社との間で、所定労働時間を1日8時間、賃金は月給制とする雇用契約を締結し、X社にて勤務していたが、平成25年6月1日、X社を退職した。
その後、Aは、在職中の、時間外、休日、深夜労働等についての割増賃金及び付加金(労働基準法114条)の支払いを求める訴えを提起した。
X社の支払っていた「業務手当」の性質及び固定残業代としての法的有効性が争点となった。

なお、X社の給与規程には、以下の規定が存在した。

4条(要旨):給与の種類が分類された規定であり、基準内給与は、基本給、役職給、食事手当、特別手当であり、基準外手当は、業務手当、住宅手当、子供手当、調整給Aである。15条:「業務手当は、時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日勤務手当、休日深夜勤務手当の代わりとして支払うものとする。但し、不足がある場合は、別途これを支給する。」16条(要旨):割増賃金の計算方法に関する規定であり、業務手当は、割増賃金の算定基礎(時間単価)から除外する。

***控訴審判決の結論***

 A(原告、控訴人)の主張控訴審判決
①(ⅰ)他の賃金部分との区分の要否(ⅱ)差額支払いの合意の要否②記載のとおり。上記給与規程の定めからすると、(ⅰ)業務手当は、それ以外の賃金の部分とは明確に区別されており、時間外労働等の対価としての性質を有しており、他の性質をも併有している手当であるとは読み取れない。また、(ⅱ)業務手当で不足した場合には、割増超過手当として別途支給されることも明示されている。
②(ⅰ)想定残業時間数の明示の要否(ⅱ)時間外、深夜、休日、休日深夜の区分の要否(ⅰ)労働基準法は、残業代の支払いについて、時間外労働の時間及びそれに対して支払われた残業代の額が明示されていることを要請している。しかし、給与規程15条では「業務手当」が毎月何時間分の時間外労働に充当されるものなのか明らかでない上、(ⅱ)時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日勤務手当、休日深夜手当と割増率の異なる割増賃金を「業務手当」という単一項目で支払う旨規定されており、労働者が適切なのか否か検証できないため、給与規程の記載は労働基準法37条に違反する。(ⅰ)労働基準法15条及び同法施行規則5条は、固定残業代に対応する想定時間の明示を求めていない。(ⅱ)また、業務手当として支払われている額が明示されている以上、法に定める割増率をもとに、労働基準法所定の残業代が支払われているかを計算して検証することは十分に可能であり、X社は現に計算を行ったものを書証として提出している。(ⅰ)(ⅱ)労働基準法37条はそもそも残業代を支払う旨を定めているにすぎず、X社の業務手当に関する規定が労働基準法37条に違反しているとはいえないし、残業代の支払の定め方として無効であるともいえない。
③名称の妥当性業務手当という名称から時間外労働の対価であることは予測できず、また、X社は求人情報で時間外労働に触れていない。これらの事由は業務手当が定額の割増賃金に当たらないことの根拠となるものではない。
④個別労働契約での定めの要否定額の割増賃金に当たるといえるためには、個別労働契約で定額の割増賃金が定められていなければならない。そのように解すべき根拠はない。
⑤具体的金額設定の妥当性X社は、実際の労働時間を考慮して業務手当の金額を適切に定めていない。業務手当は、実際に生じた各月の割増賃金の全額又は相当の割合を賄うものと認められ、業務手当の金額は不適切とはいえない。
⑥法令の趣旨、36協定との整合性の要否被控訴人が業務手当は月当たり時間外労働70時間、深夜労働100時間の対価として支給されているとすることに関して、平成10年12月28日労働省告示第154号(労働基準法第36条第2項の規定に基づき労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準)所定の月45時間を超える時間外労働をさせることは法令の趣旨に反するし、36協定にも反するので、そのような時間外労働を予定した定額の割増賃金の定めは無効である。労働省告示第154号の基準は時間外労働の絶対的上限とは解されず、労使協定に対して強行的な基準を設定する趣旨とは解されないし、X社は、36協定において、月45時間を超える特別条項を定めており、その特別条項を無効とすべき事情は認められないから、業務手当が月45時間を超える70時間の時間外労働を目安としていたとしても、それによって業務手当が違法になるとは認められない。
⑦36協定の特別条項に基づく時間外労働の適法要件との整合性の要否36協定で特別条項が設けられていたとしても、臨時的な特別な事情が存在し、X社が組合に特別条項に基づき時間外労働を行わせることを通知し、特別条項により定められた制限の範囲内でなければ特別条項に基づく時間外労働として適法とは認められないから、特別条項の要件を充足しない時間外労働を予定した業務手当の定めは無効である。業務手当が常に36協定の特別条項の要件を充足しない時間外労働を予定するものであるということはできないし、仮に36協定の特別条項の要件を充足しない時間外労働が行われたとしても、割増賃金支払業務は当然に発生するから、そのような場合の割増賃金の支払も含めて業務手当として給与規程において定めたとしても、それが当然に無効になると解することはできない。
⑧すべての従業員に対する支給の妥当性業務手当は時間外労働の有無にかかわらずすべての従業員に支給されているから、定額の割増賃金に当たるとはいえない。X社は、経営する店舗の営業日や営業時間との関係で従業員の時間外労働や深夜労働が避けられないことから、正社員に対して業務手当を支給しているものと認められ、X社の業務の態様に照らし、正社員に業務手当を支給することは合理性があると認められる。

