【就業規則のミス】により、会社が240万円超の支払を命じられた裁判例の解説。会社はどうすべきか。【企業担当者必見】。

目次

【注目の裁判例】<カプラー事件、東京地判令和7年3月27日>

弁護士田村裕一郎です。

今回、TITメルマガ2025年9月号では、【就業規則等のミス】により、会社が240万円超の支払を命じられた裁判例を踏まえ、会社はどうすべきか、を解説します。

結論としては、企業は、❶自社がやりたいこと、を明確にした上で、❷雇用契約書の文言、❸就業規則の文言に細心の注意を払うべき、というものです。

よりわかりやすい情報を取得したい方は、本記事のみならず、下記のYouTube動画も、ご視聴下さい。

就業規則等の記載ミス【概要】

(1)当事者と時系列

 本件は、トラック運転手である元社員が、運輸会社に対し、約1,300万円の金銭要求をした事件です。

 元社員は2018年10月1日に入社し、トラック運転手として、勤務していました。約2年後の2020年9月1日に契約形態が業務委託に切り替わり、2021年11月末に退職しました。
 争点は様々ですが、本記事では、雇用に関する争点に絞って解説します。具体的には、2018年10月から2020年8月末までの雇用に関する金銭請求です(より正確には、2019年10月から2020年8月末までの雇用に基づく金銭請求です)。

(2)会社が希望していた労働条件

2018年10月1日入社以降の、会社が希望していた労働条件について説明しますと、次の通りです。

〔1〕基本給=時給×総労働時間(残業時間を含む)
〔2〕普通残業手当=時給×0.25×残業時間数
〔3〕深夜残業手当=時給×0.25×深夜勤務時間
〔4〕業績給=売上1か月分×0.34から上記〔1〕~〔3〕及び指示のない高速代(「基本給等」)を控除
〔5〕業績残業給=上記〔4〕÷総労働時間×0.25×残業時間数
〔6〕業績深夜給=上記〔4〕÷総労働時間×0.25×深夜残業時間数

㊟本動画では、上記黄色ハイライトの控除方式が法的に有効か、はコメントしません。全く同じ事案ではありませんが、関連する情報に興味がある方は、類似の裁判例に関する動画❶動画❷をご視聴にしてください。

(3)雇用契約と就業規則

会社が元社員と締結した雇用契約の内容(賃金に関する部分)は、次の通りです(㊟ただし、争いあり)。

賃金 □イ 時給 1000円 ロ 歩合 運賃の34%

会社の就業規則は、次の通りです。

1 基本給は、本給と歩合給とする。また、本給は各人の実務経験、技能、職務遂行能力および勤務成績等を勘案して会社が決定し、各人と締結する労働条件通知書に明示する。
2 歩合給は、本人の取り扱った運賃収入の30%から40%の範囲内で会社が決定する。尚、歩合給にかかる売上額の乗率は、個別に提示する労働条件通知書による。以下略

(4)争点

問題は、上記の赤文字と、上記のピンク下線と、上記の青下線が、矛盾しないか、です。矛盾するとした場合、いわゆる就業規則の最低基準効により、会社は、歩合給として、「本人の取り扱った運賃収入の30%」を支払わなければならないか、です。

裁判例の内容

裁判で争点になった点を、以下、ご紹介します。

 原告は、時給による支払に加え、運賃の34%を賃金とする黙示的な合意があった旨主張する。
 しかし、黙示的な合意があったというためには、当該合意の存在を基礎づける具体的な事実が存在することを主張立証しなければならないというべきところ本件雇用契約書の賃金欄には、時給1000円、歩合運賃の34%との記載はあるものの、時給部分にはレ点が付されていない上(前提事実(2))、原告は、本件雇用契約書に署名押印しておらず、本件訴訟に至るまで本件雇用契約書自体を見たこともないと述べていること、賃金等の支払の状況(前提事実(3))も上記合意の内容に沿ったものではなく、原告自身、入社時に賃金は40~50万くらいであると思っていたと述べていることなどに照らせば、原告が主張する内容での黙示的な合意の存在を認めることはできない
 かえって、労基法27条が、「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。」と定めていること、原告の入社後、令和2年8月までの間において、実際に被告から支払われていた賃金は、時給によって算定された基本給に加え、1か月の売上の34%から基本給等を控除した金額であって(前提事実(3))、原告もこの支払に積極的な異論を唱えていなかったことに照らせば、原告と被告の間には、時給による賃金に加え、1か月の売上の34%から基本給等を差し引いた歩合給たる業績給を原告の賃金とする旨を黙示的に合意していたと認めるのが相当である。

(1)証拠(甲6、7、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、本件就業規則等は、被告の本店に備え置かれ、周知されたものであると認めることができる。
 本件雇用契約書には、原告の就業場所をC営業所及び取引先(納品客先)と記載しているものの、証拠(甲19、20、原告本人、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、被告のC営業所とされる建物は、被告代表者の父親を所有者とする不動産であって、その外観上も、営業所であることを示す表示等の存在はうかがわれず当該営業所において具体的に行われていた事業活動も明らかでなく被告の本店から独立した営業所としての独立性を有すると認めることはできないから、被告本店と一括して1つの事業場と解するのが相当である。
 そもそも、本件就業規則等は、本件訴訟提起前に、原告から委任を受けた代理人弁護士が、被告に対し、雇用契約書のほか就業規則を開示するよう求めたことに対し、被告から委任を受けた代理人弁護士が交付したものであること(甲12、16、被告代表者)、被告代表者も、本件訴訟の尋問に至るまでは、原告に本件就業規則等が適用されると認識していたこと(被告代表者)からすれば、被告も、C営業所が本店と一括した事業場であることを前提としていたと評価すべきである。
 よって、原告がC営業所に所属する労働者であったとしても、本件就業規則等は原告にも適用されるというべきである。
(2)なお、被告は、C営業所が本店から独立した営業所である証拠として、その旨記載された被告のホームページ(乙9)を提出するが、独立した営業所としての実態を有することを裏付けるものではない。