***最高裁の結論***

 最決平成28年7月12日
A(原告、控訴人)による上告上告棄却

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【コメント】

本件では、業務手当の性質及び固定残業代としての法的有効性の問題として、上記表の①ないし⑧が論点となり、控訴審判決は以下の通り判断しました。

1 ①(ⅰ)他の賃金部分との区分の要否、(ⅱ)差額支払いの合意の要否について
控訴審判決は、上記給与規程では、業務手当以外の賃金と明確に区別されており、差額支払いの合意もあると判断しました。

2 ②(ⅰ)想定残業時間数の明示の要否、(ⅱ)時間外、深夜、休日、休日深夜の区分の要否について
控訴審判決は、(ⅰ)想定残業時間の明示は不要であること、及び(ⅱ)業務手当として支払われている額が明示されている以上、労働基準法所定の残業代が支払われているかを計算して検証することは可能である旨を判断しました。

3 ③名称の妥当性について
控訴審判決は、「業務手当」という名称でも固定残業代として有効となり得ると判断しました。

4 ④個別労働契約での定めの要否について
控訴審判決は、個別労働契約で定額の割増賃金が定められている必要はないと判断しました。

5 ⑤具体的金額設定の妥当性について
控訴審判決は、実際に生じた各月の割増賃金の全額又は相当の割合を賄うものである業務手当の金額は、固定残業代の金額として不適切とはいえないと判断しました。

6 ⑥法令の趣旨、36協定との整合性の要否について
控訴審判決は、業務手当が月当たり時間外労働70時間、深夜労働100時間の対価として支給されていることは、法の趣旨には反さず、特別条項の定めのあるX社の36協定にも反しないと判断しました。

7 ⑦36協定の特別条項に基づく時間外労働の適法要件との整合性の要否について
控訴審判決は、業務手当が常に36協定の特別条項の要件を充足しない時間外労働を予定するものであるということはできないし、仮に36協定の特別条項の要件を充足しない時間外労働が行われたとしても、割増賃金支払業務は当然に発生するから、そのような場合の割増賃金の支払も含めて業務手当として給与規定において定めたとしても、それが当然に無効になると解することはできないと判断しました。

8 ⑧すべての従業員に対する支給の妥当性について
控訴審判決は、時間外労働の有無にかかわらずすべての従業員に支給されているから、定額の割増賃金に当たるとはいえないとするAの主張を認めませんでした。そして、X社の業務の態様に照らし、すべての正社員に業務手当を支給することは合理性があると認められると判断しました。

9 総括
 これまで、固定残業代の法的有効性については、「無効」と判断する裁判例が数多くありました。例えば、メルマガ2015年6月号でご紹介した、平成26年11月26日付け東京高裁判決などがあります。今回の裁判例は、固定残業代について「有効」との判断を示した裁判例として、使用者にとって有利なものです。

本裁判例において固定残業代が有効とされたポイントの1つとしては、給与規程にて差額支払いが合意されており、差額支払いについて実際に給与規程に従った運用(=支払い)がなされていた点にあると考えます。
その意味では、規程の整備のみならず、実際の運用を適切に行うべきといえましょう。

②無期契約の前の有期契約と雇止め(更新限度を3年とする有期労働契約について、3年目終了時の無期契約への移行を認めず、地位確認請求を棄却した裁判例<判例>(最判平成28年12月1日))

2(労務)更新限度を3年とする有期労働契約について、3年目終了時の無期契約への移行を認めず、地位確認請求を棄却した裁判例<判例>(最判平成28年12月1日)

【判例】

事件名:労働契約上の地位確認等請求事件
判決日:最判平成28年12月1日

【事案の概要】

「被上告人は,平成23年4月1日,上告人との間で,Y学園契約職員規程(以下「本件規程」という。)に基づき,契約期間を同日から同24年3月31日までとする有期労働契約を締結して本件規程所定の契約職員とな」った。なお、本件規程では、契約期間の更新限度は3年とされており、「勤務成績を考慮し,上告人がその者の任用を必要と認め,かつ,当該者が希望した場合」には期間の定めのない職種に異動することができるとされていた。
上告人は、被上告人に対して、平成24年3月19日、同月31日をもって本件労働契約を終了する旨を通知した。それに対し、被上告人が上告人に対して、労働契約上の地位の確認及び賃金の支払い請求をし、訴訟提起した。
上告人は、平成24年3月31日をもって本件労働契約が終了していない場合に備え、平成25年3月31日をもって労働契約を終了する旨、及び平成26年3月31日をもって労働契約を終了する旨(以下、「本件雇止め」という。)を通知している。

【判旨】

【原審の要旨】

原審は、「本件雇止めの前に行われた2度の雇止めの効力をいずれも否定して本件労働契約の1年ごとの更新を認めた上で,」「採用当初の3年の契約期間に対する上告人の認識や契約職員の更新の実態等に照らせば,上記3年は試用期間であり,特段の事情のない限り,無期労働契約に移行するとの期待に客観的な合理性があるものというべきである。被上告人は,本件雇止めの効力を争い,その意思表示後も本件訴訟を追行して遅滞なく異議を述べたといえる以上,本件雇止めに対する反対の意思表示をして無期労働契約への移行を希望するとの申込みをしたものと認めるのが相当である。そして,上告人においてこれまでの2度にわたる雇止めがいずれも客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない結果更新され,その後無期労働契約への移行を拒むに足りる相当な事情が認められない以上,上告人は上記申込みを拒むことはできないというべきである。したがって,本件労働契約は無期労働契約に移行したものと認めるのが相当である。」と判断した。

【最高裁の要旨】

「本件労働契約は,期間1年の有期労働契約として締結されたものであるところ,その内容となる本件規程には,契約期間の更新限度が3年であり,その満了時に労働契約を期間の定めのないものとすることができるのは,これを希望する契約職員の勤務成績を考慮して上告人が必要であると認めた場合である旨が明確に定められていたのであり,被上告人もこのことを十分に認識した上で本件労働契約を締結したものとみることができる。上記のような本件労働契約の定めに加え,被上告人が大学の教員として上告人に雇用された者であり,大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されていることや,上告人の運営する三つの大学において,3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約職員も複数に上っていたことに照らせば,本件労働契約が期間の定めのないものとなるか否かは,被上告人の勤務成績を考慮して行う上告人の判断に委ねられているものというべきであり,本件労働契約が3年の更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない。そして,前記2(3)の事実関係に照らせば,上告人が本件労働契約を期間の定めのないものとする必要性を認めていなかったことは明らかである。

また,有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換について定める労働契約法18条の要件を被上告人が満たしていないことも明らかであり,他に,本件事実関係の下において,本件労働契約が期間の定めのないものとなったと解すべき事情を見いだすことはできない。

以上によれば,本件労働契約は,平成26年4月1日から期間の定めのないものとなったとはいえず,同年3月31日をもって終了したというべきである。 」

【櫻井裁判官の補足意見】

「本件においては,無期労働契約を締結する前に3年を上限とする1年更新の有期労働契約期間を設けるという雇用形態が採られているところ,被上告人が講師として勤務していたのは大学の新設学科であり(原判決の引用する1審判決参照),同学科において学生獲得の将来見通しが必ずしも明確ではなかったとうかがわれることや,教員という仕事の性格上,その能力,資質等の判定にはある程度長期間が必要であることを考慮すると,このような雇用形態を採用することには一定の合理性が認められるが,どのような業種,業態,職種についても正社員採用の際にこのような雇用形態が合理性を有するといえるかについては,議論の余地のあるところではなかろうか。

この点は,我が国の法制が有期労働契約についていわゆる入口規制を行っていないこと,労働市場の柔軟性が一定範囲で必要であることが認識されていることを踏まえても,労働基準法14条や労働契約法18条の趣旨・目的等を考慮し,また有期契約労働者(とりわけ若年層)の増加が社会全体に及ぼしている種々の影響,それに対応する政策の方向性に照らしてみると,今後発生する紛争解決に当たって十分考慮されるべき問題ではないかと思われる。」

「雇止め法理は,有期労働契約の更新の場合に適用されるものとして形成,確立されてきたものであり,本件のような有期労働契約から無期労働契約への転換の場合を想定して確立されてきたものではないことに原審が十分留意して判断したのか疑問である。

 すなわち,原審は無期労働契約に移行するとの被上告人の期待に客観的合理性が認められる旨の判断をしているが,有期労働契約が引き続き更新されるであろうという期待と,無期労働契約に転換するであろうという期待とを同列に論ずることができないことは明らかであり,合理性の判断基準にはおのずから大きな差異があるべきといわなければならない。無期労働契約への転換は,いわば正社員採用の一種という性格を持つものであるから,本件のように有期労働契約が試用期間的に先行している場合にあっても,なお使用者側に一定範囲の裁量が留保されているものと解される。そのことを踏まえて期待の合理性の判断が行われなければならない。

 もとより,このような場合の期待の合理性は,日立メディコ事件(最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁)をはじめこれまでの裁判例に明らかなとおり,労働者の主観的期待を基準に考えるのではなく,客観的にみて法的保護に値する期待であるといえるか否かを,様々な事情を踏まえて総合的に判断すべきものであるということを念のため付け加えておきたい。」

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【コメント】

正社員採用の前に更新期間の上限がある有期労働契約期間を設けた事案について、最高裁が、無期雇用への移行を当然には認めなかった点は妥当な判断といえます。ただし、櫻井裁判官の補足意見において、このような雇用形態が常に合理性を持つといえるかについては議論の余地があるとされており、実際に制度を設ける際には、必要性等について十分注意をすべきと考えられます。

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