(1)ア 本件給与規程2条及び同8条の定め(前提事実(5)イ)からすれば、本件給与規程は、本給と歩合給を従業員に支給するものと定め、歩合給の乗率につき、燃料代等の経費を勘案した上で、当該労働者の運賃収入の30~40%の範囲内で会社(被告)が決定すると定めている。そのため、本件給与規程は、歩合給とは別に本給を支払うこととした上で、歩合給として、少なくとも1か月の運賃収入すなわち売上の30%を支払うことを定めたものといえる。
 そうすると、上記1(争点1)のとおり認定できる賃金の合意(時給による賃金に加え、1か月の売上の34%から基本給等を差し引いた業績給を支払う旨の黙示的合意)は、時給による基本給及び売上の30%の歩合給の合計を下回る限りで、本件給与規程に反し、無効である。
イ 被告は、本件給与規程において、基本給は本給と歩合給から構成される旨の定めがあることことに従い、時給による賃金と歩合給による賃金の合計額として1か月の売上の34%の金額を支払っているから、就業規則の最低基準効に反しないと主張するが、本件給与規程は、本給と歩合給とをそれぞれ別個に定めており、歩合給から時給による賃金を控除するとは定めていないのであって、被告の主張は採用できない。
(2)そのため、被告が支払っていた歩合給(業績給)と、売上の30%との差額部分については、原告の請求に理由があるというべきである(ただし、令和2年9月以降の就労に関する請求については後記争点4のとおり。)。

就業規則の最低基準効とは?

就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効です。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準によります。【労働契約法12条】

企業はどうすべきか。

1、まず、雇用契約書について、会社が実現したい「賃金に関する合意内容」を適切な❶分量で、記載すべきです。

例えば、本事件では、会社としては、

㋐ベースとなる時給と、

㋑歩合給

の2個の賃金体系を希望していました。ところが、その希望内容を省略する形で記載してしまいました。具体的には、

「歩合 運賃の34%」というわずか8文字

で集約してしまったのです。賃金は、労使の双方にとって、重要な意味を持ちます。そのため、「適切な分量」で、明確に、わかりやすく説明すべきです。

2、次に、雇用契約書について、会社が実現したい「賃金に関する合意内容」を適切な❷文言で、記載すべきです。

例えば、本事件では、会社としては、上述のとおり、

㋐ベースとなる時給と、

㋑歩合給

の2個の賃金体系を希望していました。ところが、会社は、その希望内容を省略する形で記載してしまいました。具体的には、

「歩合 運賃の34%」というわずか8文字

で集約してしまったのです。

たしかに、「おおよその内容」は、合致しているかもしれません。しかし、そもそも、

(i)「歩合」という表現と、「業績給」という表現に、ずれ、がありますし、

(ii)「運賃」という表現と「売上1か月分」という表現に、ずれ、があります。

加えて、

(iii)「指示のない高速代」を控除するか否か、

(iv)「売上1か月分」を計算した上で、基本給等を控除したものを「業績給」といった重要な点

についてが雇用契約書に記載されていないという、ずれ、もあります。

上述のとおり、賃金は、労使の双方にとって、重要な意味を持ちます。そのため、「適切な文言」で、明確に、わかりやすく説明すべきです。

そもそも、本事件のような業績給が法的に有効か、について、本記事では、コメントしません。もし、この点に関して興味がある方は、全く同じ事案ではありませんが、類似のケースについての裁判例に関する動画がありますので、こちらをクリックしてください。なお念のため、類似ケースの裁判例が法的に有効であったとしても、本記事のような業績給が有効であるかは別ですので、ご注意下さい。外部専門家に相談されることをお勧めします。

3、さらに、就業規則の最低基準効にも注意すべきです。就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効です。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準によります。【労働契約法12条】このように、就業規則の最低基準効がありますので、就業規則との矛盾に注意すべきです。

4、なお、就業規則で定める基準よりも、労働者にとって有利な労働条件を雇用契約で定めた場合、それは、有効です。そのため、雇用契約を就業規則を比較し、雇用契約が有利か不利かを検証することは必須です。

5、最後に、労働者と使用者が、「雇用契約の変更」をする場合にも、注意すべきです。よくある「うっかりミス」は、㋐雇用契約を変更したものの、㋑就業規則を変更するのを失念する場合です。上記の就業規則の最低基準効がありますので、注意です。

★上記を含む詳細については、YouTube動画をご視聴ください。

動画解説

本記事に関連する動画解説を希望される方は、下記YouTubeをご視聴下さい。

補足:参考情報

1、今後、新しい情報が入れば、アップデートしたいと思っています。

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